6話
雨宮はスマートフォンの画面を見つめたまま、動かなかった。いや、動けないのだろう。実の父親に命を狙われているのだ。無理もない。
俺が差している黒傘に雨粒がぶつかり、バラバラと音を立て続けている。もう夜の遅いので、静寂な空間を雨音が支配していた。その静寂を先に破ったのは、やはり雨宮だった。
「・・・お父さんが、私を殺す?嘘・・・ですよね?」
「あぁ、正しくはないな・・・、正確には、自分の手を汚さずにお前を死なせる、だな」
「・・・どうして、そんな回りくどいことを・・・」
「父親がお前を直接殺せば、当然警察に疑われる。保険金だって簡単には支払われない。・・・でも、お前が母親を助けるために自分から死んだのなら、父親はただ、首を長くして待っているだけでいい」
「・・・」
「そしてお前が飛び降りたあと、一億円を受け取ってそのまま消える。少なくとも、そういう計画だったと考えればすべて繋がる。」
俺の言葉を最後まで聞いて、雨宮は両腕を上げ、自分の身体を抱きしめた。・・・寒いからなのか、父親に殺されかけていたと知ったからなのかは誰にも分からない。
「で・・・でもッ!この署名をお父さんが書いた証拠はあ、ありません!」
「あぁ、そこはまだ明確にはわからない、俺の推測に過ぎない」
「だったら、別の人が勝手に・・・」
「その可能性もある。ただ、死亡保険金の受取人になった会社の代表は父親で、お前に古い書類を渡して死ねと言ったのもその父親だ。お前を殺そうとしたのは間違ってるかもしれないが、何も知らなかったは無理があるだろ?」
「それは・・・」
「署名したのが誰なのか。どこで手続きをしたのか。誰が書類を保険会社へ提出したのか。そこはこれから調べる」
決めつけるのは簡単だが、間違っていたら面白くない。父親本人が署名を偽造したのかもしれないし、誰かにやらせたのかもしれない。うちの保険会社の中に協力した人間がいる可能性だってある。
せっかく見つけた面白そうな事件だ。答え合わせをする前に、勝手に犯人を決めるのはもったいないだろう。決めつけたのは俺だけどね。
少なくとも、これで雨宮が死ぬことはまだない。自分が死んでその金が母親のもとに入るようになるまではな。
「なぁ、雨宮、この書類の原本を調べてもいいか?」
「原本?」
「筆跡とか、誰が提出したのか、いつどこで契約したのたとか。九条生命に残っている記録を全部調べてもらう」
「・・・・・・・お願いします」
雨宮が頷いてくれた。俺はさっそく調べてもらおうと三枝さんへ電話をかけた。夜中でも関係ないね♪、理由は御曹司だから。最高。
『はい、三枝です』
「こんばんは、三枝さん。夜分遅くに申し訳ないが、まだ調べてもらいたいことがある。どうやらさっき調べてもらった同意書、雨宮本人は書いてないと言ってる」
『ご本人が、ですか?』
「あぁ、本人は記憶にないって言ってるし、どうやら字も違うらしい。変更手続きをした場所と、書類を出した人間を確認して。原本も絶対に捨てないでくれ」
『承知しました。契約管理部とコンプライアンス部門へ直ちに連絡します』
「それと、このまま受取人を父親の会社にしておいて問題ないのか?」
『ご本人の同意が偽造された可能性がある以上、通常の契約として扱うことはできません。社内調査が終了するまで、受取人変更に関する処理を保留といたします』
「もし今の状況で、雨宮の身に何かあった場合は?」
『・・・保険金が即座に支払われることはございません。調査対象となります』
「なら、雨宮が死んでも父親はその一億を受け取れないよな?」
『少なくとも、現状のまま支払われることはありません』
「分かった。引き続き頼む」
『司様。念のため、ご本人様にも警察への相談をご検討いただいたほうがよろしいかと』
「あぁ、そうするよ。ありがとうな。・・・だってさ。少なくとも今お前が死んでも、父親へ一億円は入らないってさ」
「そんな言い方しなくても分かります!」
「一応確認しておかないと、また勝手に飛び降りるかもしれないだろ?」
「もう飛びませんよ!」
「へぇ・・・今、飛ばないって言ったな?」
「うっ・・・い、今は!です!」
「契約期間はあと六日ある。今だけじゃ困るな~」
「分かってます」
「本当に?」
「あなた、しつこいです」
まぁ、これだけ言い返せるなら今すぐ死ぬ心配はなさそうだな。だがそのかわり、別の心配が一つ増えた。
「雨宮。お前、今日家に帰るつもりか?」
「そのつもりですけど」
「やめたほうがいいぜ」
「・・・どうしてですか?」
「お前の父親の計画は失敗した。お前が死ななかったうえに、受取人の変更まで保険会社に見つかった」
「・・・それが何か?」
「父親からすれば、お前が生きている限り偽造がバレるかもしれない。それにお前は、父親が一億円を手に入れるために必要な人間でもある」
雨宮の顔から、再び血の気が引いていった。
「今度は、本当に殺しに来るかもしれないってことですか?」
「あくまで可能性の話だよ。でも、わざわざ確かめる必要もないだろう?」
「でも、お父さんは逃げて・・・」
「今どこにいるのか分からないからこそ危ないんだ。家の鍵だってまだ持ってるかもしれない」
「じゃあ、たわしはどうすれば・・・」
「今夜は病院に泊まれそう?」
「・・・付き添い用の部屋はありますけど、お母さんの許可が必要です。今は寝ていますし、事情を説明したら絶対に心配しますので、したくありません」
「父親が病院を知っている可能性は?」
「もちろん知っています。前にも何度か来たことがあるので」
家も病院も知られているか・・・、なら、どちらにいても父親がその気になれば近づけるということだ。
「お母さんの病室は、ここの警備に見てもらおう」
「そんなことできるんですか?」
「九条中央病院だからな」
「またそれですか・・・」
「便利だろ?」
「便利というか、ずるいです」
ずるくないもん~、使えるものは使ったほうがいい主義なんてね。財閥の御曹司という立場は、こういうときのためにある!多分。
頭で返事をしずつ、俺は病院の警備責任者へ連絡するよう後藤さんにメッセージを送った。雨宮茂が現れても病室へ近づけず、すぐに雨宮と俺へ連絡するよう頼んでおいた。
送信を終え、顔を上げ雨宮の方に向くと、彼女は不安そうに俺を見ていた。
「お母さんはこれで大丈夫。でも、お前をどうするかだな~」
「私は家に帰ります」
「話聞いてた?」
「制服も着替えも教科書も、全部家にあります。明日も学校ですし」
「制服は今着てる。着替えも教科書も買えばいい」
「簡単に言わないでください」
「金で解決できるものは、金で解決すればいいだろ?」
「御曹司の考え方・・・」
「命よりは安いよ」
雨宮はまた何か言い返そうとして、口を閉じた。こいつは、自分の命を一億円に換えようとしていた。
だが今は、その一億円すら父親へ渡らないと分かった。なら少なくとも、買い直せる服や教科書よりは自分のほうを大切にしてもらわないと困る。
「じゃあ、私はどこへ行けばいいんですか?」
「俺の家」
「・・・はい?」
「お前の父親が知らなくて手が届かない場所。そして警備がいて、空いてる部屋もある場所。こんな条件、俺の家しかないだろ?」
「ありますよ!ホテルとか!」
「女子高生一人がホテルに泊まるより、俺の家のほうが安全に決まってるだろう」
「昨日会ったばかりの男の家が安全だと思いますか!?」
「あぁ、おれにとっては我が家なので世界一安全だぞ」
「・・・バカ?」
ちょうどそのとき、病院の正面に停めていた車から後藤さんが降りてきた。俺たちのそばまで来ると、いつもの落ち着いた表情で頭を下げる。
「司様。病院の警備責任者へ連絡が取れました。雨宮茂氏が訪れた場合、病室へ通さず、直ちに警察へ連絡するとのことです、司様宛にもご連絡がくるようになっております」
「サンキューな、爺や」
「いえ。それで、こちらの方が例の?」
「あぁ、彼女が例の雨宮雫。今日から俺の家に泊める」
「泊まりません!」
雨宮が即座に否定した。後藤さんは俺と雨宮を交互に見たあと、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「かしこまりました。すぐに客室を整えさせます」
「私の話も聞いてください!」
「女性用の寝間着と明日の着替えも必要ですな」
「爺や、教科書も一式頼む」
「承知しました」
「二人で勝手に進めないで!」
雨宮の声が、夜の病院前に響いた。昨日までは、誰かに死ぬことを決められていた。なら今日くらいは、どこで生きるかを俺が勝手に決めてもいいだろう。
少なくとも、父親に殺されるよりはマシなはずだ。
「契約内容を追加する」
「・・・何ですか」
「父親が見つかるまで、お前は一人で行動しない」
「そんな契約、同意したくありません」
「残念、もうとっくに契約済みだ」
俺は雨宮へ手を差し出した。
「今日からお前は、俺の家に来い。大丈夫、自宅での100倍いい待遇をやくそくするよ♪」




