第30話 制裁
馬乗りになり、怜太は雄策を何発も殴っていた。
「あんたが気絶しないよう種明かししてやるよ」
雄策の顔は既に原型を留めていない。歯が抜け、鼻がひしゃげ、瞳は紫色に腫れ上がっている。
全然足りない。
感覚のない血だらけの拳を、怜太は全力で雄策の顔に叩きこむ。
「まず彩子が何故ふたりいるのか。――簡単なことだ。ひとりは彩子を演じていたんだよ」
だから少女は、本当にバレないのかと直前まで戸惑っていた。
しかし、怜太には絶対に雄策は気づかないという確信があった。
「演技の天才。あんたがプロデュースするDREAMERS現一番人気の異名だ。俺が昨日、この場所に訪れた瞬間から、あんたの隣にいたのは西宮千代だったんだよ」
「阿久井さん、もうそれくらいにしたほうが……」
おずおずと話しかけてくる千代は、怜太のよく知る千代に戻っている。
雄策には、はじめから彩子の顔がはっきりと見えていたはずだ。それでも千代が変装していると気づけなかったのは、千代が完璧に佐藤彩子を演じ、そもそも雄策が千代に無頓着だったからだ。このふたつの要素が噛み合わなければ計画は成立しなかった。
「今、おまえの母親が傷ついたぶんを清算している。次は千代の分だから待ってろ」
「……はい」
「次は……意見を聞いてやる。なにを疑問に感じた」
話を振って雄策を気絶させないようにする。極限の苦しみを味合わせるために、意識を途絶えさせるわけにはいかない。少し殴る手を休める。
「……どうして怜太がふたりいる」
「画面に映っているのは過去の俺だ」
「……この動画はいつ撮ったんだ」
「昨日の夜だ。おまえが視聴するタイミングに合わせてLive配信を開始した」
「Live配信? 俺はDVDを起動させたぞ?」
「あのDVDに動画はダビングされていない。動画を再生する前に少し離席したろ。その間に千代が画面を切り替えたんだ」
こうして種明かしすれば、トリックらしい要素なんてひとつもない。すべては雄策の不注意が招いた事態だ。
「……時間は。どうして一致しているんだ」
「投影機だよ」
かろうじて見える光の軌跡をたどり、棚の隙間に置かれた小型投影機を手に取る。すると、画面左端に表示されていた時刻が消えた。
「昨日この部屋に訪れたときに忍ばせたものだ。起動方法は、このボタンを押すかリモコンを操作するか。後者の手段を用いて千代にセッティングしてもらった。動画が56分42秒になったタイミングでリモコンを押す。どうやら千代は指示した通りにやってくれたみたいだな。優秀だよ千代」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてくる。仮に久留実や奈子に協力を仰いだとしても、ここまでうまく作戦を遂行することはできなかっただろう。千代を選んで正解だったと今では強く思う。
「ほかになにかあるか。ないなら清算を再開するが」
ちょうど拳の痛みも引いてきたところだ。
「エレベーターに乗客があったとき、この部屋には音が響くようになっている。なぜ鳴らなかったんだ」
「彩子がセンサーを壊したからだ。これは運がよかったとしか言いようがない」
昨日、偶然目にしなければ、このシステムに気づくことはできなかった。
しばらく続く質問を待つが、雄策の口は動かない。怜太が拳を振りかぶると、雄策は高笑いした。
「最高だ怜太! おまえは俺の最高傑作だ!」
喜んでいる。その姿を見て、怜太は今なお、雄策は怜太の術数に嵌りつづけていると確信する。
「好きなだけ殴れ! そして殺せ! エンターテイメントに取り憑かれたおまえのことだ。どうせ隠しカメラでこの惨状を記録しているんだろう!?」
「よかったよ、あんたが俺を信じてくれてて」
顔面に拳を叩きこむ。力まかせに叩きこむ。怜太は手招きして千代を呼んだ。
「アレを再生しろ」
「あ、はいっ」
千代が懐をまさぐる。やがて出てきたのはボイスレコーダーだ。スイッチを押す。
『いいとも。すべて話そうじゃないか』
その言葉を皮切りに、雄策のこれまでの罪の告白がはじまる。
「おまえを殺すのは俺じゃない」
一拍溜めて、酷薄に言い放つ。
「司法だ」
雄策は瞬きを繰り返し、ははっと乾いた笑みを漏らした。
「冗談だろ? そんなつまらない結末でおまえは満足なのか?」
「つまらない? 勘違いするな」
鼻で笑い、怜太は言った。
「エンターテイメントの神になりたかった男が、最後はエンターテイメントに見放されて破滅する。最高の結末じゃないか」
エレベーターの扉が開く。厳かな足取りでこちらにやってくるのは元弥だ。
「おまえを殺しても復讐したことにはならない。それは自己満足だって途中で気づいたんだ」
「……なるほど。やはりあのサブチャンネルが素の姿だという俺の読みは正しかったわけか」
「あぁ。俺は最優先のためならいくらでも嘘を重ねる。エンターテイメントだって裏切ってやる」
一発。二発。肉の裂けた拳を全力で振りかぶって怜太は言った。
「あんたの敗因は、エンターテイメントに囚われて視野が狭くなっていたことだ。まぁ俺も彩子と出逢わなければ、あんたと同じだったんだろうけどさ」
雄策から視線を切り彩子に目を向ける。彩子は寂しそうな笑みをたたえて頷いた。
彩子が呪い殺す代わりに、怜太がこれまでの罪の清算をする。彩子の頷きが意味するのは、清算の終了。これで彩子が雄策を呪い殺す懸念はなくなった。こんなクズのために彩子の手を穢させてたまるか。汚れるのは怜太だけでいい。
「千代ちゃんのボイスレコーダーに記録された音声は既に警視庁とリンクしている。いくら裏社会の王である白窪雄策と雖もここまで情報が漏洩されれば逃げることは難しいだろう。どうする。まだやるか」
「いいや、その必要はないよ」
力強い元弥の問いかけに、雄策は穏やかに応じてかぶりを振った。
「俺が蒔いた種はすべて枯れた。もう生きる目的がない。いっそ楽にしてくれ」
「そうはできない。おまえには死以上の苦しみを味わってもらう」
背後でがちゃりと金属の音がする。
怜太は浅く息をつき、ステンドガラスの先に広がる青空を仰いで微笑んだ。
「終わったよ、母さん」




