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7話

「今日からお前は、俺の家に来い。大丈夫、自宅での百倍いい待遇を約束するよ♪」

 

 俺が差し出した手を、雨宮は嫌そうに見つめていた。

 おかしいな?普通の女子高生なら、財閥御曹司から自宅へ招待されたら喜ぶものだろう?ほら、喜べ!

 

「・・・その手は何ですか?」

 

「一緒に来るなら握ってくれ」

 

「握らなかったら?」

 

「爺やに担いでもらう」

 

「司様。さすがに年頃の女性を無理やり担ぐのは、私でも少々気が引けます」

 

「爺やに良心があったなんて・・・」

 

「司様にはないようですな」

 

「二人とも最低です!」

 

 雨宮は俺の手を取らず、後ろへと一歩下がった。これが距離感・・・

 だがその後ろには病院があり、病院には父親も場所を知っている母親がいる。

 

 家に帰るのも危険だし。病院に泊まるのも母親への説明ができない。かといって、一人でホテルに泊まるのも危険だ。

 

 自分でもほかに選択肢がないと分かっているのだろう。

 

「・・・お母さんに話してきます」

 

「本当のことを?」

 

「言えるわけないでしょう」

 

 雨宮は自嘲気味に笑い、小さく返事し、病院の中へと戻っていった。

 父親が自分を死なせて一億円を受け取ろうとしていたのだ。病気で入院している母親へ、そんな話を聞かせるのは酷というものだろう。


 かといって何も言わずに外泊すれば、それはそれで心配をかけることになる。

 

「司様」

 

「ん?何だ?」

 

「雨宮様は、本当にお泊まりになるので?」

 

「俺はそのつもりだけど」

 

「旦那様と奥様には、私からご連絡しておきます」

 

「父さんたち、今どこ?」

 

「旦那様はシンガポール、奥様はパリにいらっしゃいます。お二人とも帰国は来週の予定です」

 

「相変わらず自由だな~」

 

「司様が仰いますか?」

 

 確かに。俺も自由に生きているつもりだが、雨の中で死にたがりの女子高生を拾ってくるほどではなかったぞ?すくなくとも昨日までは。

 

「あいつの部屋は俺の部屋から近いところにするように頼む」

 

「かしこまりました」

 

「あと女性の使用人を一人、近くの部屋に」

 

「警備のためでしょうか?」

 

「それもあるけど、俺と二人きりだと思われたら雨宮が嫌がるだろ?」

 

 後藤さんが少し驚いたように俺を見る。おい。

 

「何だよ?」

 

「いえ。司様にも、そのような配慮ができたのかと」

 

「爺や、俺のこと何だと思ってるのマジで?」

 

「お答えしても?」

 

「すまん、やっぱりいいや。心折れる」

 

 聞いたら傷つきそうだからな。俺だって一応、人並みに傷つく心くらいは持っているよ!なんならもう悲しいよ!俺はいい子だよ!爺や!

 

 そうこうしてるうちに、雨宮が病院から戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「同じクラスの女の子の家に泊まると言いました」

 

「俺、男だけど?」

 

「それを言ったら、絶対に許してもらえないので」

 

「うん。正しい判断なことで」

 

「あなたが言わないでください」

 

「お母さん、怪しまなかった?」

 

「少し。でも、新しいクラスで友達ができたならよかったって・・・」

 

 雨宮の声が途中で小さくなった。本当は友達の家ではない。昨日まで名前も知らなかった男の家だ。しかも、その男は雨宮が飛び降りるところを見たいと言った頭のおかしい男である。

 

 俺が母親なら、絶対に許さないな。ハハ。

 

「罪悪感があるなら、明日元気な顔を見せればいい」

 

「・・・はい」

 

「それじゃあ行くぞ」

 

 もう一度手を差し出す。雨宮はその手を見たあと、当然のように無視して車へ向かった。シクシク。

 

「握らないんだ?」

 

「握る必要もないでしょう」

 

 それもそうだな。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 後藤さんが運転する車の後部座席に、雨宮と二人で座った。車が走り出してから五分ほど経つが、雨宮は一言も話さない。ただ窓の外を流れる夜の街を、ぼんやりと眺めている。

 

「車酔いか?」

 

「違います」

 

「じゃあ、俺と二人で緊張してるのか?」

 

「それも違います」

 

「遠慮しなくていいよ~」

 

「はぁ・・・どうして自信満々なんですか?」

 

 雨宮がようやくこちらを向いた。

 

「あなたは怖くないんですか?」

 

「何が?」

 

「私のお父さんです。人を殺そうとしているかもしれないんですよ?」

 

「まだそうだと決まったわけじゃないよ」

 

「でも、もし本当だったら・・・あなたまで巻き込まれるかもしれません」

 

「時すでに遅しだな」

 

「だったら、今からでも降ろしてください」

 

「嫌だね」

 

「どうして・・・」

 

「ここまで調べて、続きだけ見逃すなんてもったいないだろ?」

 

「また面白そうだから、ですか?」

 

「うん♪」

 

「本当に、それだけなんですか?」

 

 雨宮は俺の目を見ながら、そう尋ねた。それだけかと聞かれると、少し困る。

 

 昨日までは間違いなく、それだけだった。だが今はすくなくとも、雨宮が父親に殺されるところなんか、見たいとは思わない。

 

 むしろ、俺の知らないところで勝手に傷つけられるのは気に入らなかった。

 

「さぁ?俺にもまだ分からないな」

 

「何ですか、それ」

 

「分かったら教えるよ」

 

「・・・いいです。別に、知りたくありません」

 

 そう言って雨宮は、また窓の外へ顔を向けた。暗い窓には、少しだけ赤くなった彼女の頬が映っていた。


 暖房が強かったのかな?爺や、温度を下げて。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 三十分ほどして、車が九条家の正門へ到着した。警備員が車を確認し、鉄製の扉がゆっくりと左右へ開いていく。そこから屋敷の玄関までは、さらに車で二分ほどかかった。

 

「・・・ここ、家なんですか?」

 

「家だよ」

 

「リゾートじゃなくて?」

 

「住んでる人がいるから家だろ?」

 

「学校より大きいんですけど」

 

「学校より人は少ないよ」

 

「そういう意味じゃありません」

 

 車寄せには、すでに女性の使用人が二人待っていた。車を降りた雨宮は屋敷を見上げたまま動かない。大きな玄関。何本も並ぶ柱。その奥から漏れる暖色の明かり。

 

 俺にとっては生まれたときから見ている普通の家だが、雨宮にとっては普通ではないらしい。

 

「お帰りなさいませ、司様。お待ちしておりました、雨宮様」

 

「あ、雨宮様・・・?」

 

「嫌なら億様にする?」

 

「もっと嫌です!」

 

「じゃあ雨宮様で決まりだな」

 

 さっきまで青い顔をしていたのに、ずいぶん元気になったものだな。

 

 雨宮は女性の使用人に案内され、先に客室へ向かった。寝間着は屋敷にある新品を用意し、制服以外の着替えは明日の朝までに揃えるらしい。

 

 教科書については、俺の物を貸すことになった。俺は使っていないからな。ちょうどいい。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 さらに三十分後。


 風呂を済ませた雨宮が、用意された白い寝間着姿で食堂へ現れた。

 濡れていた黒髪は乾かされ、肩の辺りへ真っ直ぐ落ちている。制服姿しか見たことがなかったせいか、ずいぶん印象が違って見えた。

 

「何ですか?」

 

「いや、普通の女子高生みたいだなと思って」

 

「普通の女子高生です」

 

「昨日屋上から飛び降りようとしてたけど?」

 

「それはもう言わないでください!」

 

 雨宮の前へ、温かいスープとパン、それから少量の肉料理が並べられる。

 

「こんな時間に食べたら太ります」

 

「昼に小さいパン一個しか食べてなかっただろ?」

 

「見てたんですか?」

 

「たまたま見えた」

 

「・・・大丈夫です」

 

 そう言った直後、雨宮のお腹から小さな音が鳴った。

 聞かなかったことにしてあげるべきなのだろうな。俺は優しいから。

 

「今の音、もう一回できる?」

 

「できるわけないでしょう!」

 

 雨宮は顔を赤くしながら椅子へと座った。

 最初は遠慮するようにスープを一口だけ飲み、それからパンへ手を伸ばした。食べ始めてしまえば相当腹が減っていたのか、手は止まらなかった。

 

「美味しいか?」

 

「・・・普通です」

 

「料理長が喜ぶ姿が見えるな~」

 

「すごく美味しいです」

 

「俺には毎日同じ味だけどな」

 

「あなた、贅沢すぎます」

 

 雨宮が呆れたようにそう言った。その顔は、屋上で初めて会ったときよりずっと普通の高校生らしく見えた。

 

 このまま何も起きず、飯を食べて寝られればよかったのだが。

 

 雨宮のスマートフォンが、テーブルの上で短く震えた。

 

「・・・誰からだ?」

 

「分かりません。知らない番号です」

 

 雨宮がスマートフォンの画面を開いた。

 

 その瞬間、彼女の手からフォークが落ちた。カシャン、と銀色の音が食堂へ響く。

 

「どうした?雨宮?」

 

 返事はない。俺は立ち上がり、雨宮の隣からスマートフォンの画面を覗き込んだ。

 

 知らない番号から届いた、たった一行のメッセージ。

 

『雫。どうしてまだ生きている?』

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第一章は完結してるので、毎日2話投稿します!人気あったら第2章書きますので。


「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけたら、作品のフォローや評価、感想をもらえると嬉しいです。


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次回もよろしくお願いします。

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