8話
『雫。どうしてまだ生きている?』
知らない番号から届いた、一通のメッセージ。それを見た雨宮の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「・・・お父さん」
「この番号、父親の?」
「違います。でも、この呼び方・・・」
雨宮は震える指で画面へ触れ、返信欄を開いた。嘘だろ?返事すんの?勇気あるね億様・・・
さすがに返事はまずそうだから、雨宮の手からスマートフォンを取り上げた。
「何するんですか!」
「馬鹿か、返信するのは待て」
「でも、やっとお父さんが連絡してくれたんですよ!こんなメッセージとはいえ・・・」
「だからこそだよ。逃げて行方不明だった父親が、いきなりこんなメッセージ送るか?」
「でも、私のことを雫って呼ぶのは、お父さんとお母さんくらいです」
「そうかもしれないが、フルネームさえ知ってれば誰でも雫でメッセージは送れるだろう?いいか、まずは落ち着け。」
雨宮は口を閉じた。
父親本人からの連絡だと考えるのが一番自然だ。だが、今の俺たちが知っているのは、雨宮の名前と電話番号を知る誰かがメッセージを送ってきたということだけ。
少なくともこいつが雨宮を殺そうとしてる犯人であることは間違いない。
「まず画面を保存する。番号も消すな。警察へ見せる証拠になる」
「・・・分かりました」
雨宮のスマートフォンで画面を保存し、届いた時刻と番号も確認する。
午後十一時四十八分。番号に見覚えはない。・・・いや?これは逆に・・・
「電話してみるか?」
「え?返事はだめなのに電話するんですか?危なくないですか?」
「電話をかけたら、画面から手が出てくるわけじゃないだろ?」
「そういう意味じゃありません!」
「まぁ、もちろん雨宮のスマートフォンから電話するわけじゃないよ。非通知にして、俺の携帯からかけるさ」
ポケットから自分のスマートフォンを取り出し、番号を非通知にし、雨宮にメッセージを送った電話番号に発信をする。
一回目の呼び出し音が鳴った。二回目。三回目。
やはりというべきか、相手が出る気配はない。十回ほど鳴らしたところで、機械音声へ切り替わった。
『おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません』
「出ないな」
「当たり前です。知らない番号からかかってきても、普通は出ません」
「それもそうだよな・・・残ね・・・」
通話を切ろうとした瞬間、雨宮のスマートフォンがもう一度震えた。なんと二通目のメッセージが届いた。
『お前は母さんを助けたくないのか?』
雨宮が息を呑む音が聞こえた。
「これ・・・やはりお父さんです」
「どうして言い切れる?」
「最初に送られてきたメッセージと同じです。『母さんを助けたいなら、お前が死ね』って・・・、母が病気なのを知ってるのは・・・、私たち家族だけです・・・」
「・・・雨宮。最初のメッセージを見せた相手は?」
「あなた以外には、誰にも見せてません」
「母親にも?」
「言えるわけないでしょう」
「父親から送られてきたのは、紙?それとも携帯?」
「家に置いてあったお父さんの古い携帯です。保険の書類と一緒に、机の上に置かれていました」
「その携帯は今どこ?」
「家です」
まずいな。
保険証券だけでなく、父親が残した携帯まで雨宮の家にある。父親が証拠を消すつもりなら、今頃家へ戻っている可能性もある。
「爺や」
食堂の隅に控えていた後藤さんが、すぐにこちらへ来た。
「お呼びでしょうか」
「雨宮の家に、父親が残した携帯があるらしい。警察へ連絡して、勝手に取りに行かず保全してもらえるか確認して」
「承知しました」
「あと、この番号も調べたい」
「三枝様と、九条家の顧問弁護士へ共有いたします」
後藤さんは番号とメッセージ画面を確認すると、すぐに食堂を出ていった。
「・・・すごいですね」
「何が?」
「あなたが一言言っただけで、みんな動いてくれる」
「俺が偉いんじゃなくて、九条って名前が便利なんだよ」
「同じじゃないですか?」
「全然違うさ。俺が九条の御曹司じゃなくなったら、誰も動かないさ」
「そんなこと・・・」
雨宮は何か言おうとしたが、結局言葉を止めた。
俺自身にどれだけの価値があるのかなんて、考えたこともない。少なくとも、親父からお前は今日からうちの敷居を跨ぐなと言われたら。俺はすべてを失うだろう・・・、それはそれで楽しそうだけど。
結局親父ありの俺だ、親父の息子・・・それが俺の今の価値だ・・・
まぁ、使えるうちは全部使えばいいさ。
「それより、飯の続き食べたら?」
「食べられるわけないでしょう」
「せっかく料理長が作ったのに」
「今、お父さんから死ねって言われてるんですよ?」
「今すぐ死なないなら、飯くらい食べられる」
「あなた、本当に・・・」
雨宮は俺を睨んだあと、少し冷めたスープを一口だけ飲んだ。偉いぞ。ちゃんと言うことを聞けるじゃないか。
褒めたら怒られそうなので、心の中だけにしておいた。
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十分後。
後藤さんが一人の男性を連れて食堂へ戻ってきた。九条家の警備を任せている責任者らしい。
「司様。正門および敷地周辺の記録を確認いたしました。今夜、許可のない車両や人物が敷地内へ入った形跡はございません」
「病院からここまで、尾行は?」
「運転中、同じ車両が長時間追従していた形跡はありません。念のため、車載映像を再確認しております」
「雨宮の居場所は、今のところ知られてないと考えていい?」
「断定はできませんが、その可能性が高いかと」
俺たちが九条家にいることを、相手が知らないのならまだ安全だ。そう思った瞬間だった。
雨宮のスマートフォンが、三度目の振動を伝えた。
雨宮はメッセージを見て顔をうつむきにし、俺へとスマートフォンを差し出した。
届いた文章を見て、俺は思わず眉を寄せた。
『九条司に助けてもらえると思うな』
へぇ・・・俺の名前まで知られている。
「・・・どうして、あなたのことまで」
「さぁな」
雨宮と父親の保険について知っている人間。雨宮が死なず、俺が関わっていることまで知っている人間。
病院で見られていたのか。それとも、うちから情報が漏れたのか。
どちらにしても、相手は俺が思っていたより近くにいるらしい。
「三枝さんへ連絡して、今回の件を知っている社員を全員確認して」
「かしこまりました」
後藤さんが答える。雨宮は青ざめた顔で、自分の両手を握りしめていた。
「ごめんなさい・・・」
「はぁ?何が?」
「もしかしたら・・・あなたまで、狙われるかもしれない」
「でも謝る必要はないだろ?」
「私が巻き込んだんです」
「違うね。勝手に首を突っ込んだのは俺だ」
「どうして、そこまで・・・」
「俺の名前まで出されたからには、もうお前だけの問題じゃなくなったということだ」
「怒ってるんですか?」
「少しね」
九条の名前を使えば大抵のことは思いどおりになった。俺の周りで、俺に喧嘩を売ろうとする人間なんて今まで一人もいなかった。
それが今、顔も知らない誰かが俺へ堂々と手を引けと言っている。怖いとは思わない。むしろ、少しだけ嬉しいのかもな。
「いいね。やっと俺も当事者になれた」
「嬉しそうに言わないでください!」
「だって、俺に向けた言葉だろ?お前だけずるいぞ」
「こんなの、代わってほしいくらいです!」
「じゃあ半分もらうよ」
「・・・え?」
「お前一人を狙うより、俺も狙ったほうが相手は忙しくなるだろ?」
「そういう問題じゃ・・・」
「今さら俺だけが逃げると思うか?」
雨宮は俺の顔を見つめたまま、何も言わなくなった。
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日付が変わる少し前。雨宮を客室まで送り、俺も自分の部屋へ戻ろうとしていた。
「何かあったら、隣の部屋にいる女性の使用人を呼べ。俺の部屋も廊下の突き当たりにある」
「・・・はい」
「鍵も内側から閉められる。俺も勝手には入れないから安心しろ」
「あなたが一番危ないみたいな言い方ですね」
「昨日会った男の家は危険なんだろ?」
「自覚あるんじゃないですか」
少しだけ、いつもの雨宮に戻ったらしい。俺が部屋を出ようとしたとき、彼女のスマートフォンがまた震えた。
四通目。
今度は文章ではなく、一枚の写真が添付されていた。
雨の降る九条中央病院の正面。
三万円の黒傘を差す俺と、その隣に立つ雨宮。
少し離れた場所から、俺たち二人を撮影した写真だった。その下には、短い一文が書かれている。
『次は逃がさない』
父親は、一人で動いているわけではないのかもしれいないな。




