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15話

「相変わらず、親に迷惑ばかりかける娘だな」

 

 久しぶりに会った娘へ、雨宮茂が最初にかけた言葉はそれだった。謝罪でも、心配でもない。

 

 自分の計画どおりに死ななかった娘へ向けた、心底面倒そうな一言。

 

「迷、惑・・・?」

 

 雨宮の声が震えていた。

 

「わ、私が、お父さんに迷惑をかけたんですか?」

 

「そうだろう。お前が余計な人間へ話したせいで、全部がめちゃくちゃだ!」

 

 雨宮茂は俺を睨んだ。どうやら余計な人間というのは俺のことだったらしい。

 

「初めまして、お義父さん」

 

「誰がお義父さんだ!」

 

「九条君も、今ふざけないでください!」

 

 父娘の両方から怒られた。お前ら実は仲いいだろ。

 

「九条財閥の御曹司が、どうして雫なんかに関わっている?」

 

「お前の娘がビルから飛び降りるところを、偶然見つけたからだよ」

 

 茂は初めて、雨宮の顔を正面から見た。

 

「雫。本当に死ぬつもりあったのか?」

 

「・・・お父さんが、死ねって言ったんでしょう」

 

「なら、どうしてまだ生きている?」

 

 心配して聞いたわけではない。計画どおりに死ななかった理由を、責めるような声だった。

 

「俺が一週間だけ延期させたんだよ」

 

「お前が余計なことをしなければ・・・!」

 

「残念だったね。あと少し俺が遅ければ、予定どおり一億円になってたかもな?」

 

 茂は悔しそうに俺を睨み、舌打ちをした。本当にこいつ、娘が生きていたことを一度も喜ばないんだな。

 

「お父さん」

 

 雨宮が一歩だけ前へ出た。

 

「どうして、私を死なせようとしたの?」

 

「書いてあっただろ。母さんを助けるためだ」

 

「嘘です」

 

「嘘じゃない1」

 

「私が死んでも、お母さんには一円も入らなかった!」

 

 雨宮の声が、暗い店内へ響いた。茂は一瞬だけ黙ったが、悪びれる様子もなく長谷川の横へ並んだ。

 

「受取人の変更は、一時的なものだ。金が入ったあとで、借金も母さんの治療費も払うつもりだった」

 

「へぇ~。なら、どうして娘に古い保険証券を渡したの?」

 

「お前には聞いてない」

 

「新しい書類を見せたら、お前に一億円が入るとバレるからだろ?」

 

「黙れ!」

 

「それに、アマミヤ・アセット管理株式会社は、借金の返済に使う会社ではないよね。設立されてから一度も債権者へ連絡していない。母親の治療費を払う準備もしていない」

 

 これは今日ここへ来る前、三枝さんに調べてもらったことだ。

 会社の口座は作られていたが、事業をした形跡は一度もない。保険金を受け取るためだけに用意された箱のようなものだ。

 

「さらに、お前は事前に自宅から現金と車を持ち出して逃げた。妻を助けるつもりだった男の行動には見えないな?」

 

「家族の金を俺がどう使おうと、俺の勝手だ!」

 

「ほら。もう自分で答えてちゃったじゃん」

 

 茂は悔しそうに俺を睨んだ。雨宮は父親から目を逸らさないまま、もう一度聞いた。

 

「お父さん。私は、何のために死ななきゃいけなかったの?」

 

「だから、家族を助けるためだと言ってるだろ!」

 

「その家族に、私は入ってた?」

 

 茂の口が止まった。

 

「お母さんも、本当に入ってた?」

 

「・・・」

 

「答えてよ!」

 

 雨宮が怒鳴った。その声は泣いているようにも聞こえたが、涙はまだ落ちていなかった。

 

 茂はしばらく黙ったあと、面倒になったように大きく息を吐いた。

 

「会社が潰れたのは、俺だけの責任じゃない」

 

「何の話をしてるんですか?」

 

「取引先が逃げた。銀行も金を貸さなくなった。咲は病気になって、治療費ばかりかかる。お前は何の役にも立たない」

 

「・・・」

 

「俺一人に、全部押しつけやがって」

 

「お前が作った会社と借金だろ?」

 

「部外者は黙ってろ!」

 

 茂は俺を怒鳴りつけ、再び雨宮へ顔を向けた。

 

「あの保険は、お前が小さいころから俺が保険料を払ってきた。俺の金でな」

 

「だから、何ですか?」

 

「十六年も育ててやったんだ。最後くらい、親の役に立とうとは思わないのか?」

 

 雨宮の顔から、表情が消えた。

 

「私が死ぬことが、お父さんの役に立つの?」

 

「生きているお前には金がかかる。だが死ねば一億円になる」

 

 茂は、はっきりと言い切った。

 

「お前一人が死ねば、俺は人生をやり直せるんだよ」

 

 雨宮の肩が、小さく震えた。これが、こいつの聞きたがっていた答えだ。

 

 十六年間一緒に暮らした父親にとって、自分は娘ではなかった。


 死ねば一億円になる保険商品だった。

 

「それで、長谷川さんはいくら貰う予定だったの?」

 

 俺が尋ねると、茂の隣にいた長谷川の眉が動いた。

 

「あなたには関係ないわ」

 

「一億円を二人で半分ずつ?」

 

「違う!」

 

 先に否定したのは茂だった。

 

「理沙には二千万渡す約束だ。残りは俺の金だ」

 

「ちょっと、茂さん!」

 

「自分から喋ってくれるなんて助かるよ」

 

 長谷川が茂を睨んだ。どうやら取り分まで隠しておきたかったらしい。

 

「長谷川さんも大変だね。娘を死なせようとしている男へ協力して、犯罪者になって、貰えるのは二千万だけか」

 

「だけって・・・」

 

「その二千万も貰えないけどな」

 

「何ですって?」

 

「保険金は支払われない。受取人変更は凍結済み。お前が使った職員端末の記録も、防犯映像も、偽造書類の原本も全部残ってる」

 

「だから、雫ちゃんが認めれば――」

 

「今ここで無理やり署名させた紙に、何の価値があると思ってるの?」

 

 俺は雨宮の服に取りつけられた通信機へ目を向けた。

 

「それに、今までの会話は外にいる警察も全部聞いてるよ」

 

 茂と長谷川の顔色が変わった。

 

「警察に言わず、一人で来いと言ったはずよ!」

 

「犯罪者との約束を守るほど、雨宮は素直じゃないよ」

 

「九条君が言わないでください!」

 

 この状況でも、雨宮はしっかり俺へ突っ込んできた。少し安心した。

 

「茂さん、逃げるわよ!」

 

 長谷川が店の奥へ走り出した。その直後、複数の足音が外から近づいてくる。

 

「警察です!その場から動くな!」

 

 警察が来るのが先か、長谷川が逃げ切るのが先か。答えはすぐに出た。

 

 長谷川が逃げようとした奥の通路から、二人の警察官が現れた。長谷川は立ち止まり、すぐに床へ押さえられる。

 

「離して!私は何もしてない!」

 

「それ、さっき自分で全部喋ってたよ?」

 

「黙って!」

 

 残った茂は、出口と警察を交互に見た。逃げ道がないと分かると、今度は近くにいた雨宮へ手を伸ばした。

 

「雫、こっちへ来い!」

 

「嫌です!」

 

 茂が雨宮の腕を掴むより先に、俺は二人の間へ入った。

 

「邪魔だ!」

 

 茂の拳が頬へ飛んできた。

 避ける暇はなく、まともに食らった。口の中に鉄の味が広がり、身体が横へよろめく。

 

「九条君!」

 

 痛ってー。

 

 人生で誰かに本気で殴られたのは、これが初めてか?

 なるほど。これが殴られるという経験か。雨に濡れたときより、ずっと面白くないな。

 

「この野郎!」

 

 茂がもう一度俺へ手を伸ばした。今度はその腕を掴み、思いきり足をかける。

 

 茂の身体が床へ倒れたところへ警察官が駆けつけ、そのまま両腕を押さえた。

 

「離せ!俺は悪くない!全部こいつらが――」

 

「まだ言うんだ」

 

 床に押さえつけられながら、茂は雨宮を睨んだ。

 

「お前が大人しく死んでいれば、全部うまくいったんだ!」

 

 雨宮の身体が震えた。俺は口元の血を手の甲で拭い、茂の前へしゃがんだ。

 

「残念だったね」

 

「何がだ!」

 

「お前の娘は、もう死なないよ」

 

「九条君・・・」

 

「少なくとも、俺との契約が終わるまではな」

 

「そこはずっとって言ってくださいよ・・・」

 

「先のことまで勝手に決めると怒るだろ?」

 

「今は怒りません」

 

 雨宮の目から、ようやく涙が落ちた。悲しいからなのか、安心したからなのかは分からない。

 

 ただ、屋上で見た涙とは少しだけ違って見えた。

 

 茂と長谷川が警察に連れていかれた。雨宮は父親の背中を、最後まで黙って見つめていた。

 

 だが、父親は一度も振り返らなかった。

 

「・・・終わったんでしょうか」

 

「事件はね」

 

「事件は?」

 

「借金も、母親の治療も、お前がこれからどうするかも残ってる」

 

「現実的ですね」

 

「綺麗事は言わないって、最初に約束したからな」

 

 雨宮は涙を拭い、少しだけ笑った。

 

「そうでしたね」

 

「それに、一週間の契約もまだ終わってない」

 

「あと何日でしたっけ?」

 

「明日まで」

 

 父親の計画は潰れた。もう一億は、誰にも支払われない。

 

 そして明日、雨宮雫との一週間の契約が終わる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第一章は完結してるので、毎日2話投稿します!人気あったら第2章書きますので。




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次回もよろしくお願いします。

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