↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/31

5話

「雨宮茂。お前が死んだら一億円を受け取るのは――お前の父親だ」

 

 そう告げたあと、電話の向こうから一切の音が聞こえなくなった。

 今、雨宮がどんな顔をしているのか、電話越しの俺には見えない。

 

 ただ、すぐに続きを話す気にはとてもなれなかった。

 

「雨宮、聞こえてるか?」

 

『・・・嘘です』

 

「嘘ならよかったんだけどな」

 

『そんなはずありません・・・』

 

「三枝さんから届いた報告書に、はっきり書かれてる」

 

『だって・・・、あの書類にはお母さんの名前が書いてあったじゃないですか!あなたも見たでしょう!?』

 

「お前が持っている書類は一か月以上前の古い書類だ。そのあと、受取人が変更されてる」

 

『何かの間違いです。別の雨宮茂さんかもしれない』

 

「・・・保険の契約者として登録されている雨宮茂と、受取人になった会社の代表者は同一人物だ」

 

『でも・・・お父さんは、お母さんを助けたいなら死ねんでって・・・』

 

「・・・だからだろ?」

 

『えっ?』

 

「母親を助けられると思わせれば、お前は自分から死んでくれる。父親は何もしなくていい。その上一億まで手に入る」

 

『もうやめて!』

 

 雨宮の声が病院の廊下に響いたらしい。電話の向こうで、誰かの足音が近づいてきた気がした。

 

『・・・すみません。何でもありません』

 

 雨宮が小さな声で誰かに謝った。足音が遠ざかるまで、俺も黙って待っていた。

 

『お父さんが、そんなことするわけありません』

 

「六千万円の借金と、病気の妻と娘を置いて、金を全部持って逃げた男だぞ?」

 

『それでも・・・私のお父さんなんです』

 

「父親なら、娘に死ねと言っても許されるのか?」

 

『そんなこと言ってません!』

 

「じゃあ何が言いたいんだ?」

 

『・・・分かりません』

 

 雨宮の声が、急に弱弱しくなった。

 

『分からないんです。お父さんが何を考えてるのかも、私が何のために昨日あそこに立ってたのかも・・・』

 

 昨日までの雨宮には、死ぬ理由があった。自分が死ねば、母親の借金を返せる。手術も受けさせられる。だから怖くても、母親のためなら命を投げ捨てれた。

 

 だが、それは全部嘘だった。


 今の雨宮には、生きる理由どころか、死ぬ理由すらなくなってしまった。

 

「今からそっちへ行く」

 

『・・・はい?』

 

「病院はどこだ?」

 

『来なくていいです』

 

「じゃあ、そのまま一人で泣いてる?」

 

『泣いてません!』

 

「声で分かるよ」

 

『来ないでください』

 

「住所を言わないなら、書類に載ってるお前の家から近い病院を全部調べあげる、徹底的に」

 

『・・・キモイです』

 

「じゃあどこ?」

 

『・・・九条中央病院です』

 

「また九条かよ!」

 

『私に怒らないでください!』

 

 保険会社の次は病院まで身内だった。俺の知らないところで、九条財閥は雨宮家の人生に入り込みすぎではないだろうか。

 

「三十分くらいで着く。病院ので待ってろ」

 

『だから来なくていいって――』

 

 最後まで聞かずに電話を切った。そしてすぐに後藤さんへ電話をかけた。

 

『はい、後藤です』

 

「爺や。今から九条中央病院へ行くぞ」

 

『司様、今、午後九時四十分ですが』

 

「知ってる」

 

『司様は明日も学校でございます』

 

「知ってるって」

 

『夜遊びを覚えるには、まだ少々早いかと』

 

「同級生の女の子に会いに行くだけだよ」

 

『五分でお迎えに上がります』

 

「さっきまでの説教は何だったんだよ!」

 

 通話はすでに切れていた。爺やのやつ、絶対勘違いしてるな。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 後藤さんは言葉どおり、本当に五分ぴったりと玄関前へ到着した。

 

 俺が外へ出ると、空から小さな雨粒が降ってきた。昨日ほどではないが、傘がなければそのうち濡れるほどの雨だ。後藤さんがいつものように傘を差し出そうとしたが、何かを思い出したように手を止めた。

 

「司様。今朝お渡しした傘をお使いください」

 

「はー?あれなら部屋に置いてきたぞ」

 

「では取りにお戻りください」

 

「車まで十歩くらいだろ?」

 

「三万円でございます」

 

「値段は関係ないだろ!」

 

「初めての傘を一度も使用せず、部屋の飾りにされるおつもりですか?」

 

「あぁもう!分かったよ!」

 

 仕方なく部屋へ戻り、三万円の黒傘を持ってきた。柄にあるボタンを押すと、バサッ!と勢いよく傘が開いた。

 

「おぉ・・・」

 

「司様、もしや傘の開き方もご存じなかったので?」

 

「知ってたよ。確認しただけな」

 

「左様でございますか」

 

 絶対に信じてない顔だった。

 そして記念すべき人生初の傘を差し、たった十歩先の車まで歩く。

 

 後部座席へ乗り、傘を閉じようとしたが・・・柄のボタンをを押しても閉じなかった・・・

 

「・・・これどうやって閉じるんだ?」

 

「お貸しください」

 

 結局、後藤さんに閉じてもらった。普通の人って傘使えててすげーな。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 九条中央病院までは、車で二十五分ほどだった。正面玄関の前に車を止め。病院の中に入っていった。


 すでに面会時間は終わっており、入口の自動ドアも片側しか開いていない。受付の人に話を通してもらっていたが、俺は病院の中には入らず車を降りた。

 

 雨宮へ『着いた』と送った、既読はすぐについたが、返事は来ない。

 一分ほど待つと、自動ドアの向こうから雨宮が姿を現した。

 

 制服の上に薄いカーディガンを羽織り、胸の前で鞄を抱えている。目元は赤く、どう見ても泣いていた。

 

「来なくていいって言ったのに」

 

「俺は行かないとは言ってない」

 

「屁理屈ばっかり・・・」

 

「それ、今日二回目だな」

 

「・・・お父さんに電話しました」

 

「出たのか?」

 

「電源が入ってませんでした。メッセージも送れなくなってます」

 

「どうやら逃げる準備は完璧みたいだな」

 

「・・・あれ、見せてください」

 

「何を?」

 

「あなたが見た報告書です。自分の目で確認しないと信じられません」

 

「あぁ、もちろん」

 

 スマートフォンで三枝さんから届いた報告書を開き、雨宮へと渡した。画面を何度も拡大しながら、上から一行ずつ読んでいく。

 

 変更前、雨宮咲。

 

 変更後、アマミヤ・アセット管理株式会社。

 

 代表取締役、雨宮茂。

 

 何度読み返しても、そこに書かれている内容は変わらない。

 

「本当だったんだ・・・」

 

「だから最初からそう言ってるだろ?」

 

「少しくらいは黙っててください」

 

「・・・・・・・」

 

 素直に黙ると、雨宮はそれも気に入らなかったのか、こちらを睨んだ。

 

 どうしろっていんだ?

 

「私が死んでも、お母さんは助からないんですね」

 

「あぁ」

 

「借金も残る。手術も受けられない」

 

「今のままならな」

 

「じゃあ、私は・・・何のために死のうとしたんですか?」

 

「父親の一億円のため」

 

「最低」

 

「俺じゃなくて父親に言ってくれ」

 

 雨宮は唇を噛み、下を向いた。その肩が小さく震えている。

 雨が少しずつ強くなり、院内の明かりに照らされた地面へ黒い染みを広げていった。

 

 俺はさっき持ってきた黒傘を開き、雨宮のへ差し出す。

 

「入れよ」

 

「・・・傘、持ってるんですね」

 

「今日買った。三万円もした」

 

「聞いてません」

 

 雨宮が少しだけ俺の近くへ寄った。肩が触れるほどではない。だが、二人とも濡れないためには、もう少し近づいた方がいい。

 

「もっと入れ。右肩、濡れてるぞ」

 

「あなたがそっちへ寄せればいいでしょう」

 

「俺の左肩が濡れるだろ?」

 

「御曹司のくせにケチですね」

 

「三万円の傘だからな。平等に使おう」

 

「値段は関係ないでしょう・・・」

 

 文句を言いながらも、雨宮は半歩だけこちらへ近づいた。昨日は同じ雨の中で死のうとしていた少女と、今日は同じ傘に入っている。

 

 人生というのは、たった一日でずいぶんと変わるものみたい。

 

「私はこれから・・・、どうすればいいんですか?」

 

「そうだな・・・まずは雨宮の母親を助ける方法を考えよう」

 

「六千万円の借金と、手術代ですよ?そんな簡単に・・・」

 

「簡単だとは言ってない」

 

「じゃあ、無理かもしれないってことですか?」

 

「そのための一週間だろ?」

 

 雨宮が顔を上げ、驚いたような目つきで俺を見ていた。

 

「まだ、助けようとしてくれるんですか?」

 

「途中でやめたら面白くないからね」

 

「・・・それだけ?」

 

「じゃあお前に一目惚れしたからって言えば満足か?」

 

「結構です」

 

「即答かよ」

 

 少しだけ、雨宮の口元が緩んだ。ほんの一瞬だったが、昨日から初めて見た笑顔だった。

 

 そのとき、俺のスマートフォンが鳴った。画面を見たら、三枝さんから追加のメッセージが届いている。

 

『受取人変更時の同意書を確認しました。雨宮雫様ご本人の署名がございます』

 

 添付された書類を開く。確かに一番下には、雨宮雫と手書きで署名されていた。

 

「雨宮。お前、一か月前にこの書類へ名前を書いた?」

 

「何ですか?」

 

 画面を見せると、雨宮の表情が固まった。

 

「・・・書いてません」

 

「本当に?」

 

「こんな書類、今日初めて見ました」

 

「でも、お前の名前がある」

 

「私の字じゃありません!」

 

 雨宮が声を荒らげ、画面を指差した。

 

「私、雫の『雫』は最後の部分をこうやって繋げて書くんです。この字は違います」

 

 なるほど。本人が署名していないのなら、答えは一つしかない。父親は家族を捨てて、たまたま逃げたわけではない。

 

 会社を作り、保険金の受取人を変え、娘の署名まで偽造した。そのあと古い証券と「お前が死ねば母親が助かる」という嘘を残した。

 

 すべては、雨宮を自分から死なせるために。

 

「どうやらお前の父親は、借金から逃げたんじゃない」

 

「・・・え?」

 

「最初からお前を殺して、一億円を持っていくつもりだったようだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。