13話
「長谷川理沙。まずはこいつを見つければ、父親がどこにいるか聞けそうだな」
タブレットに表示されている女は、どこにでもいそうな普通の会社員に見えた。
二十四歳。九条生命城南支店、契約管理課勤務。
まさかこの女が制服を着て女子高生のふりをし、俺たちの学校へ入っていたとはね。人間、見た目だけでは分からないものだ。
「この人が、保険会社にいた女の人なんですか?」
「その可能性は高そうだな」
「可能性?」
「学校から出てきた女が、長谷川の車へ乗ったことは間違いない。でも、運転していたのが長谷川本人とは限らないだろ?車を貸していた可能性もある」
「じゃあ、まだ別人かもしれないんですか?」
「顔が見えてないからね。まぁ、長谷川が何も知らない可能性はないけど」
自分の車に偽物の女子高生を乗せ、そのうえ雨宮の契約内容を扱う部署で働いている。偶然で済ませるには、少し無理がありすぎる。
「爺や。長谷川の家には?」
「すでに警察が確認へ向かっております。ご本人とは、まだ連絡が取れておりません」
「家族は?」
「独身で一人暮らしです。ご両親は県外に住んでおられます」
「雨宮茂との繋がりは?」
「現在、三枝様が社内記録を確認しております」
「仕事が早いな~。俺も爺やがいれば、立派な社会人になれる気がするよ」
「まずはご自身で傘を持つところから始められてはいかがでしょうか」
「話の規模が急に小さくなったね?」
「大きな仕事ほど、小さなことの積み重ねにございます」
「それっぽいこと言って、傘を持たせようとしてるだけないか?」
「お気づきになられましたか」
後藤さんは何事もなかったように前を向いた。雨宮が隣で小さく笑っている。こいつ、最近爺やと一緒になって俺を馬鹿にしてないか?
「何笑ってるの?」
「別に。ただ、後藤さんは大変そうだなと思って」
「誰のせいで?」
「九条君のせいです」
即答された。
この数日で、ずいぶん遠慮がなくなってきたな。面白いからいいけど。
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屋敷へ戻ると、玄関前には見覚えのない黒い車が一台停まっていた。
俺たちが車から降りると、屋敷の中から三枝さんが出てくる。電話では何度も話していたが、直接会うのは今回の件が始まってから初めてだ。
「お帰りなさいませ、司様。雨宮様も、ご無事で何よりです」
「ただいま。わざわざ来たってことは、何か分かったのか?」
「はい。長谷川理沙について、確認していただきたい資料がございます」
三枝さんに案内され、雨宮と一緒に一階の応接室へ入った。机の上には、長谷川の勤務記録や、九条生命のシステムへ接続した履歴が並べられている。
「こちらをご覧ください」
三枝さんが一枚目の資料を俺たちの前へ置いた。
「長谷川理沙は、雨宮雫様の受取人が変更される三日前から、契約情報を複数回確認しています」
「仕事で見ることは?」
「長谷川の担当業務に、この契約は含まれておりません」
「つまり、勝手に見てたってことでいいのか?」
「現時点では、そう考えております。そして受取人変更が行われた当日、長谷川の職員用端末から、雨宮様の本人確認書類がシステムへ登録されています」
雨宮が息を呑んだ音がした。
「偽物の学生証と保険証を登録したのが、この人なんですか?」
「使用された職員番号は、長谷川理沙のものです」
「他人が勝手に使った可能性は?」
「端末へ入るには職員証と暗証番号が必要です。また、当日の防犯映像には長谷川本人が端末を操作する姿も残っております」
「なら決まりだな」
制服を着て学校へ来たのが長谷川本人かは、まだ顔が見えていない。
だが少なくとも、雨宮茂が偽物の学生証を使って受取人を変更するのを、長谷川が保険会社の中から手伝ったことは間違いない。
「どうして・・・」
雨宮が資料を見つめたまま呟いた。
「どうして、この人がお父さんに協力したんでしょうか・・・」
「金じゃない?」
「そんな簡単に・・・」
「一億だぞ?お前は自分が死ぬほどの金だと思ったんだろ?」
「それは・・・そうですけど」
「その一部を渡すと言われれば、犯罪に手を貸す人間くらいいるさ」
「司様。こちらもご確認ください」
三枝さんが、今度は長谷川の社内メールを印刷したものを差し出した。受取人変更が行われた日、長谷川は同僚へ、午後から外回りへ出ると連絡していた。
しかし訪問先として書かれている会社へ確認したところ、その日に長谷川が訪れた記録はない。
「午後の三時間だけ、長谷川がどこにいたのか分からないってこと?」
「はい。そして支店の裏口から出た際、紙袋を持っている姿が確認されています」
「紙袋?」
三枝さんが防犯映像から切り取った画像を見せる。紙袋の口から、紺色の布が僅かに見えていた。
制服だと断定できるほどではない。だが、学校へ侵入した女が着ていたものと同じ色だ。
「長谷川が学校の女だったと考えてよさそうだな」
「警察も同様に考え、行方を捜しております」
「家にはいなかった?」
「先ほど連絡がありました。室内に本人はいなかったそうです。衣類や日用品の一部もなくなっており、数日前から戻っていない可能性があります」
「数日前?」
雨宮が顔を上げた。
「じゃあ、私に最初のメッセージを送ってきたときには、もう逃げる準備をしてたんですか?」
「おそらくな。受取人の変更が見つかった時点で、自分まで調べられると分かってたんだろう」
「でも、それならどうして学校まで来たんでしょう」
「俺たちがどこまで気づいてるのか確かめたかった。それか、直接脅せば手を引くと思ったのか」
「あんな写真で、あなたが手を引くと思いますか?」
「思ってたなら、俺のことを全然分かってないな」
「普通は怖がるんですよ」
「雨宮は怖いのか?」
「・・・怖いです」
小さな声だった。さっきまで普通に話していたが、怖くないはずがない。
父親に死ねと言われ、自分になりすました女には学校まで追いかけられている。しかも母親は病院という状況だ。
「なら、一人になるなよ」
「分かってます」
「風呂も一緒に入る?」
「入りません!」
「一人になるなって言ったのに」
「女性の使用人さんに前で待っててもらいます!」
「残念」
「何が残念なんですか!」
「司様」
三枝さんの低い声が飛んできた。
「冗談だよ」
「冗談でも、今の発言は雨宮様へ謝罪なさるべきかと」
「悪かった」
俺は素直に頭を下げた。法務担当に怒られると、なぜか爺やに怒られるより怖い。
雨宮は赤くなった顔を逸らし、小さく「最低」と呟いた。
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夕食を終えたあと、俺と雨宮は昨日と同じ食堂に残っていた。テーブルの上には、長谷川理沙の顔写真と、これまで届いたメッセージを印刷した紙が並んでいる。
長谷川の電話は繋がらない。会社へ届け出ていた住所にもいない。車も学校から離れたあと、繁華街の立体駐車場へ置き去りにされていた。
防犯カメラには、駐車場から一人で歩いて出ていく女が映っていたが、そのあとは人混みに消えている。
「父親と合流したと思う?」
「分かりません。でも、お父さんの居場所を知っているなら、一緒にいるかもしれません」
「見つからない者同士、仲良く隠れてるかもな」
「仲良く・・・」
雨宮が引っかかったように、その言葉を繰り返した。
「何?」
「いえ。お父さん、少し前から帰りが遅い日が増えてたなと思って」
「女がいたってこと?」
「分かりません。お母さんが病気なのに、そんな・・・」
「娘に死ねと言える男だよ?妻が病気だから浮気はしない、なんて良心が残ってると思う?」
雨宮は何も言い返さなかった。長谷川が金のためだけに協力したのか。それとも父親と別の関係があったのか。
どちらにしても、本人を見つけないと答えは出ない。
そのとき、テーブルの上に置かれていた雨宮のスマートフォンが震えた。
また知らない番号からのメッセージかと思ったが、今度は着信だった。画面に表示されているのは、やはり登録されていない番号。
「出るな」
「でも・・・」
「スピーカーにしろ。俺が出る」
雨宮が頷いた。俺はスマートフォンを受け取り、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『・・・雫ちゃんに代わって』
女の声だった。
「誰?」
『あなた、九条司君でしょう?』
「俺は名乗ったんだから、そっちも名乗ってくれない?」
電話の向こうで、女が僅かに笑った。
『もう調べたんでしょう。私の名前くらい知ってるはずよ』
「長谷川理沙」
『正解』
隣にいる雨宮の身体が強張った。
「お尋ね者が何の用だ?」
『雫ちゃんに伝えて。お父さんに会いたければ、明日の午後六時、一人で来なさい』
「場所は?」
『あとで送るわ。警察と九条家の人間には言わないこと』
「俺も駄目か?」
『あなたが一番駄目よ』
「嫌われてんな~」
『これは雨宮家の問題なの。部外者は手を引いて』
「もう俺の名前を出して脅した時点で、部外者じゃないよ」
『・・・雫ちゃんが父親に会えなくなってもいいの?』
「別に。あんな父親、会わないほうが幸せだろ」
『それを決めるのは、あなたじゃない』
女はそれだけ言い残し、通話を切った。
数秒後、雨宮のスマートフォンへ新しいメッセージが届く。
指定されたのは、街外れにある閉鎖済みのショッピングセンター。
明日の午後六時。
『一人で来なければ、父親には二度と会えない』
どう見ても罠だが、分かっているなら・・・引っかかり方はこちらが決めるよ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第一章は完結してるので、毎日2話投稿します!人気あったら第2章書きますので。
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