11話
『その女を探すな』
送られてきた写真には、特別教室から出てくる俺と雨宮が写っていた。
撮影されたのは二時間目の休み時間。俺たちが九条生命の防犯映像を確認していた直後だ。
そして、この写真が送られてきたのは今。つまり撮影した人間は、少なくとも今日この学校にいる。
「雨宮、あまり周りをジロジロ見るな」
「でも、この中に写真を撮った人がいるかもしれないんですよ!?」
「だからだよ。お前が急にキョロキョロし始めたら、焦ってると教えてるようなものだろ?」
「もう見ちゃいました・・・」
「だろうね。すごく見てた」
「先に言ってくださいよ!」
雨宮が小声で怒った。まぁ、写真を見た直後なのだから無理もない。
俺は机の上にスマートフォンを置き、何事もなかったように肉を一切れ口へ運んだ。美味い。何の肉かは分からないけど。
「よく普通に食べられますね・・・」
「昼飯だからね。食べないともったいない」
「私たち、学校の中から見張られてるんですよ?」
「見張られてるから飯を残したら、相手の思うつぼじゃないか?」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題にしておこう」
雨宮は呆れたような顔をしたが、さっき畳んだパンの袋から残り半分を取り出し、もう一度食べ始めた。
うん。素直でよろしい。
俺は送られてきた写真を拡大する。特別教室の扉。廊下の窓。そこから出てくる俺と、少し遅れて顔を出した雨宮。
撮影した場所は、俺たちがいた教室の斜め向かいだろう。写真の端には、網目のような黒い線が薄く写り込んでいる。
「これ、窓じゃないか?」
「窓?」
「たしか向かい側に、小さな窓が付いた扉があっただろ?」
「・・・覚えてません」
「俺も。見に行こう」
「覚えてないんじゃないですか!」
「だから確認しに行くんだよ」
弁当の蓋を閉じて立ち上がると、前の席にいた橘がすぐに振り返った。
「二人でどこ行くの?」
「散歩」
「お弁当の途中に?」
「食後の運動だよ」
「まだ食べ終わってないじゃん」
こいつ、よく見てるな。
「ちょっと確認したいことがあるだけだよ」
「また秘密?」
「秘密」
橘は不満そうに頬を膨らませたあと、隣にいる雨宮を見た。
さっきまで不安そうに教室を見回していたせいか、雨宮の顔色が悪いことに気づいたらしい。
「雨宮さん、大丈夫?」
「えっ・・・はい。大丈夫です」
「本当に?保健室行く?」
「そこまででは・・・」
「俺が連れていくから心配いらないよ」
「九条君に任せるほうが心配なんだけど」
「信用ないな~」
「何かあったら呼んでね、雨宮さん」
「・・・ありがとうございます」
雨宮が小さく頭を下げ、俺たちは教室を出た。
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二時間目の休み時間に使った特別教室へと戻った。
向かい側には、俺の記憶どおり小さな窓が付いた扉があった。扉の横に貼られた札には、教材準備室と書かれている。
窓には、中が見えにくいよう細い金網が入っていた。
「写真の線と同じだな」
「じゃあ、この中から撮ったんですか?」
「たぶんね」
扉の取っ手を回してみたが、鍵がかかっている。
「開かないぞ?」
「そりゃあ、勝手に入る場所じゃないからでしょう」
「俺たちは教室に勝手に入ったのに?」
「あそこは鍵が開いてましたから」
「なら、こっちも開けてもらおう」
「誰にですか?」
「先生」
「何て説明するんですか?」
「誰かに盗撮されました。普通に説明すればいいだろ?」
「保険のことまで話すんですか?」
「そこまでは話さなくていい。知らない番号から写真が送られてきた。それだけでも、扉を開けてもらう理由には十分だよ」
雨宮はまだ迷っていたが、俺はそのまま職員室へ向かった。
こういうとき、大人へ事情を話すのを嫌がる奴は多い。面倒なことになるとか、心配をかけるとか、知られたくないとか。
だが、使えるものを使わずに危険な目に遭うのは、ただの馬鹿だ。
俺は財閥も、金も、爺やも使う。教師だって使えるなら使えばいい。
職員室にいた担任へ写真を見せると、さすがにいつもの軽い顔ではいられなくなった。
「これ、本当に今日撮られたものか?」
「制服も今日と同じですし、間違いないです」
「送り主に心当たりは?」
「ありません」
雨宮が答えた。嘘ではない。父親か、その協力者かは分かっているが、実際に送っている人間までは分からない。
「分かった。教材準備室を確認しよう。それと、この件は学校からも警察へ相談する」
「お願いします」
担任が職員室の鍵箱を確認したが、教材準備室の鍵はなかった。
「誰かが使ってるんですか?」
「いや、使い終わった鍵は事務室へ返す決まりだ。そっちに戻ってるのかもしれない」
俺たちは担任と一緒に事務室へ向かった。鍵はすでに返却されていた。担任が受け取り、もう一度教材準備室へ戻る。
鍵を開けて中へ入ると、古い机と椅子、授業で使うらしい地図や大きな三角定規が並んでいた。
人の姿はない。扉の内側から窓を覗くと、向かいの特別教室がちょうど正面に見えた。
「ここで間違いなさそうだな」
俺がスマートフォンを構えると、送られてきた写真とほぼ同じ角度になった。犯人はこの部屋から、俺たちが出てくるのを待っていた。
「でも、どうやって中へ入ったんでしょう」
「鍵を借りたんだろ?」
俺が担任を見ると、担任は事務室から一緒に持ってきた貸出記録へ目を落とした。
「二時間目の休み時間に、一度借りられてるな」
「誰が借りたんですか?」
「ちょうどお前たちが特別教室にいた時間だ。午前十時二十二分に貸し出し。十時四十一分に返却されてる」
「名前は?」
担任は記録を見たまま、黙り込んだ。
「先生?」
「・・・雨宮」
「はい?」
「この鍵、お前が借りたことになってるぞ」
雨宮が目を見開いた。
「私じゃありません。その時間は、九条君と向かいの教室にいました」
「それは俺が証明するよ。こいつはずっと俺と一緒でした」
担任から貸出記録を見せてもらう。そこには貸し出した時刻と返却時刻。クラス。そして、借りた生徒の名前が書かれていた。
二年B組。
雨宮雫。
筆跡は違うが、間違いなくそう書かれている。
「鍵を渡した人は、相手の顔を覚えてますか?」
「事務員へ確認しよう」
再び事務室へ戻り、午前中に鍵を渡した事務員を呼んでもらった。
「雨宮さんなら、今朝鍵を借りに来ましたよ」
事務員は、俺の隣にいる本物の雨宮を見て不思議そうな顔をした。
「・・・この子が来たんですか?」
「えっ?」
事務員は雨宮の顔をじっと見たあと、自信を失ったように首を傾げた。
「すみません。マスクをしていたので、顔までは・・・。でも、雨宮雫ですと名乗っていました。二年B組だとも」
「学生証は確認しましたか?」
「はい。校内の生徒へ鍵を貸すときは、確認する決まりですから」
「その学生証の写真も確認した?」
「そこまでは・・・名前とクラスだけです。制服も着ていましたし、まさか別人だとは思わなくて」
またマスク。そして偽物の学生証。九条生命の支店に現れた少女と同じやり方だ。
「髪は長かったですか?」
「はい。黒くて、こちらの雨宮さんと同じくらいだったと思います」
「鍵を返しに来たのも同じ人?」
「私は席を外していたので、返却箱に入れられていました」
偽物は雨宮雫の学生証を持ち、この学校の制服を着て、校内を自由に歩いていた。しかも俺たちが自分の映像を見ている間、向かいの部屋からその様子を監視していた。
「九条君・・・」
隣にいる雨宮が、俺の制服の袖を僅かに掴んだ。
怖いのだろう。本人になりすました誰かが、同じ学校の中を歩いているのだから当然だ。
「大丈夫。今度はスマートフォンの中だけじゃない」
「えっ?」
「学校へ入ったなら、どこかの防犯カメラには残ってる。どこから来て、どこへ逃げたのか。さっきより調べる場所は増えたよ」
俺は貸出記録へ書かれた名前を、もう一度見た。
どうやらこの学校には、雨宮雫が二人いるらしい。
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