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死にたい僕と殺したい彼女  作者: 風戸輝斗
第一幕

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第5話 固持

 コインランドリーで洗濯の洗浄と乾燥が終わるまでの六十分。待っている間、録画した音楽番組を垂れ流しながら、彩子の成長具合を確認する。


「念動力の成長はわかったが、呪いのほうはどうだ?」


 対象者を微熱にする力。昨日、怜太が悠に行使するよう指示したのに拒否した力だ。


「まだ試したわけではないけれど、微熱では済まされなくなっているでしょうね。発熱、あるいは高熱と呼ぶにふさわしいものになっているはずよ」

「で、最終的には人を殺せるまでに至ると」

「そうね」

「その力を物に込めることは可能なのか」

「所謂、呪物のようなものを用意できるかってことかしら?」

「その通り。仮にできるなら今後の動画の幅が広がるからさ」


 彩子の能力は積極的に生かしていきたい。


「う~ん……やってみないことにはわからないわ」

「なら試そうか。俺のDVDに彩子が呪詛を込めて、そのDVDを見た俺が翌日どうなるか。今日の動画はこれでいこう」

「ごめんなさい。今日はもう呪力切れで……いや戻ってる。え、どうして」

「リアルタイムで彩子を恐怖するヤツが増えているからだろう」


 悠が配信した動画は既に二十万再生されている。Xでも切り抜き動画がバズっており、その影響もあってか、幽霊育成chのチャンネル登録者数は一気に一万人を超え、多くて二桁だって再生回数も五桁の大台に乗ろうとしていた。


「怜太の目論見通りってわけね」


 YouTuberが飛躍するにはどうすればいいか。

 方法はいくつか思い浮かぶ。その中でも人気YouTuberとコラボして話題をつくることは、王道かつ即物的といえた。怜太にとってなにより幸運だったのは、悠という地盤を固めたYouTuberが身近にいたことだろう。


「これからも私を育ててくれる?」


 出し抜けに彩子が訊ねてくる。その瞳は、捨てられることを恐れる野良猫のようだった。


「あぁ育てるよ。彩子が一人前の幽霊になるまで」

「……そっか。ありがとう怜太」


 今朝からなんだかむず痒いと思っていたが、その原因がようやく判明した。


「ところで彩子、俺を怜太呼びするようになったのはどういった心境の変化だ」

「心の距離が近づいた証よ。身体には触れられないけど、心には触れられるからね」


 にっこりと笑う。幽霊に向かない善人だな、とつくづく思う笑みだった。


「話題性も動画の再生数も鰻登り。この調子なら収益を稼いで怜太の借金を返済することもできそうね」

「そうだな」


 夢物語ではないだろう。怜太はやるからにはこのチャンネルを国内最高峰のエンターテイメントに盛り立てるもつもりでいる。最高峰に辿りつけば五千万円以上稼ぐこともできるはずだ。


「まぁ完済できようができまいが、彩子が俺を呪い殺すっていうラストは変わらないけどね」

「え……」


 別に驚くようなことを言ったつもりはないが、彩子は絶句していた。


「約束しただろ」

「でも、昨日樋口くんに言っていたじゃない。自殺するって考えは改めたって」


 それがYouTubeでコラボ動画を撮る条件でもあった。その頼みを聞き入れたから、こうして彩子は次のフェーズに向かうことができている。


「建前だよ」

「建前って……樋口くん、喜んでいたじゃない。泣きじゃくりながら、よかったよかったって」

「動画をまわして置くんだったな」


 失念だった。後々使い道のあるいい画だったのに。


 テレビから部屋に満ちる重たい空気とは不釣り合いな明るくポップな曲が運ばれてくる。ステージに立つのは怜太と同い年の三人組のアイドル。DREAMERS。五年前までは四人組だったが、メンバーがひとり脱退し、一年間の活動停止期間を挟んで三人で活動するようになった。


「諦めてほしい」


 歌が終わると同時に彩子は呟いた。視線の矛先は、すっかりテレビから怜太に移っている。


「借金を完済できたら、私に呪い殺されることを諦めて」

「契約しただろ」

「拇印を押した覚えはないわ」

「無茶言うなよ」


 幽霊が拇印を押せるわけがない。


「どうしてそこまでして死にたがるの? なにがあなたの自殺願望を駆り立てるの?」


 おかしな光景だ。一週間前に「私を育てないとあなたを呪い殺す」と脅してきた幽霊が怜太の自殺を止めようとしている。それも必死に。この子は矛盾してばかりだ。


「このチャンネルの始まりを覚えているか。彩子が一人前の幽霊となり復讐する。俺は彩子に呪い殺される。それを記録したチャンネルだと説明した。だから、彩子は復讐しなければならないし、俺は彩子に呪い殺されなくてはならない。その結末を視聴者と約束しているからな」


 一本目にあげた自己紹介動画の再生回数は、まもなく五桁を上まわろうとしている。その数は交わした約束の数を意味する。悠ひとりとの約束か、一万人の動画視聴者との約束か。どちらを優先すべきかなど頭を悩ますまでもないだろう。


「死ぬのが怖くないの?」

「怖いさ。けれど、それ以上にエンターテイメントを裏切りたくない」


 この業界を志した瞬間から、命を捧げるつもりでいた。怜太が命を断つことで完成度が上がるというのなら願ったり叶ったりだ。


「彩子、おまえは優しいヤツだ。これから何度も俺の意思を曲げようと試みるだろう。だが無駄だ。俺が考えを改めることはない。諦めろ」

「そう言われて、はいわかりました、なんて言えるわけないじゃない」

「それと、昨日は許したが今後は撮影中に俺の指示に逆らうな。いいな?」

「ちょっと待ちなさいよ。じゃあ昨日は、あの場面で樋口くんに呪いをかけるのが正解だったって言うの? お友だち……いいえ、親友でしょう?」

「それがどうした。悠が微熱に侵されたほうが後日談として映えるじゃないか」


 誰もが納得するであろう理屈を述べれば、彩子は寂しそうに眉を下げた。


「俺は間違ったことを言っているか」

「いいえ、正しいわ。……エンターテイメントとしては」

「わかっているじゃないか。今後は逆らうなよ。俺はおまえの復讐劇を見届けたいんだ」


 暗に逆らったら育成を放棄すると言えば、彩子はしゅんと肩を縮こまらせる。


「……あなたも根幹はあの人と変わらないのね」


 それから彩子の視線は、テレビ一点に注がれるようになった。

 それでも、彩子は怜太の側から離れようとしなかった。



◇  ◆  ◇



 悠とコラボ動画を撮影してから一週間の月日が流れた。


 幽霊育成chの動画再生数とチャンネル登録者数は伸び続けていた。再生数は安定して十万回を超えるようになり、チャンネル登録者数はまもなく十万人の大台に乗ろうとしている。

 思い描いていた通りのシナリオではあるが、明確に数値として見えるとほっとする。昨夜投稿した動画を確認すれば、既に百件以上のコメントが寄せられていた。


【相変わらず編集技術高すぎんだろ】

【俺にも飯恵んでくれ】


 動画の内容は、彩子が念動力で昼食をつくるというもの。眉唾物だという猜疑の声や、冷やかしの声がまだ一定数見られるのも事実だが、そういった声はほとんど散見されない。


【白い人影が見えるの私だけ?】


 というのも、彩子を認識できるようになる人が増えたから。

 完全には視えていない。けれど、そこに彩子がいることはわかる。

 そんな人が大勢いる。彼らの指摘が裏づけとなり、幽霊育成chは正真正銘のホラードキュメンタリーという独自の地位を築き上げていた。


「不思議なものだ。これだけの視聴者がいるのに完全に視えるヤツはいないのか」

「怜太が特殊なのよ。前に話した先輩がいたでしょう。あの人の姿を鮮明に認識したのは復讐相手の男だけだった。それまで誰ひとりとして先輩を認識できる人はいなかったのにね。朧げに見えたりぼんやり声が聞こえたりするって人は大勢いたけど」

「なるほど。因縁のある相手にしか完全に認識されない、とかそんな縛りがあるのかもな」

「だとすれば、どうして怜太には私が視えてるのかって話になるけどね」

「どうしてもなにもないだろう。因縁があるからだ」

「適当ね。それと、話をするときは目と目を見て話しなさい。画面よりも私を優先する。常識よ」

「はいはい」


 適当なことを言ったつもりはないのだが。


 その後も幽霊育成chは成長を続けた。チャンネル登録者数と動画再生数は気づけばヒグkichenを優に越している。この調子でいけば、一か月以内に最前線に躍り出ることができそうだ。


 ――が、うまくいかなかった。


 チャンネル登録者数六十七万人。

 ここで、幽霊育成chの快進撃はぴたりと止まる。



◇  ◆  ◇



「興味が失せたんだろうな」


 動画編集を終えたところで、コーヒーを飲んでひと息つく。

 いつもはこの後録画したテレビ番組を見ながら今の人たちが興味を惹かれるものはなにかと彩子と考察しているが、今日は最近動画の再生数が右肩下がりにあることを知り彩子がショックを受けているので、彼女の心のケアを優先することにする。


「人の興味は、熱しやすく冷めやすい。それが目に見える形となっただけだ」

「でも、私がもっといろいろできれば……」

「そうだな。正直なところ、彩子の意思を汲んでいるぶん企画に制限がかかっている」


 前に怜太の決定したことには逆らないように言ったが、彩子の意思を一切尊重しないとは言っていない。具体的には彩子は人を傷つけることを嫌がるので、これまでは誰も傷つかない優しい動画の製作に努めてきた。視聴者を本気で恐怖させるための動画は二本ほどしか投稿していない。しかし、その方針でトップに躍り出られるほど現実は甘くないようだ。


「呪力のほうはどうだ。復讐を果たすのに十分な力は得たか」

「えぇ。今の私が全力を出せば人を殺めることができるわ」


 耳を疑った。


「殺せるのか?」

「うん」


 当然とばかりに頷く。

 ならどうして――


「けど、YouTubeを辞めるつもりはないわよ」


 今まさに怜太の喉元まで出かかっていた質問を先読みして彩子が答える。

 彩子が人を殺める力を得たのなら、もうYouTubeを続ける必要はないだろう。が、別に理由があるとすれば……。


「YouTubeで得た収益であなたの借金を完済して自殺を諦めてもらう。だからまだYouTubeは続けていきましょう」


 まだ言うか、と怜太はため息をつく。


「前にも言ったが、俺は意思を曲げるつもりはない」

「前にも言ったけれど、だからといって、はいわかりました、と引き下がるつもりはないわ」


 視線が交錯する。

 彩子と暮らして二週間になる。気づけば八月だ。二週間も側で過ごせば、彩子がどんな性格をしているのか、注意深く観察せずともわかる。

 視線を切ったのは怜太の方だった。


「好きにしろ」

「えぇ。そうさせてもらうわ」


 にっこりと笑う。彼女が強情を貫き通した末に浮かべるこの笑みを見るのもこれで何度目か。


「それに怜太、前に言ってたわよね。エンターテイメントを裏切りたくないって」

「言ったな」


 怜太の人生の基軸にある思いだ。


「幽霊育成chの新作を楽しみにしている人がたくさんいる。なのに事前告知もなく打ち切りっていうのは、エンターテイメントを裏切る行為なんじゃないかしら?」


 得意げな顔をしている。


「言ってくれるじゃないか」

「ふふ、笑ってる」


 彩子に指摘されてはっとする。怜太は意識的に表情筋を引き締めた。


「恥ずかしがることないのに」

「恥ずかしいわけじゃない」


 完全にその感情がないわけじゃないが。


「怜太って機械人間よね」

「演出を担当している以上、感情を殺さなくてはならないからな。私情は作品の質を下げる。役者に逆らうなと指示している以上、上に立つ人間は常に最良の選択をしなければならない」


 人のまま停滞していては、世の人々を魅力するエンターテイメントを提供することはできない。業界の最前線に人間はいない。怜太はそう思っている。


「ふーん。でも怜太、動画の再生数が落ちてきてるってわかっていたのに方向性を変えようとしなかったわよね? それって情にほだされてない?」


 からかうような言い草だ。


「しばらくは様子を見ていたんだ。けど、もう充分だろう」


 この悪循環から脱するための案は既に用意してある。


「ここから先は誰かに迷惑をかけることになる。彩子が復讐して物語を終わらせるというのなら、それでもいい。だが、そうしないというのなら俺のシナリオに付き合ってもらう。好きな方を選べ」

「あなたに付き合うわ」


 力強い返事だった。瞳にも、声にも、強い覚悟が乗っていた。


「後悔しないか」

「しないわ。あなたの中の自殺願望がなくなるまで私は演者をつづける」


 彩子は気づいていないのだろう。自分の中の優先順位が、コンテンツの始まりから変わっていることに。


(そう言うと思っていたよ)


 そうなってくれていることは怜太にとっても好都合だった。

 彩子にひとりで復讐を遂げさせるわけにはいかない。そう思っていたから。


「その代わりひとつ約束して。迷惑をかけても、人を傷つけるようなことはしないって」


 そう釘を刺してくることも想定の範疇。怜太は冷静さを保ったまま頷く。


「わかった。四人以外は傷つけないと約束する」

「ならよし。……待って。今、四人って言わなかった?」

「言ったよ。当てずっぽうだけど、さてはビンゴか?」


 ぱちぱちと瞬きすると、彩子は顎に折り畳んだ指を添えて神妙な面持ちをつくる。

 なんともわかりやすい。四人かひとりか、彩子の反応を見るまで曖昧だったが、これで四人だと確定した。……いや、正確には五人か。


「前々から思ってたんだけど、もしかして怜太って……」


 猜疑のまなざしに射抜かれてドキリとする。

 自分の正体が彩子に見抜かれることはありえない。もしそう指摘されたとしても、根拠がないのだから曖昧にすればいい。そう結論づけ、続く言葉を待つ。

 たっぷりと沈黙を挟んで彩子は言った。


「心が読める超能力者?」


 深く息を吐き出す。


「超能力者なんているわけないだろう」

「わからないわよ。事実こうして幽霊がいるわけだし」


 超能力者がいるのなら、ぜひうちの幽霊女優とコラボしてほしいものだ。きっと彩子は終始目を爛々と輝かせるのだろう。

 彩子の精神は、五年の月日を重ねても、あの頃と少しも変わっていない。

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