第31話 履行
雄策と元弥が去ってから数分後。怜太はYouTube Live配信をしていた。
「白窪雄策が染めた悪事の数々は明日にでも公になるだろう。お楽しみに」
【おいそこが見たくて今日まで追いかけてたんだぞ。時間返せ】
【てか殺さんのかいw】
【そろそろ仮面外してくれません?】
雄策と対峙する場面をカットしたことに対する不満の声が続々と上がる。このチャンネルの視聴者はいつだって正直だ。正直な気持ちを赤裸々にできる彼らを怜太は羨ましく思う。
【ところで千代ちゃんは?】
「千代は寝ている。誰も気づいていなかったが、昨日から視えていた彩子は千代が演じていた彩子なんだ」
コメントが凄まじい速度で流れる。千代を労うコメントと共に大量のスーパーチャットが入っていた。本人が見ていたら「ありがとうございます!」といつまでも頭をぺこぺこしていたことだろう。
「白窪雄策に与えるもっとも効果的な復讐方法が、エンターテイメントの外側で罰を下すことだったんだ。視聴者の皆さんには本当に申し訳ないと思っている」
怜太の私情でエンターテイメントの一番盛り上がる部分を台無しにしてしまった。それは、これまで幽霊育成chを信じてついてきてくれたユーザーを裏切り満足感を奪う行為だ。
だからせめて、最初に約束したことだけは履行して彼らを満足させたい。それが演出プロデューサーである怜太の責任だ。
「彩子の復讐はこれにて完了した。残すは俺が死ぬだけだ」
正面に座る彩子に目をやる。彩子は俯いて委縮していた。
「約束の時間だ。彩子、俺を呪い殺せ」
「何度も嫌だって言っているじゃないの」
この期に及んで彩子は反抗してくる。
「なら、おまえはいつまでも幽霊のままこの世に留まりつづけるというのか」
「幽霊じゃないもん。生きてるもん。私はアイドルになるの。だから怜太、プロデュースしなさい」
「断る」
「どうしてよ?」
「仮に大勢に彩子の姿が視えるようになったら俺が独占できなくなるからだ」
彩子がえっと面食らう。構わず怜太は畳みかけた。
「昨日彩子を演じる千代に好きだって言ったけどさ、あれは演技じゃなく本心なんだ。俺は彩子を好いている。雄策が指摘していた通り、サブチャンネルで見せていたのが俺の素の姿だよ」
彩子が赤面して目を逸らす。サブチャンネルの一部を見ただけでこのリアクションなのだから、すべてを見せるわけにはいかない。特に最後は。
「彩子が好きだから、殺してほしいんだ」
「意味がわからないわ」
「わからないか。ならちゃんと言葉にしなきゃな」
以前、彩子に説教された通りに。
「人間のままじゃ君と恋することができないんだよ」
怜太は彩子の頬に手を伸ばす。頬の柔らかさも、熱も、人間として生きている怜太の手のひらでは感じることができなかった。
「手を繋ぎたい。口づけがしたい。けど、その願いをこの身体では叶えることができないんだよ。心と心で触れ合うだけじゃ足りない。俺は君の熱を感じたいんだ」
「……えっち」
視線を逸らし、彩子はボソッとつぶやく。
「相変わらず初心だな」
「……死後、私みたいになれるという保証はないわよ?」
「そのために雄策を生かした。復讐を果たしたとはいえ、俺は変わらず雄策を恨んでいる」
「もしもうまくいかなかったら?」
「生まれ変わって君に逢いにいくよ」
彩子はくすりと笑った。
「怜太ってほんと私のことが大好きなのね」
「ああ、大好きだよ。この気持ちを隠すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ」
今、YouTubeではどんなコメントが流れているのだろう。肯定的なコメントが多いだろうか。それとも否定的なコメントが多いだろうか。
なんだっていい。エンターテイメントよりも、彩子のほうが大切だ。
「……信じていいのよね?」
「あぁ信じろ。俺は絶対に彩子をひとりぼっちにはしないし、君を悲しませる選択はしない。だから、演出プロデューサーである俺を殺せ」
強調して言うと、彩子はハッと目を見開いた。ギリギリでようやく気づいてくれたらしい。
「わかった。なら演出プロデューサーである阿久井怜太を殺すわ」
「あぁ頼んだ」
その言葉を最後に動画は途切れた。
やらせか。そう視聴者の多くが落胆したが、翌日に白窪雄策が逮捕されたという報道、続けて阿久井怜太という少年の変死体が発見されたというニュースが流れて、彼らは度肝を抜かれた。
それでも彼の死を疑う層がいたが、ヒグkitchenで悠が怜太の死を嘆き、幽霊育成chで千代が怜太が呪い殺されて彩子が成仏したと涙混じりに話し、その動画を最後に幽霊育成chの動画が更新されなくなったため、誰もが阿久井怜太の死を疑わなくなっていた。
――それから二カ月の月日が流れた。
しんしんと雪が降り積もる十二月。
世間は幽霊育成chのことなどとっくに忘れていた。




