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22話

『雫って誰?』

 

 俺はその書き込みを見たまま、指を止めた。

 

 投稿には雨宮の名前も、母親の手術についても書いていない。ただ、三日で四百八十万円を稼ぐとしか書いていなかった。

 

 それでも、俺と雨宮茂の事件を結びつけた人間がいる。

 

「消してください」

 

「もう一万人以上に見られてる。今消したら、何か隠したと教えるようなものだよ」

 

「じゃあ、どうするんですか?」

 

「先に俺から話す」

 

「私のことは出さないって言ったじゃないですか!」

 

「出さないよ。だから俺が話すんだ」

 

 俺は投稿画面を閉じ、配信を始めるための項目を開いた。作ったばかりのアカウントだが、短時間で登録者が一万人を超えたため、すでに生配信を使えるようになっている。

 

 便利な世の中だ。昨日まで一度も使ったことがない人間でも、顔と名前さえ知られていれば、いきなり何万人へ話しかけられるらしい。

 

「今から配信するんですか?」

 

「明日の朝まで待つって記者には言ったけど、予定変更だ」

 

「何を話すつもりですか?」

 

「俺が家を出たこと。それから、三日で四百八十万円を稼ぐこと」

 

「だから、どうして必要なのか聞かれたら?」

 

「答えない」

 

「それで納得すると思いますか?」

 

「しないだろうね。でも、知らない人間を納得させるために、お前の事情を話す必要はないよ」

 

 雨宮はまだ不安そうだった。

 

 当然だろう。昨夜まで知らない番号から命を狙われ、今度は知らない人間たちに名前を探されている。普通ならスマートフォンごと投げ捨てたくなる状況だ。

 

「映るのが嫌なら、隣の部屋にいてもいいよ」

 

「・・・いえ。ここにいます」

 

「顔、映るかもしれないけど?」

 

「カメラの後ろにいます。九条君が余計なことを言わないように」

 

「監視役?」

 

「そうです」

 

 頼もしいね。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 スマートフォンを食卓の上へ立てかけ、画面に俺の顔だけが入るよう角度を調整した。背景は白い壁だけ。ここが雨宮の家だと分かる物は映していない。

 

 配信開始のボタンを押す。

 

 最初の視聴者は十二人だった。それが十秒後には百人を超え、一分も経たないうちに三千人を超えた。

 

『本物?』

 

『顔は九条司じゃん』

 

『何で普通の家にいるの?』

 

『後ろに女いる?』

 

 画面いっぱいに文字が流れていく。

 

「こんばんは。九条司です。多分、皆さんが想像している九条財閥の九条です」

 

 横から雨宮が、またその言い方かという顔をした。

 

「先に言っておくけど、雨宮雫について話すつもりはありません。本人の名前、住所、学校、家族について書いた人間は、見つけ次第消します」

 

『やっぱり一緒にいるんだ』

 

『事件の被害者?』

 

『付き合ってんの?』

 

「質問を変えても答えないよ。あと、後ろにいるのは幽霊です」

 

「誰が幽霊ですか!」

 

 思わず雨宮が声を出した。

 

 コメントの流れる速度が一気に上がる。

 

『女いるじゃん!』

 

『今の雫?』

 

『声かわいい』

 

「雨宮、静かにして。幽霊が喋ったら怖いだろ?」

 

「誰のせいですか・・・」

 

 雨宮が俺の足を軽く蹴った。画面には映っていないが、俺の顔が僅かに動いたせいで、また面白がるコメントが増えた。

 

 とりあえず、黙って顔を見せているだけよりは受けているらしい。

 

「俺は今日、九条家を出ました。親父との約束で、九条家の金、車、使用人、会社の人間は使えません。カードも止められて、今の所持金は四万二千六百円です」

 

 財布から現金を出し、画面へ見せる。

 

『御曹司が俺より金ない』

 

『時計売れば終わりだろ』

 

『家出ごっこじゃん』

 

「時計を売れという意見が多いけど、これは九条家の金で買った物だから使いません。家へ戻れば終わるというのも、そのとおり。でも戻らない」

 

『何で?』

 

『四百八十万は何に使うの?』

 

『女の借金?』

 

「使い道は言えない。ただ、金曜日までに必要です。だから残り三日で、俺自身の力だけで稼ぐ」

 

 言い切ったが、具体的な方法はまだない。

 

 画面の向こうにも伝わったのか、無理だ、世間を舐めるな、という言葉が大量に流れてきた。

 

 うん。俺も少しそう思っている。

 

「そこで、俺に金を払ってもいいと思うことを募集します。勉強でも、会社の相談でも、暇つぶしでもいい。できることなら何でもやるよ」

 

「何でもは駄目です!」

 

 また後ろから雨宮の声が飛んできた。

 

「じゃあ、雨宮が嫌がらない範囲で何でも」

 

「私を基準にしないでください!」

 

『尻に敷かれてて草』

 

『御曹司弱い』

 

『じゃあ英語で謝罪して』

 

 画面に、最初の有料メッセージが表示された。

 

 金額は百円。

 

『世間を舐めてすみませんって英語で言って』

 

「嫌だね」

 

『金返せ』

 

「質問に答えるとは言ったけど、言うことを聞くとは言ってないよ」

 

「初めて自分で稼いだ百円なんですから、もう少し大切にしてください!」

 

 雨宮に怒られ、仕方なく英語で謝った。

 

 その様子が面白かったのか、次々と小さな金額が送られてくる。百円。五百円。千円。

 

 画面の端に表示された収益は、十分で三万円を超えた。

 

「すごいですね・・・」

 

「俺の英語に三万円の価値があったらしい」

 

「半分以上、九条君が怒られてるのを面白がってるだけですよ」

 

 それでも金は金だ。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 配信を始めて一時間。

 

 視聴者は七万人を超えていた。

 

 最初は冗談のような要求ばかりだったが、途中から本気の相談も増えてきた。英語の課題、進路、投資、店の経営。俺は答えられるものだけ選び、順番に答えていった。

 

『駅前で小さな弁当屋をやっています。材料費が上がって赤字ですが、値上げすると常連が離れそうで怖いです』

 

 五千円の有料メッセージだった。

 

「全部を同じ金額だけ上げる必要はないよ。注文数が多くて原価の低い商品は据え置く。原価の高い商品だけ値段を上げて、代わりに量か副菜を選べるようにする。常連が嫌うのは値上げより、同じ物が理由もなく高くなることだから」

 

『でも、そんな簡単に・・・』

 

「簡単じゃないね。商品ごとの原価と注文数を出してくれれば、どれを残すか一緒に考えるよ」

 

 数分後、店主から数字が送られてきた。

 

 俺は紙へ書き出し、利益の出ていない商品を分けていく。雨宮も横から電卓を叩き、数字を読み上げてくれた。顔は映さない約束なので、画面の外からだ。

 

「この唐揚げ弁当、売れるほど赤字が増えてる。五十円上げるか、唐揚げを一つ減らして副菜を増やしたほうがいい」

 

『それ、父にも言われました。でも値上げが怖くて』

 

「なら明日から一週間だけ試して、注文数を比べればいい。失敗したら戻せばいいだろ?」

 

 店主から、さらに一万円が送られてきた。

 

『やってみます。ありがとう』

 

 たったそれだけの言葉だった。

 

 今まで俺が会社の資料へ何か言えば、周囲の大人は必ず褒めた。御曹司の意見だからなのか、本当に役に立ったからなのか、考えても分からなかった。

 

 だが、この店主は俺の名前を知らなくても、同じ金を払ったのだろうか。

 

 少なくとも最初の五千円は九条の名前に払ったはずだ。追加の一万円は、どちらなのだろう。

 

「何を笑ってるんですか?」

 

「俺が考えたことに、一万円払う人がいた」

 

「今さらですか?」

 

「今までは、金を払う側だったからね」

 

 画面に表示された収益は、五十七万八千円。

 

 目標にはまだ遠い。それでも、俺が生まれて初めて自分で稼いだ金だった。

 

「あと四百二十二万二千円です」

 

「急に現実へ戻すね」

 

「残り三日しかありませんから」

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 配信開始から三時間が経った。

 

 視聴者は十二万人。収益は百四十万円を超えた。

 

 さすがに喉が痛くなり、雨宮が持ってきた水を飲む。

 

「今日はもう終わったほうがいいです。明日も学校ですよ」

 

「学校へ行ってる場合かな?」

 

「行ってください。私まで休む理由を聞かれます」

 

「なら、あと一件だけ」

 

 そう言ったとき、今までとは桁の違う有料メッセージが画面へ表示された。

 

 三百四十万円。

 

 一瞬、配信のコメントが止まったように見えた。

 

『お前の話は面白かった。残りは私が買う』

 

 送り主の名前は表示されていない。

 

「・・・目標、達成したんですか?」

 

「百四十万と三百四十万だから、ちょうど四百八十万だね」

 

 雨宮は信じられないような顔で画面を見つめた。

 

 コメントが一気に流れ始める。誰が払った。金持ちの遊びだ。仕込みじゃないのか。さまざまな言葉で画面が埋まっていく。

 

「ありがとう。名前くらい教えてくれてもいいのに」

 

 返事はなかった。

 

 だが、これで四百八十万円。

 

 九条家の金も、人間も、会社も使っていない。少なくとも、親父との約束は守った。

 

「雨宮。母親の手術代、できたよ」

 

「・・・本当に?」

 

「画面に出てるだろ?」

 

 俺も、まだ実感がなかった。

 

 たった三時間前まで、俺が自分で稼いだ金は一円もなかった。それが今、画面には四百八十万円と表示されている。

 

 配信を終了し、収益を受け取るための画面を開く。

 

 本人確認は、手元にあった学生証で通った。振込先には、以前親父から小遣いを受け取るために作らされた俺名義の口座を入力する。

 

 最後の確認を押すと、赤い文字が表示された。

 

『未成年者の収益受取には、法定代理人の同意が必要です』

 

「・・・」

 

「どうしたんですか?」

 

「親の同意が必要だって」

 

「じゃあ、お父さんに頼めば・・・」

 

「俺が雨宮のために配信して四百八十万円集めたと知って、素直に同意すると思う?」

 

 思わない。

 

 それでも、とりあえず次の項目を確認する。たとえ親父が同意したとしても、金が口座へ振り込まれるのは、最短で翌月末。

 

 病院との話し合いは、三日後の金曜日。四百八十万円は稼いだ。

 

 だが今、その金は画面の中にしか存在していなかった。


後書きです


この回を投稿するため今見直してますが、これはフィクションの話だとしても1日で480万稼ぐのは無理と思うかもしれませんが、いろんな要素はありますがすべて実際の例に近いものが存在します。海外の御曹司ストリーマー、配信での投げ銭による質問応答、数千万にも及ぶ投げ銭。


自分の中では九条司というのは万能的な人間、主人公なので、このくらいは簡単にいなせると思っています。もしかしたらこれを見て何か思う方もいるかもしれませんが、温かく見守ってくれると嬉しいです。


 まだしばらく続きます!「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけたら、作品のフォローや評価、感想をもらえると嬉しいです。



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次回もよろしくお願いします。

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