第7話 強行
電車に飛び込んでみた動画は、お茶の間の番組で俎上に上げられるほどの反響を生んだ。
飛び込みのLive配信という倫理にもとる行為。そして、それを大勢の人がエンターテイメントとして楽しんでいるという現代社会の異常性。
コメントに肯定的なものはない。コメンテーターが企画の発案者である怜太の人格を迂遠に否定するコメントをしていたが、特になんとも感じなかった。
倫理的に良くないから悪だと断ずるのは二流だ。過程はどうあれ、結果的に世に強く影響をもたらすものが正義であると怜太は思っている。
海外で活躍する野球選手に話題が移ったところでチャンネルを変える。こちらの番組でも怜太の撮影した動画が論題となっていた。
「だからさ、前々から言ってるでしょ、幽霊はいるって。はっきり映ってんじゃん」
「ですが、それを科学的に証明することはできないでしょう?」
「さっきからそればっかり。科学科学、それしか言えないの? っていうかさ、科学って人間の領域にあるものじゃん。それを人間とは異なる領域で生きとし生けるものに無理やり当てはめようとするのは傲慢なんじゃない? 人間は別に神様でもなんでもない、ただの一生命体だよ?」
「なら、どう説明しろって言うんですか。僕らは人間だ。人間である以上、人間の生み出した概念で不可思議な現象を証明するしかない。いいですよね、貴方には既に心霊研究科という肩書があるから、どれだけ滅茶苦茶な理屈を立てても肯定される。私はそうはいかないんですよ」
討論を白熱させる心霊研究科と科学者。
怜太の動画が反響を呼んだ大きな理由は、鮮明に幽霊を撮影した、という点にある。
これが一度だけならまだしも、怜太は彩子とこれまで何度もコミュニケーションを取り、科学的に証明できない現象を世に発信してきた。自動で料理が作られるとか、自動で洗濯ものが畳まれるとか……。
その努力が時を経て結実し、今ではSNSを超えてテレビの話題までもを席巻している。
「この討論、絶対終わらないわよね。私の存在を科学的に証明することはできないし、それ以外の方法を用いて私の存在を証明することはできない。私がその場にいない限り終わらないわ」
「じゃあ行くか」
「そんな映画館に行くみたいなノリで行ける場所じゃないでしょ」
隣に座る彩子が、なにバカなことを言ってるのと言わんばかりの冷めた目を向けてくる。
飛び込み動画を撮影してから早三日。今ではすっかり元通りの距離感でいる。怜太の見立て通り、彩子は一日の疎遠期間を挟めばすぐに怜太とつながることを求めた。
長らく共に過ごせばわかる。
彩子は孤独に怯えている。
そんな彩子が頼れるのは現状で怜太ただひとり。怜太がどれだけ彩子を突き放そうと試みても、彩子が怜太の元から完全に去ることはないだろう。怜太の自殺を必死に止めようとしているのも、ひとりぼっちになりたくない、という思いから生じるものだろう。
つまるところ、彩子の中の最優先は〝ひとりぼっちになりたくない〟なのだ。
本人は気づいていないようだが。
「いいや、行ける」
怜太の強い断言に、彩子が瞳でどういうことかと訴えてくる。パソコンを立ち上げ、今朝届いていた連絡を彩子にみせる。彩子は目を瞠った。
「これは……」
「番組出演依頼だ」
送信元は、先日怜太の採用を見送ったテレビ会社。
「俺と彩子に出演してほしいと書いてあるが、実際番組側が欲してるのは彩子だけだろうな」
可愛いペットを紹介するというコンセプトの番組で飼い主にはスポットライトが当たらないように、怜太を呼ぶのは止む無くといった体なのだろう。
「撮影は第二週の土曜日だそうだ。三日後だな」
「ちょっと待って。私、一言も依頼を受けるとは言ってないわよ」
「どうして受けたくないんだ」
直球で問うと、彩子はバツが悪そうに目を逸らした。
「……嫌いなのよ、芸能界」
「一度、足を洗っているしな」
ハッと顔をあげる彩子。わかりやすいにもほどがある。
「気づいていたの?」
「あぁ。最初からな」
そろそろ明かしてもいい頃合いだろう。怜太は告げた。
「彩子は、DREAMERSのシュガーちゃんなのだろう」
――DREAMERS。発足は今から八年前。怜太が中学一年生の頃。
中学一年生四人で結成されたそのアイドルユニットは、大物プロデューサーのカリスマ性もあり、瞬く間に人気グループとなった。
しかし、四人で活動していたのは三年間だけ。怜太が高校一年生の頃、メンバーの中で最人気だった少女――シュガーちゃんが突如メンバーから脱退した。理由は、周期性四肢麻痺の発症。アイドルが多く発症する病だ。踊れなくなったため引退した、と公には発表されている。
公には、だが。
怜太が淡々と口にする概要を、彩子はぽかんと口を開けて聞いていた。
「なにも俺の目利きが良い訳じゃない。彩子は国民的アイドルだ。誰もが知っている。加えてDREAMERSに過剰な反応を示していた。ここまで条件が揃えば誰だって気づく」
はじめは成長していて気づけなかったが、面影のある顔立ちや変わらない性格から、彩子がシュガーちゃんであると気づけた。それでも少し不安があったため、DREAMERSが出演している音楽番組を積極的に垂れ流し彩子の反応を確かめた。わかりやすく興味を惹かれていた。
いつか彩子にDREAMERSが好きなのかと問われたとき、怜太は好きだと答えた。それは真実であり、偽りでもあった。
怜太は、昔のDREAMERSは好きだが、今のDREAMERSは好きでも嫌いでもない。
「前に俺が四人以外は傷つけないと言ったとき、彩子はその推測が正しいと言った。彩子が復讐したい相手は、DREAMERSのプロデューサーとメンバーの三人だろ」
それともう一人、本人も気づいていない五人目がいるが、わざわざ指摘する必要はないだろう。
断言すると、ビクッと彩子の肩が跳ね上がった。
本当にわかりやすすぎる。こんなにも感情に素直で、どうやって三年間も芸能界を渡り歩いてきたんだと言いたくなる。芸能界は性根の腐ったヤツであふれているというのに。
「参加依頼を受けた番組は、ゲストとパーソナリティーの対話で成立している。『話題のあのヒト』と言えば彩子もわかるか」
こくりと頷く。彩子が生きていた頃から続く長寿番組だ。
「当番制ではあるが、DREAMERSもパーソナリティーを務める一組だ。俺たちが彼女らがパーソナリティーでなければ出演しないと主張すれば、相手側は要件を呑んで彼女たちを出演させてくれるだろう」
今に限っていえば、怜太と彩子の市場価値はDREAMERS以上に高い。利益を欲するテレビ側としては、なんとしてもこの好機を逃したくないはずだ。
彩子には伝えていないが、主演依頼メールが届くのはこれで十八通目である。他はすべて蹴った。というのも、この会社で出演しなければいけない理由があったから。
「復讐を果たすチャンスだ。出演するぞ」
「……」
彩子は頷かない。
怜太は無言でパソコンに向き直り、既に用意していたメッセージを返信した。
自分も彼女も快く依頼をお受けします、という旨のメッセージを。
「問題は彩子が呪い殺す場面をどのように撮影するかだな」
「え?」
誰が、どのアングルで撮影するか。少し頭を悩ませた後、すぐに相手は思い浮かんだ。先週、YouTubeにメッセージを送ってきた〝彼〟に依頼するとしよう。
「土曜日はしっかり呪い殺してくれよ」
「待ってよ。私、まだ出演するとは言っていないわ」
「前にも言ったはずだ。俺がプロデューサーで、彩子が演者。役者に拒否権はない」
彩子の顔からすとんと感情が落ちる。悠の時と同じ轍は踏まないと、怜太はスマホで彩子を撮影する。
画面を通して見える彩子の表情が目まぐるしく変わる。
絶望。悲しみ。怒り――。
「……ふざけないでよ。私にだって意思を主張する権利くらいはある」
「死んでいるおまえに人権は存在しない。それが嫌なら俺を殺せ」
「……」
彩子が唇を強く結び、拳を固く握り締め――しかし、怜太の身にはなにも起きない。
顔に大量の紙が吹きつけた。いっとき視界が塞がれる。
「私はエンターテイメントの道具じゃないっ! 私は人間だっ! 佐藤彩子だっ!」
激しく震えた声。激情に駆られる彩子の顔はしっかりカメラに収まっているだろうか。それだけが不安だ。
「……信じていたのに。あなたとならわかり合えるって」
悲愴な声音だった。
「あなたと出逢うんじゃなかった」
次に視界が開けたとき、目の前に彩子の姿はなかった。
数秒面食らった後、怜太は無理やり口角を釣り上げた。
「そうだ彩子。もっと生の感情をみせろ」
観客をなにより魅了するのは生の感情だ。偽りのない本物の感情。彩子は素直で嘘をつけない性格をしているから、怜太の所望するものを意識せずとも提供してくれる。理想的な演者だ。
それさえ観測できるのなら、彩子に嫌われても構わない。というより、端から嫌われようと努力している。彼女が強く嫌悪してくれなければ、怜太の望む結末には至らないから。
彩子がいなくなり、部屋がしんと静まり返る。テレビ画面から音声が流れてくるが、物足りない。
「まぁすぐに帰ってくるだろう」
彩子は孤独をなにより恐れているから。
動画の編集作業をする。画面の中の彩子は楽しそうに笑っていた。
作業を開始して一時間が経とうとした頃、スマホに着信が入った。悠からだ。
作業を切りのいいところまで進め、五分ほど時間を置いて電話を掛け直す。二回目のコールで応じる声がした。
『もしもし』
「何の用だ」
棘のある声になってしまった。作業中なので無駄な時間を割きたくない。
『忙しかった?』
「あぁ忙しい。急ぎの用じゃないなら後でいいか」
『動画見たよ』
ぴしゃりと言う。怜太は電話に意識を集中させた。
「どうだった」
『もうYouTube辞めなよ』
ため息をつく。動画の感想が貰えることに期待していたのだが、見当違いだったようだ。
『なんだよあれ……。あんな形で有名になって怜太は嬉しいの?』
「嬉しいも悲しいもない。感情を制御できない演出家は二流だ」
『感情を持たない演出家は人間じゃないよ』
悠にしてはきつい言い方だ。
『今の怜太は死んでいるも同然だ。僕に彩子さんは見えないけれど、それでも会話の端々から彩子さんが悲しんいるってことはわかる。炎上系の動画を撮ることを、誰かに迷惑をかけることを、彼女は望んでいないってわかる』
悠の言う通りだ。おかげで幽霊育成chという名前でありながら、平穏な動画ばかりが溢れている。その動画を楽しんでいる層も一定数いるが、それよりももっと刺激的な動画が見たいという声のほうが圧倒的に多い。怜太はその期待に応えて、炎上系に走ることにしたのだ。もっとも、一作目にして頓挫の危機にあるが……。
『ねぇ怜太、僕たち、友だちだよね?』
泣きだしそうな声だった。
『同じ学科の子たちは怜太が冷たい人間だっていう。エンターテイメントに取り憑かれた異常者だって。けど、僕は知ってるんだ。君が根は優しい人間だって』
「なにが言いたい」
『あの頃の怜太を返せよ』
怒りに塗れた声。
つくづく思う。悠は才能があるのに感情に左右されてばかりでもったいないと。
『誰だよおまえ。僕の親友をどこに隠したんだよ』
「どこにも隠れていない。俺は阿久井怜太だ」
『嘘つけ! 僕の親友は、誰かを悲しませるような奴じゃないんだよっ!』
「過大評価だ。俺はエンターテイメントのためなら誰かを不幸に陥れることも厭わない」
これまでは偶然、そういった方向性の作品がなかっただけだ。
喉元まで出かかった言葉を言うべきか言わないでおくべきかと悩む。が、すぐにそもそもメリットとデメリットが天秤にかかっていないことに気づいた。口にする。
「さっきから言いたかったんだが、俺はおまえを親友だと思ったことは一度もないよ」
『え……』
飢餓を凌ぐためと、悠は二週間に一度、野菜を送ってくれる。その野菜のおかげで、これまで怜太はなんとか命を繋いできた。
しかし、今の怜太は悠からの施しがなくとも生きていくことができる。莫大な借金は変わらず残っているが、動画の収益のおかげで月並み以上の生活を送ることができている。そもそも直に彩子に呪い殺されるなり自殺なりして命を断つのだから、借金を気にする必要はないのだ。
つまるところ、もう悠との関係を継続することにメリットはなかった。
「俺はずっと、おまえを利用価値のある善人だと思っていた」
だから、怜太を否定するこのノイズは即刻切り離すべきだ。
『……嘘、だよね?』
「もう野菜の仕送りはしなくていい。電話もこれきりだ。二度とかけるな」
『……僕は怜太を信じてる。だから野菜も送るし、電話もかける』
「食わないし、無視する」
『それでも諦めない。だって僕は、怜太の親友だから』
しつこいヤツだ。
『電話待ってるよ。二十四時間、君から電話が来たならいつでも応じる』
「……好きにしろ」
電話を切り、悠の連絡先を消去する。続けて冷蔵庫の隣にある段ボール箱に敷き詰められた野菜たちも捨てようかと思ったが、面倒だから辞めた。重たいし、彩子に念動力で処分してもらおう。
「彩子、あの段ボール箱……」
言っている途中で、彩子が家にいないことに気づいた。
壁時計から響く正午を知らせる電子音が沈黙を埋める。
「……飯にするか」
家を出て、コンビニで弁当を買う。悠が送ってくれた野菜を使って彩子がつくる料理と比べると、こちらはかなり劣るなと感じた。




