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14話

どう見ても罠だ。

 呼び出された場所は、街外れにある閉鎖済みのショッピングセンター。時間は明日の午後六時。そして一人で来いときた。

 

 こんな分かりやすい罠、漫画でも今どきなかなか見ないぞ?

 

「行きます」

 

 はい?俺が呆れていると、隣にいた雨宮が真剣な顔でそういった。

 

「正気か?」

 

「お父さんに会えるかもしれないんです」

 

「お前を一億円に換えようとしたクソ父親だぞ?」

 

「分かっています」

 

「会ってどうする?感動の再会でも期待してんのか?」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

 雨宮が声を荒らげた。そのまま何か言おうとしたが、唇を噛んで俯いてしまう。さすがに言い方が悪かったかもしれないな。ほんの少しだけ。

 

「じゃあ、どうして会いたいんだ?」

 

「・・・聞きたいんです」

 

「何をだ?」

 

「どうしてなのか・・・」

 

 雨宮は膝の上で両手を握った。

 

「お父さんの会社が苦しいことも、お金が必要だったことも知ってました。私に何かできるなら、できる範囲で手伝うつもりでした。でも、どうして死ねなんて・・・」

 

「一億円になるからだろ?」

 

「そんなことは分かってます!」

 

 雨宮が顔を上げ、俺を睨んだ。その青い瞳には、僅かに涙が浮かんでいた。

 

「私が聞きたいのは、そういうことじゃありません。十六年間、一緒に暮らしてきた娘に死ねと言って、自分だけお金を受け取ろうとしたんです。お父さんにとって私は・・・本当に一億円以下だったのか、本人の口から聞きたいんです」

 

 なるほどね。

 

 俺なら、そんな父親が自分をどう思っているかなんて興味はない。だが雨宮にとっては、今まで父親だった人間だ。答えがどれだけ最低でも、聞かなければ終われないのだろう。

 

「分かった。ならば行くとしよう」

 

「いいんですか?」

 

「ただし、一人では行かせない」

 

「でも、一人で来いって・・・」

 

「犯人との約束を律儀に守る必要がどこにある?」

 

「見つかったら、お父さんが逃げるかもしれません」

 

「逃げられないように囲めばいいんだよ」

 

 俺はスマートフォンを取り出し、後藤さんと三枝さん、それから警察へ順番に連絡を入れた。

 

 使えるものは全部使う。それが俺のやり方だ。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 翌日。

 

 俺と雨宮は学校を休んだ。

 

 昨日、校内へ不審者が侵入したばかりなのだから、学校側からも安全が確認できるまで登校を控えてほしいと言われている。

 

 正直、始業式からまだ数日しか経っていないのに休むのは少し残念だ。勉強したかったという意味ではなく、橘がどんな噂を広めているのか見られないからね。

 

 朝食を終えたあと、雨宮のスマートフォンに橘からメッセージが届いていた。

 

『大丈夫?九条君に変なことされてない?』

 

 おい、俺の心配は?

 

 雨宮は少し悩んだあと、『大丈夫です。九条君には、今のところ何もされてません』と返信した。

 

「今のところって何?」

 

「事実です」

 

「これから何かすると思われるだろ?」

 

「しないなら気にしなくていいじゃないですか」

 

「信用がないな~」

 

「昨日、一緒にお風呂へ入るとか言った人を信用しろと?」

 

「あれは冗談だって謝っただろ?」

 

「冗談でも最低です」

 

 どうやら、まだ怒っているらしい。

 

 その後、雨宮は母親へ電話をかけた。今日も面会へ行けないことを謝り、学校の友人の家に泊まっているとだけ説明していた。

 

 九条家の御曹司の家とは言わなかった。別に言ってもいいと思うが、話がさらにややこしくなるらしい。

 

 電話を切った雨宮は、しばらく画面を見つめていた。

 

「今夜、全部終わったら病院へ行こう」

 

「終わりますかね」

 

「終わらせるよ。そのために行くんだろ?」

 

「・・・はい」

 

 午後になると、警察と九条家の警備責任者が屋敷へ集まった。

 

 閉鎖されたショッピングセンターの周辺は、すでに警察が確認している。だが、長谷川理沙や雨宮茂の姿はまだ見つかっていなかった。

 

 雨宮だけを指定された場所へ向かわせ、離れたところから見守る。危険があればすぐに中止できるよう準備は万全だ。

 

「俺も一緒に行くよ」

 

「一人で来るよう指定されています。九条君は車で待機してください」

 

 刑事に即答された。

 

「でも相手は、俺が一番に来るなと言ってたんですよ?」

 

「だから来ないでください」

 

「そこまで嫌がられると、逆に行きたくならない?」

 

「なりません」

 

 真面目な大人は冗談が通じなくて困る。隣を見ると、雨宮まで刑事と同じ顔で頷いていた。

 

「九条君は来ないでください」

 

「お前まで?」

 

「危ないですから」

 

「自分は行くのに?」

 

「私が呼ばれたんです」

 

「俺も名指しで来るなと言われた。ある意味、呼ばれてるようなものだろ?」

 

「違います!」

 

 結局、俺はショッピングセンターの外で待機することになった。

 

 もちろん、納得はしていない。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 午後五時四十分。

 

 俺たちは閉鎖されたショッピングセンターの近くへ到着した。

 

 三階建ての古い建物。看板は外され、正面の大きなガラス扉には内側から白い紙が貼られている。駐車場には雑草が生え、街灯もほとんど消えていた。

 

 いかにも事件が起きそうな場所だ。

 

「映画なら、ここで全員死ぬね」

 

「今から入る人の前で言わないでください!」

 

「緊張をほぐそうかと」

 

「余計に緊張しました」

 

 雨宮は制服ではなく、屋敷で用意した黒いパーカーと長いスカートを着ていた。

 

 警察から渡された小さな通信機を身につけ、スマートフォンを握っている。

 

「何かあったら、すぐに戻れよ」

 

「分かってます」

 

「父親がいたとしても、近づかないこと」

 

「分かってますってば」

 

「長谷川に何か書けと言われても、絶対に書くな」

 

「九条君、私のお父さんみたいですね」

 

「あんな奴と一緒にしないでくれる?」

 

「・・・そうですね。全然違いました」

 

 雨宮が少しだけ笑った。その笑顔を見たら、なぜか本当に行かせたくなくなった。

 

 昨日までなら、罠の中へ入った人間がどうなるのか、近くで見てみたいと思っていたはずなのに。

 

「雨宮」

 

「何ですか?」

 

「絶対に戻ってこいよ」

 

 雨宮は驚いたように俺を見たあと、ゆっくりと頷いた。

 

「一週間の契約中ですからね」

 

「そうだったな」

 

 雨宮が車を降り、警察に指示された入口へ向かう。小さくなっていく背中を見ながら、俺は後部座席で腕を組んだ。

 

 一分。

 

 二分。

 

 三分。

 

「爺や」

 

「駄目でございます」

 

「まだ何も言ってないけど?」

 

「中へ行く、と仰るおつもりでしょう」

 

「さすが爺や」

 

「司様を行かせないよう、旦那様からも申しつけられております」

 

「親父まで知ってるの?」

 

「九条家の一人息子が、犯罪者の指定した廃墟へ向かうのです。知らされないとお思いで?」

 

「じゃあ、親父には大人しく待ってたと伝えておいて」

 

「司様?」

 

 後藤さんが止めるより早く、俺は反対側の扉を開けて車から降りた。周囲にいた警備員がこちらへと走ってきた。

 

「九条君、待ちなさい!」

 

 少し離れた車にいた刑事の声も聞こえた。

 

「雨宮を一人にするなって、俺が俺と契約したんでね!」

 

 返事を待たず、ショッピングセンターの横にある搬入口へ走った。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 建物の中は薄暗く、雨宮の姿はすでに見えなかった。

 

 吹き抜けになった中央広場には止まったままのエスカレーターがあり、空になった店が左右に並んでいる。

 

 遠くから、雨宮の声が僅かに聞こえた。

 

「・・・来ました。どこにいるんですか?」

 

 俺は声のする方向へ走った。一階の奥。かつて衣料品店だったらしい広い区画に、雨宮が一人で立っている。

 

 その正面には、黒いコートを着た女がいた。肩まで伸びた黒髪。九条生命の社員証で見た顔。

 

 長谷川理沙だ。

 

「一人で来るように言ったはずよ」

 

 長谷川が俺を見て、露骨に顔をしかめた。

 

「ごめん。俺、人の言うことを聞くのが苦手なんだ」

 

「九条君!どうして来たんですか!」

 

「一人にしないって言っただろ?」

 

「今じゃないです!」

 

「契約はいつでも有効だぜ」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

 雨宮が怒鳴った。これだけ元気なら、とりあえず何もされてはいないらしい。

 

 長谷川は呆れたように息を吐き、手に持っていた封筒を近くの机へ置いた。

 

「あなたが来たなら、話が早いわ」

 

「俺に会いたかったの?」

 

「まさか。雫ちゃんを連れて帰ってほしいだけよ」

 

「お父さんはどこですか?」

 

 雨宮が長谷川へ聞いた。

 

「この書類に署名したら会わせてあげる」

 

 長谷川が封筒から数枚の書類を取り出す。

 

 そこに書かれていたのは、受取人変更の手続きは雨宮本人の意思で行われたこと。そして、提出された学生証と署名が本物であると認める内容だった。

 

「これに署名しろと?」

 

「そうよ。雫ちゃんが自分の意思で変更したと証明すれば、偽造ではなくなる」

 

「なるわけないだろ?」

 

「少なくとも、九条生命は簡単に警察へ出せなくなる。本人が認めているんだから」

 

「嫌です」

 

 雨宮は書類を見ることもなく答えた。

 

「私は署名しません。お父さんにも、あなたにも一億円は渡さない」

 

「お父さんに会えなくても?」

 

「会わせる気なんて、本当にあるんですか?」

 

「あるわよ」

 

 長谷川が笑った。

 

「だって、もう来ているもの」

 

 暗くなった店の奥から、靴音が聞こえた。一歩ずつ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

 やがて暗闇の中から、一人の男が姿を現した。

 

 伸びた髪。疲れた顔。少し痩せているが、雨宮にはすぐ分かったらしい。

 

「・・・お父さん」

 

 雨宮茂は、娘の顔を見ても笑わなかった。

 

 謝りもしなかった。ただ、面倒そうに眉を寄せて口を開く。

 

「相変わらず、親に迷惑ばかりかける娘だな」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


第一章は完結してるので、毎日2話投稿します!人気あったら第2章書きますので。




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次回もよろしくお願いします。

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