第10話 暗躍
撮影終了後、怜太はDREAMERの楽屋に向かった。
「なんの用だよ」
怜太を睨み据えて迎えたのは久留実だ。やはり彼女も奈子と同じでキャラを作っているようだ。こちらが素なのだろう。
「この番組ぶっ壊し野郎が」
「元々そういう趣旨の番組だろう」
その礼儀に怜太は則っただけだ。番組スタッフはみな困った顔をしていたが。
久留実がちっと大きく舌打ちする。千代が訊ねてきた。
「それでどんな要件で足を運ばれたのですか」
撮影中と一切変わらない雰囲気。どうやらこの子だけはいつでもありのままでいるらしい。
「あいさつと自己紹介をしにきたんだ」
内ポケットから名刺を取り出し三人に渡す。久留実は荒々しく、奈子は真意の読めないにこにこ顔で、千代は委縮しながら名刺を受け取った。
「どうして名刺を渡そうと思ったの?」
「礼儀だ」
「ほんとにそれだけ? 私たちから名刺を貰えることに期待してたんじゃないの?」
鞄を漁っていた久留実と千代が動きを止める。やはり奈子が一番の曲者らしい。
「期待しないほうがおかしいだろう。DREAMESの名刺なんて普通に生きていたらまず手に入らない代物だ」
「そうだよねー。アイドルの私生活に足を踏み入れることは普通の人にはできないよねー」
間延びした声。感情のない瞳。なにを考えているのかまるでわからない。
「安心しろ。俺は君たちのファンじゃない」
「わかってるよー。彩子のファンなんでしょ」
「そうだ」
奈子の前では隠しごとをしても無駄だろう。奈子は満足げに笑み、怜太の頬を指でなぞった。
「じゃあじっとしてなきゃ、めっ、だよ。DREAMERのメンバー脱退の真相に迫ろうとしちゃダメ。あの子は周期性四肢麻痺で引退して、不慮の事故で亡くなったの。そうだよね、ふたりとも?」
久留実と千代が頷く。久留実はすぐに頷き、千代には微かな逡巡があった。
「おまえたちはそれでいいのか」
「なんのこと?」
「このまま一生、DREAMERSの奴隷でいいのか」
「うん、いいよ」
躊躇いなく頷き、奈子は久留実を振り返った。
「久留実はDREAMERのまま、アイドル活動したいんだもんね?」
「あぁ。あたしはDREAMERで一番人気のアイドルになる。それまでは引退しない」
久留実が強く言い切る先にはいるのは、ひとり離れた場所にいる千代だ。
視線が交わるなり、千代は気まずそうに目を逸らす。久留実はこれ見よがしに舌打ちする。
「なんであいつが一番人気なんだよ」
短い時間ではあるが、番組撮影と彼女たちとの会話を通じて、DREAMERの内情がよくわかった。
怜太が想定していた以上に、このアイドルグループは腐敗している。
「どうするかは任せる。また近いうちに」
身を翻して楽屋の外に足を向ける。
この先、DREAMERSと共演する機会はないだろう。結局、三人から名刺ももらえなかった。
けれど、すぐに会うことになると怜太は確信していた。
◇ ◆ ◇
喫煙室に入ると、先客がひとりいた。高身長の男だった。カッターシャツを隔てていても身体が鍛え抜かれていることがわかる。容姿だけで判断するのなら三十代前半といったところか。
「彼女たちと対面する機会を設けてくださりありがとうございました」
怜太が深々と頭を下げると、男は相好を崩して隣の椅子をぽんぽんと叩いた。
「よければご一服していきませんか」
「すいません。今は禁煙しているんです」
「そうですか。なら無理強いはできませんね」
そこで会話が止まる。これ以上は特に話すことがないのだろう。
自販機で缶コーヒーを買い、喫煙室を後にしようとする。
「今日撮影した番組は放映されないようです」
扉に手を掛けると同時に声が掛けられる。
「でしょうね」
「動画は先ほど送信しておきました。今後ともご懇意にお願いいたします」
「こちらこそ。片桐さんには期待していますよ」
もちろんです、と男は微笑んだ。
片桐元弥。四十五歳。西宮千代の現マネージャーにして、大手テレビ会社を子会社として抱える大企業の幹事。そして、二週間前に怜太のYouTubeに送られたメッセージがきっかけで〝協力者〟となった人物。
怜太の野望を知ってなお、告発しない様子を見るに、彼がこれまで口にしてきたことに嘘はないと見て間違いないだろう。
まずはひとり。計画は順調に進んでいる。




