↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/31

16話

 雨宮茂と長谷川理沙が警察に連れていかれたあと、俺たちも事情を聞かれることになった。もっとも、俺はその前に病院へと連れていかれた。

 

 殴られた頬が思っていたより腫れていたらしい。口の中も少し切れており、医師からはしばらく痛むかもしれないと言われた。

 

「骨に異常はありません。冷やしておけば大丈夫でしょう」

 

「残念」

 

「何が残念なんですか!」

 

 隣にいた雨宮が怒鳴った。

 

「せっかく人生で初めて本気で殴られたのに、何も残らないのは少しもったいないだろ?」

 

「異常がなくてよかったんです!」

 

「記念に傷跡くらい残ってもよくない?」

 

「よくありません!」

 

 診察室にいた医師が、どういう顔をすればいいのか分からない様子で俺たちを見ていた。

 

「と、とにかく。今日一日は安静にしてください」

 

「分かりました。ご迷惑をおかけしました」

 

 俺の代わりに雨宮が返事をした。診察室を出ると、廊下で待っていた後藤さんが深いため息をついた。

 

「旦那様へ、どのようにご報告すればよろしいでしょうか」

 

「大人しく待ってたけど、向こうから殴りに来た」

 

「防犯映像もございますので、嘘はすぐに判明いたします」

 

「じゃあ正直に、雨宮を助けるために勇敢に立ち向かったと」

 

「警察の制止を振り切って、勝手に建物へ侵入した件も含めてですか?」

 

「そこは省こう」

 

「省きません」

 

 今日の爺やは、いつも以上に厳しい。

 

「九条君」

 

 雨宮が俺を呼んだ。

 

「何だい?」

 

「・・・ありがとうございました」

 

「何が?」

 

「お父さんに殴られたとき、私の前に入ってくれたことです」

 

「あぁ、あれね。身体が勝手に動いただけだよ」

 

「それでもです」

 

「なら、治療費を請求しようかな?」

 

「ここ、九条中央病院ですよね?」

 

「うん」

 

「あなたから治療費を取るんですか?」

 

「多分、親父の会社から親父の会社へ金が移動するね」

 

「意味ないじゃないですか」

 

 雨宮は呆れたように言ったあと、俺の腫れた頬をじっと見た。

 

「本当に、痛くないんですか?」

 

「触ってみる?」

 

「嫌です」

 

「聞いたくせに」

 

「痛いなら触らないほうがいいでしょう」

 

 そう言いながらも、雨宮は手を伸ばしかけ、途中で引っ込めた。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 警察からの事情聴取が終わったころには、午後九時を過ぎていた。

 本来の面会時間はとっくに終わっているが、病院側が事情を聞き、母親の病室へ入ることを許可してくれた。

 

 病室の前まで来たところで、雨宮の足が止まった。

 

「どうした?入らないのか?」

 

「・・・何て話せばいいんでしょう」

 

「素直に最初から全部話せばいい」

 

「簡単に言わないでください」

 

「途中から話したら、余計に分かりにくいだろ?」

 

「そういう意味じゃありません」

 

 雨宮は扉の前で、何度か深呼吸をした。

 

「九条君も、一緒に入ってくれますか?」

 

「俺も?」

 

「嫌なら、別にいいですけど」

 

「嫌とは言ってないよ」

 

「じゃあ、お願いします」

 

 雨宮が病室の扉を開けた。

 

 ベッドの上では、痩せた女性が身体を起こしていた。雨宮と同じ黒い髪。顔色はあまりよくないが、目元はよく似ている。

 

「あら、雫?こんな時間にどうしたの?」

 

「お母さん・・・」

 

 雨宮はベッドのそばまで歩き、椅子へ座った。母親はその後ろにいる俺を見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「そちらの方は?」

 

「同じクラスの、九条司君」

 

「初めまして。娘さんが飛び降りるところを見物しようとした九条司です」

 

「九条君!」

 

「初対面だから正直に話したほうがいいかと」

 

「そこから話したら、ただの危ない人でしょう!」

 

「実際、少し危ない人じゃあ?」

 

 いつものくだらない会話をしてると、雨宮の母親は俺たちを順番に見たあと、小さく笑った。

 

「雫に、友達ができたのね」

 

「友達ではありません!」

 

「まだ契約相手かもです」

 

「余計に分からないわね・・・」

 

 それはそうでしょうね、すみませんねお母さん。

 雨宮は少し迷ったあと、父親の会社が潰れたことから話し始めた。

 

 六千万円の借金。父親が金と車を持って逃げたこと。古い保険証券と一緒に、『母さんを助けたいなら、お前が死ね』という言葉を残したこと。

 

 自分がビルから飛び降りようとしたこと。そして、受取人が父親の会社へ変更されていたこと。

 

 母親は途中から何も言わなくなった。雨宮も何度も言葉に詰まりながら、それでも最後まで全部話した。

 

「今日、お父さんと長谷川さんは逮捕されました」

 

「・・・そう」

 

「黙ってて、ごめんなさい」

 

「雫」

 

 母親が、雨宮の頬へ手を伸ばした。

 

「どうして、あなたが謝るの?」

 

「だって、私がもっと早く気づいていれば・・・」

 

「違うでしょう」

 

 弱い声だったが、はっきりとした言葉だった。

 

「悪いのは、あなたを騙したお父さん。あなたじゃない」

 

「でも、お母さんの病気も、借金も残ってる。私が死ねば助けられると思って・・・」

 

「雫」

 

 母親はもう一度名前を呼び、雨宮を抱き寄せた。

 

「あなたが死んで助かるくらいなら、お母さんは助からなくていい」

 

「そんなこと言わないで!」

 

「なら、あなたも死ぬなんて言わないで」

 

 雨宮の目から涙が溢れた。

 

「お母さんを助けたかったの・・・」

 

「うん」

 

「私が死ねば、お母さんだけは助かると思ったの・・・」

 

「うん。でもね、お母さんは雫が生きているから、生きたいの」

 

 雨宮は母親へしがみつき、声を押し殺して泣いた。俺は少し離れた場所で、その様子を眺めていた。こういうとき、何と言えばいいのか分からない。

 

 面白そうだから助けたとは、さすがに今言うべきではない気がする。


 しばらくして、母親が俺へ顔を向けた。

 

「九条君」

 

「はい?」

 

「雫を助けてくれて、ありがとう」

 

「まだ助けたわけではありませんよ。死ぬのを一週間延期させただけです」

 

「それでも、その一週間がなければ、この子はここにいなかったのでしょう?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「本当に、ありがとう」

 

 母親がベッドの上で、俺へ頭を下げた。困るな。俺は感謝されたくてやったわけではない。

 

「お礼なら、雨宮がこれからも生きてたら、そのうち本人から貰います」

 

「何を要求する気ですか!」

 

「まだ決めてないよ」

 

「それ怖すぎます!」

 

 泣いていた雨宮が、いつものように怒鳴った。母親がまた笑った。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 翌日の放課後。

 

 俺と雨宮は、最初に出会った雑居ビルの前へ来ていた。空はよく晴れている。

 

 一週間前は大雨だったのに、今日は傘の出番もなさそうだ。

 

「本当に上まで行くの?」

 

「九条君が、一週間後にもう一度決めろと言ったんでしょう」

 

「別に、同じ場所でとは言ってないけど」

 

「ここで決めたいんです」

 

 雨宮が先にビルへ入り、俺もそのあとを追った。 エレベーターは一階に止まっている。一週間前は八階から動かなかったくせに、今日は随分と素直だな。

 

「階段で行きますか?」

 

「嫌だよ。もう二度と全力で十階まで走りたくない」

 

「でも、面白そうなものが待ってるかもしれませんよ?」

 

「今は隣にいるから、逃げないだろ?」

 

 エレベーターへ乗り、屋上へ向かった。 一週間前と同じ扉を開ける。あの日とは違い、強い雨も風もない。夕方の街が、柵の向こうに広がっていた。

 

 雨宮は柵へ近づいたが、向こう側には行かなかった。内側から両手を添え、しばらく街を眺める。

 

「一週間経ったな」

 

「はい」

 

「父親は逮捕された。保険金も出ない。母親にも全部話した」

 

「はい」

 

「それでも、まだ飛ぶ?」

 

 雨宮は柵の向こうを見つめたまま、首を横へ振った。

 

「今は、飛びません」

 

「今は?」

 

「この先ずっとなんて、今の私にはまだ約束できません」

 

「そうだね」

 

「でも、少なくとも今日は死にたくありません。明日も学校へ行きたい。お母さんの手術も、借金のことも、逃げずに何とかしたいです」

 

「いいんじゃない?」

 

「それだけですか?」

 

「生きろと言った覚えはないからね。お前が自分で決めたなら、それでいいよ」

 

 雨宮はゆっくりと柵から手を離し、俺のほうへ振り返った。

 

「一週間、ありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

「これで契約終了ですね」

 

「そうだな」

 

 契約が終われば、俺が雨宮へ関わる理由もなくなる。雨宮もそれを考えたのか、少しだけ寂しそうな顔をした。

 

「それじゃあ、私は・・・」

 

「次の契約を始めようか」

 

「・・・はい?」

 

「借金と母親の治療が片づくまで、お前は俺の家で暮らす。勝手に一人で抱え込まない。何かあれば必ず俺へ話す」

 

「待ってください。そんな契約、聞いてません」

 

「今言ったからね」

 

「私、同意してませんよ?」

 

「嫌なのか?」

 

 雨宮はすぐには答えなかった。少しだけ迷ったあと、俺へ右手を差し出す。

 

「今度は、一週間じゃ足りないかもしれませんよ」

 

「いいよ。退屈しなさそうだから」

 

 その手を掴んだ。一週間前とは違い、氷みたいに冷たくはなかった。

 

「それじゃあ、契約成立だな」

 

「だから、勝手に成立させないでください」

 

「今、手を出しただろ?」

 

「握手です!」

 

「契約の握手だね」

 

「もう、何でもいいです・・・」

 

 死ねば一億円になるはずだった少女は、一円にもならずに生きることを選んだ。

 

 そして俺の退屈な日常は、もうしばらく戻ってこないらしい。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第一章はこれで完結です!あっさり!ちなみにもう一つのパターンがあったのですが、かなり面白いです。いずれ人気作家になったらリメイクとして完全新作出したいと思ってます。


 ちなみにまだ続きます!借金返済までは!


「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけたら、作品のフォローや評価、感想をもらえると嬉しいです。



執筆の励みになります!



次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。