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死にたい僕と殺したい彼女  作者: 風戸輝斗
第二幕

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9/33

第9話 会敵

『話題のあのヒト』は、毎週土曜日、午前十時から放映されているトークバラエティ番組だ。

 今、社会で話題になっている人を呼び出し、司会があれやこれやと質問をするこの番組は、炎上している人物を積極的に呼び出すことで独自のジャンルを築き上げている。


 芸能界が与える禊の場、なんてネットで言われていたりするが、制作人にそんな温情があるはずがない。単に視聴率が稼ぎたくて利用しているだけだろう。

 番組を制作する人間は、常になにが興味をそそるのか、どうすれば売れるのかだけを考えている。この番組を皮切りに信頼を取り戻せば儲けもの、なにもなければそれまでだと思っているに違いない。彼らにとって、役者は使い捨ての駒だ。

 楽屋の扉が開いた。


「本番三十分前です。準備お願いします」

「わかりました」


 今日一日、怜太の担当スタッフになっている男性に返事をし、髪や服に乱れがないか確認する。まぁ誰も怜太のことなんて気にしないだろうが。


「今も隣にいるんですか」


 怜太を先導するスタッフが訊ねてくる。


「はい、いますよ。すごく楽しみにしています」

「そうですか。制作人一同も彩子さんの活躍に期待していますよ」


 スタッフが微笑みかけるのは虚空だ。誰もいない。それは玲太から見ても同じだ。

 撮影当日になっても、彩子が帰ってくることはなかった。

 今日で三日目。彩子はどこに行ってしまったのだろうか。


(まぁここからは彩子がいなくても問題ないんだけどな)


 長い廊下を抜けて会場に入ると、視界が真っ白に染め上げられた。思わず目を細めてしまう。


「まぶしーですよねー」


 背後から気怠そうな声がして背筋が伸びる。聞き覚えのある声だ。

 目が慣れてくる。振り返って相手を確認しようとすると、その人物は振り返る途中にいた。


「動画見ましたよ。すごいですねー。幽霊と話せるんですかー?」


 近い。というか若干肩が当たっている。


「あ、あぁ。まぁほどほどに」

「あはは、ほどほどってなんですかほどほどって~」


 けらけらと笑う彼女を前にして、これが素の姿なのかと驚かずにはいられなかった。


 編み込まれた三つ編みに、前髪を留める羽を模したヘアピン。背丈が低く、幼さの残る顔立ちであるため、本当に怜太よりひとつ年上なのかと公式発表されている年齢を疑ってしまう。

 彼女は仁羽奈子にわなこ。DREAMERSのひとり。愛称はなーちゃん。

 怜太は彼女のことをよく知っていた。もちろん、ほかのふたりのことも。


「あ、テレビで見てる時と全然違う~って顔してる」


 怜太を指差し、まさしく思っていたことを言い当ててくる。奈子はくすりと笑み、しかしその笑みはすぐに引っ込んだ。


「当たり前じゃん。キャラを作らなきゃこの業界では生きていけないよ」


 真顔で感情のない声で言われて怜太はぎょっとする。「な~んてね」とおどけた調子で言い、奈子は景気づけるように怜太の背中を叩いてきた。


「リラックス~、リラックス~。はい、吸って~……吐いて~」

「……仁羽さんはいつも初対面の相手とこの距離感なのか」

「ん~、違うよ。ちょっと気になることがあってね~」


 算段があって距離を詰めてきたらしい。この少女は侮れないな、と怜太は警戒心を強めた。

 もじもじと身体を捩り、ちらちらと視線を送り、しかし奈子は一向に話を切り出してこない。あまりに芝居がかっているものだから、胸が少しもときめかない。やがてちょいちょいと手招きしてきた。嫌な予感がしつつも、おざなりする理由も見つからないので耳を近づける。


「彩子はどこにいんの」


 ひどく冷たい声だった。

 顔を離して奈子の顔を見やる。無表情だった。


「なにを言っている。彩子はここにいるぞ」

「べつに嘘つかなくてもいいのに」


 奈子はふっと頬をやわらげた。


「ま、あの子が来なくてホッとしてるんだけどねー。もしよければ、お兄さんの口から伝えてくれないかな。ここはもうおまえの帰る場所じゃないんだぞって」


 敵意に満ちた声だった。

 言いたいことをすべて口にしたのか、奈子は身を翻してひらひらと手を振りながら席に向かう。


「撮影がんばりましょーねー」


(……なるほど。どうやら仮説は正しかったみたいだ)


 昔、彩子は言っていた。かつて先輩が復讐する際、相手にはしっかり先輩の姿が見えていた、と。

 であれば、奈子が彩子の姿を認識していることにも納得がいく。

 彼女は彩子の復讐したい相手のひとりなのだから。



◇  ◆  ◇



 午前十時。ディレクターの合図と共に番組の撮影が始まった。


「皆さんこんにちは~。太陽あるいはカンフル剤と巷で話題沸騰中! DREAMERSです!」

「初めて聞きましたけど」


 開口一番ボケた彼女は、DREAMERSのリーダー平澤久留実ひらさわくるみ。愛称はくるるん。ボリュームアップした金髪に鋭利な瞳と、容姿だけみれば近寄りがたい彼女だが、ツッコまれてペロッとあざとく舌を出す仕草だったり快活に笑う姿を見ているとその印象が薄れてくる。もっともどれも作られた感がすごいが。


 ボケる久留実に頻繁にツッコみを入れるのは奈子だ。先ほどまでの眠たそうな瞳や怠惰な雰囲気は鳴りを潜め、今は規則厳守な真面目な子を演じている。


 キャラクターを演じている、とさっき本人も言っていたし、怜太にしてみてもこちらがよく知る奈子ではあるが、だとしてもあまりに素と乖離しすぎてはいないだろうか。

 人格を使い分ける。それが精神を著しく摩耗させる行為であることを、怜太は専門学校に通っていた頃に役者志望の生徒を何人も目にしたから知っている。心を病んで夢を断つ子が何人もいた。


「ふたりともそろそろ本題に入らないと。現場監督の三船さん、困った顔してるよ」

「いやちよちー、三船さんじゃなくて三好さんだよ?」


 久留実にジト目を刺されて、指摘された少女はハッと口を塞ぐ。会場でどっと笑いが起きた。


 彼女は西宮千代にしみやちよ。もちろんDREAMERのメンバー。愛称はちよちー。常にのほほんとした空気を纏っており、おかしなタイミングでボケをかますのが特徴的だ。それと、明らかにふたりよりも発育のいい果実を持っている。

 そんな彼女ではあるが、業界では演技の天才と言われている。アイドルのみならず、女優も含めて彼女の演技力の高さは国内屈指。であればこれも演技の一環なのか。


(そういえば彩子もかなりデカかったな)


 不意にそんなどうでもいい考えが脳裏をよぎる。過去にバラエティ番組で千代が彩子を演じた際に、唯一見抜いた男性芸人が胸のサイズの違いを指摘していたが、今となってはその変態的推理は使えなさそうだ。……今も千代のほうが若干リードしているか。


「じゃあ根掘り葉掘り、撮影の裏側から恋愛事情まで余すことなく聞いていきましょーか」


 手を合わせてニコニコスマイルで久留実が言う。やはり作られた感がすごい。


「恋愛事情は不要ではないですか?」

「え~、女のコはみんな気になるよ~。それはさておき。……なんでお面?」


 奈子の質問を流し、久留実がわざとらしく首を傾けて訊ねてくる。


「正体を世に晒すわけにはいきませんからね」


 怜太が声を発すると、瞬時にその声は透き通ったAI音声に変換される。この日のために高いボイスチェンジャーを購入した甲斐があった。


「それはやっぱり犯罪者さんだからですか?」


 もう少し言い方があるのではないだろうか。千代の踏み込んだ質問に怜太は頷きを返す。


「電車を止めてしまいましたからね。もっとも止めたのは彼女のほうなので、僕に違約金が請求されることはありませんでしたが。……ところで御三方はあの動画を拝見されましたか?」

「お茶の間をあそこまでに賑わせていれば嫌でも目につきますよ」

「なーちゃんにリンク送ったのはアタシだよっ」

「その情報要ります? ……単刀直入に聞きます。幽霊は実在するのですか?」


 流石プロだなと感服してしまう。ついさっき奈子は彩子がいないと看破していたのに、ここまで神妙な空気を演出してしまうのだから。


「いますよ」


 すぐに応じて席を立ち、机の上に置いてあったペットボトルをカメラの正面に置く。会場が少しざわついたのは、怜太がしようとしていることに感づいたからだろう。


「有名YouTuber、ヒグkitchenとコラボし、空のペットボトルを触れずに操ったことで僕は有名になりました。あの時は眉唾ではないかと疑われましたが、ここで実演すれば誰もが僕の話を信じることでしょう」


 淡々と言うも、怜太の側に彩子はいない。しかし、怜太はペットボトルが倒れると確信していた。


「それではいきます。3、2,1――」


(信じてるぞ彩子)


 指を鳴らす。

 ペットボトルは――倒れた。


「え……」


 と、新鮮な反応をしてくれたのは千代ひとり。久留実と奈子は、切迫した表情で四方に目を配っている。

 怜太はお面の下で笑んだ。


「次。左右」


 指を鳴らす。

 ――ペットボトルは、右に、左に、ころころと動いた。


「ラスト。彩子、空中で一回転させろ」


 指を鳴らす。

 ――ペットボトルはふわふわと浮き上がり、空中でくるんと大胆に一回転。それを最後に、息絶えたかのように床に落ちた。床を転がるカラカラという音が、静まり返った会場に響く。


「満足していただけましたか」


 ちらと撮影スタッフに目をやる。大多数があんぐりと口を開く中、ひとりだけ、スマホを怜太に向けているスタッフがいた。よくやった、と怜太は心の中で彼を褒めたたえた。


「ところでDREAMERSの皆さん」


 メンバー三人を振り返り、怜太は言った。


「五年前にメンバーから脱退したシュガーちゃん。彼女とは今も懇意にされているのですか。僕の隣にいる彼女、佐藤彩子って言うんです。しかも、元DREAMERSのメンバーだって」


 千代は目を逸らし、奈子は微笑をたたえ、久留実は視線を尖らせた。

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