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12話

 どうやらこの学校には、雨宮雫が二人いるらしい。

 

 一人は、俺の隣で不安そうに制服の袖を掴んでいる本物。もう一人は、偽物の学生証を使って校内へ入り、教材準備室から俺たちを撮影していた偽物だ。

 

「雨宮。その制服の袖、気に入った?」

 

「えっ?」

 

 雨宮は自分の右手を見て、ようやく俺の袖を掴んでいたことに気づいたらしい。慌てたように手を離した。

 

「す、すみません」

 

「別にいいよ。持って帰りたいなら脱いであげようか?」

 

「いりません!」

 

「遠慮しなくてもいいのに」

 

「してません!」

 

 うん、いつもの調子に戻ったな。

 

 担任は事務員から詳しい話を聞いたあと、俺たちを応接室へ連れていった。そこには教頭と、生徒指導を担当しているらしい教師が待っていた。

 

 知らない人間が生徒になりすまして校内へ入り、盗撮までしていたのだ。さすがに学校側も、担任一人だけで済ませる気はないらしい。

 

「正門と校舎入口の防犯映像を確認します。それまで二人は、この部屋から出ないでください」

 

 教頭が真剣な表情で言った。

 

「授業は?」

 

「今は授業より安全の確認が先です」

 

「人生で一度は言われてみたかった台詞だな」

 

「喜ぶところじゃありませんよ」

 

 雨宮に怒られた。教頭たちが部屋を出ると、入れ替わるように担任が戻ってきた。

 

「警察にも連絡した。すぐに学校へ来るそうだ」

 

「分かりました」

 

「雨宮。本当に送り主へ心当たりはないんだな?」

 

 雨宮は返事をする前に、俺の顔を見た。父親のことをどこまで話していいのか迷っているのだろう。

 

「先生。今回の件は、すでに警察へ相談している別の事件と繋がっています」

 

「別の事件?」

 

「雨宮の父親に関することです。詳しい内容は、警察が来てから俺たちも一緒に説明します」

 

「九条。これは遊びじゃないぞ」

 

「分かってますよ。俺も名前を出して脅されてるので」

 

 担任は俺を睨むように見たあと、雨宮へ視線を移した。

 

「雨宮も、それでいいのか?」

 

「・・・はい。九条君の言っていることは本当です」

 

「分かった。なら警察が来るまで、二人ともここにいろ。勝手に動くなよ」

 

「善処します」

 

「動くなと言ってるんだ」

 

「はいはい」

 

「返事は一回!」

 

 先生っていう生き物は、どうして返事の回数にそこまで厳しいのだろう。担任が出ていき、応接室には俺と雨宮だけが残された。

 

 いつの間にか昼休みは終わり、廊下から生徒の声も聞こえなくなっていた。

 

「・・・お母さんに、知られますかね」

 

 雨宮が小さな声で呟いた。

 

「警察が事情を確認するなら、いずれは話すことになるだろうね」

 

「心配をかけたくないです」

 

「娘が何も言わずに死ぬほうが、何百倍も心配をかけると思うよ」

 

「それは・・・」

 

「母親を助けるためだった、なんて言い訳はもう使えないぞ。お前が死んでも一億円は父親に入るんだから」

 

「分かってます」

 

「本当に?」

 

「分かってますってば」

 

 雨宮は少し怒ったように答えたあと、膝の上で両手を握った。

 

「ただ・・・お母さんが知ったら、自分のせいだと思うかもしれません」

 

「それはお前が決めることじゃないだろ?」

 

「えっ?」

 

「母親がどう思うかは母親が決める。お前は勝手に母親の気持ちを決めて、勝手に死のうとした。今度は勝手に隠すのか?」

 

「・・・言い方」

 

「優しく言ったほうがよかった?」

 

「あなたには無理そうなので、別にいいです」

 

 失礼だな。俺だって頑張れば優しい言葉の一つや二つは言えるよ。多分。

 

「全部終わったら、一緒に話せばいい」

 

「誰とですか?」

 

「俺も隣にいてやるよ。一人で話すよりは楽だろ?」

 

 雨宮は少し驚いたように俺を見た。

 

「九条君が?」

 

「嫌なら爺やでも貸そうか?」

 

「どうしてそこで後藤さんになるんですか」

 

「俺よりは優しいぞ」

 

「・・・それは否定できませんね」

 

「おい」

 

 雨宮が僅かに笑った。最近、少しずつ笑うようになった気がする。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 三十分ほどして、警察が学校へ到着した。

 

 来たのは、昨夜後藤さんを通して連絡を取った刑事二人だった。雨宮の父親が残した携帯や、知らない番号から送られてきたメッセージについても、すでに調べてもらっている。

 

 俺たちは写真が送られてきた経緯と、教材準備室の貸出記録について説明した。

 

「送信に使われた番号は、現在繋がらない状態です。契約者の確認にも時間がかかります」

 

「どうせ父親本人の名前では契約してないだろうね」

 

「その可能性が高いでしょう。学校の防犯映像はこちらでも確認します。二人は本日、別々にならず帰宅してください」

 

「同じ家に帰るので問題ないですよ」

 

「九条君!」

 

 雨宮が慌てて俺の声を遮ろうとしたが、もう遅い。担任と教頭と刑事二人の視線が、一斉に雨宮へ集まった。

 

「同じ家?」

 

「安全のため、昨日から九条家で保護しています」

 

 俺の代わりに刑事が説明すると、担任は頭が痛そうに額を押さえた。

 

「お前たち、そういう大事なことは先に言え・・・」

 

「本人の許可なく話せない内容だったので」

 

「それだけ聞くと、九条がまともなことを言ってるように聞こえるな」

 

「俺はいつでもまともですよ?」

 

「自分で言う奴ほど信用できないんだよ」

 

 ひどい教師だ。話が終わるころには、もう午後の授業が半分ほど過ぎていた。

 

 学校側の判断で、今日はこのまま帰宅することになった。犯人がまだ学校内にいる可能性を完全に否定できない以上、教室へ戻すわけにはいかないらしい。

 

 教室へ鞄を取りに戻ると、橘がすぐに席を立った。

 

「二人とも、どこ行ってたの!?先生までいなくなるし、何かあったんでしょ?」

 

「ちょっとね」

 

「雨宮さん、帰るの?」

 

「はい。今日は早退することになりました」

 

「体調悪いの?」

 

「体調は大丈夫です」

 

「じゃあ何があったのね?」

 

 雨宮が困ったように俺を見る。さすがに、偽物のお前が学校へ入って盗撮してたとは言えないよな。

 

「家庭の事情だよ」

 

「また九条君が答えるの?」

 

「雨宮の代理人だからね」

 

「いつからですか」

 

「今から」

 

「勝手に決めないでください」

 

 橘は俺たちを交互に見たあと、雨宮へ自分のスマートフォンを差し出した。

 

「雨宮さん、連絡先交換しよう」

 

「えっ?」

 

「何があったかは聞かない。でも、困ったときに九条君しか連絡できないのは危ないから」

 

「俺への信頼が低すぎない?」

 

「九条君が信用できないんじゃなくて、女の子同士でしか話せないこともあるでしょ?」

 

 なるほど。正論パンチだ。雨宮は少し迷ったあと、自分のスマートフォンを取り出した。

 

「・・・ありがとうございます」

 

「うん。いつでも連絡してね」

 

 二人が連絡先を交換する。

 

 昨日まで教室から逃げるように出ていった雨宮に、初めて同じクラスの友人ができた瞬間かもしれない。

 

 なぜか少しだけ面白くないと思ったが、理由はよく分からなかった。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 校門の前には、後藤さんと見慣れた黒い車が待っていた。俺たちが後部座席へ乗り込むと、すぐに学校を出発した。

 

「爺や、学校の映像は?」

 

「現在、警察と学校側で確認中です。ただ、正門の映像から、それらしい人物が見つかったと連絡がございました」

 

「もう見つかったのか?」

 

「午前九時五十分ごろ、制服姿の女性が一人で校内へ入っております。午前十時四十五分には、正門から出ていく姿も記録されていました」

 

「顔は?」

 

「マスクを着けており、確認できません。しかし、校門から少し離れた場所で一台の車へ乗り込む様子が、道路沿いの防犯カメラに残っていたそうです」

 

「車の番号は分かった?」

 

「はい。私から三枝様にも共有し、九条生命へ関係する車両ではないか確認していただきました」

 

 後藤さんは信号で車を止めると、助手席に置いていたタブレットを俺へ渡した。

 画面には、学校から出てきた制服姿の女が、紺色の乗用車へ乗り込む瞬間が映っている。

 

 車のナンバーも、ぎりぎり読み取ることができた。

 

「この車、九条生命の社員が通勤車両として登録していたものと一致しました」

 

「社員?」

 

 隣にいた雨宮が、不安そうに聞き返した。

 

「誰の車だ?」

 

「九条生命城南支店、契約管理課勤務。瀬川理沙、二十四歳」

 

「二十四・・・女子高生じゃないのか」

 

「彼女は一か月前、雨宮雫様の受取人変更が行われた当日も出勤しております」

 

 後藤さんが画面を切り替える。表示されたのは、九条生命の社員証に使われている顔写真だった。

 

 肩まで伸びた黒い髪。整った顔立ち。防犯映像に映っていた少女より少し短い髪だが、長い髪が鬘だったと考えれば不思議ではない。

 

 そして写真の女が着ている制服は、九条生命のものだった。

 

「三枝様が支店内の映像も確認したところ、受取人変更の手続きが行われる少し前、瀬川理沙が雨宮茂氏と話している姿が記録されていたそうです」

 

「知り合いだったってこと?」

 

「少なくとも、初対面ではないように見えたとのことです」

 

 雨宮茂と一緒に、偽物の雨宮雫として保険会社へ現れた女。今日、同じ制服を着て学校へ入り、俺たちを監視していた女。

 

 そして、雨宮の受取人変更が行われた支店で働く九条生命の社員。

 

 すべてが一人の女へ繋がった。

 

「いいね。やっと名前が分かった」

 

「九条君・・・この人は、今どこにいるんですか?」

 

「爺や?」

 

「本日は出勤しておりません。三枝様が連絡しましたが、電話にも出ないそうです」

 

 学校から逃げたあと、そのまま姿を消したらしい。だが、名前も顔も勤務先も分かった。

 

 もう映像の中にいる、正体不明の女子高生ではない。

 

「瀬川理沙。まずはこいつを見つければ、父親がどこにいるか聞けそうだな」

こまで読んでいただき、ありがとうございます!


第一章は完結してるので、毎日投稿します!人気あったら第2章書きますので。



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次回もよろしくお願いします。

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