第29話 混乱
『ありがとう彩子。俺を殺してくれて』
ラスト十分は、YouTubeでは公開されていない動画で構成されていた。
怜太が彩子に呪い殺されて、物語の幕が閉じる。
沈黙が満ちる中、雄策は呆然と彩子の横顔を眺めていた。
「なに」
彩子はつまらなそうな顔をして画面を見つめている。
「おまえは誰だ?」
「おかしなことを言うのね。佐藤彩子よ。元DREAMERSのリーダー。シュガーちゃん」
画面に映るのは、彩子に呪い殺されてうつ伏せになったままの怜太と、その背後にたたずむ彩子。
画面はいつまでも変わらない。怜太が仕掛けて、そのままのカメラの時間が画面の左端で進む。一分が経つ。同時に、動画を映している雄策のテレビの電波時刻も進んだ。
どちらも同じ時を刻んでいた。
(細工したのか? いや、ありえない。偶然時間が完全一致するはずがない)
であれば、これはリアルタイムで撮影されている動画だと言うのだろうか。DVDを読み込んだのに?
「随分と混乱しているみたいね」
正面で彩子がくすくすと笑う。画面の向こう側では彩子がじっとこちらを見つめている。
やがて画面の中の彩子がおもむろに人差し指を突き立てた。
『次はあなたを殺すわ』
一歩、一歩。ゆったりとカメラに近づいてくる彩子。
「次はあなたの番よ」
そう耳元で囁くのは、雄策の隣にいる彩子だ。昨日からずっと側にいる彩子。
いったいなにがどうなっているのだろう。彩子はふたりいるのだろうか。
画面の中で吐血して力尽きた怜太はぴくりとも動かない。
雄策と同じく、エンターテイメントに取り憑かれた怜太が、これまでYouTubeで積み上げたものがありながらも呪い殺された演技をする、という結末を選んだことに落胆していたが、本当に呪い殺されていたのなら話は変わる。
(さすが俺の息子だ)
雄策を楽しませるため……ではないにせよ、怜太は結末を盛り上げるために自らの命を断つことを選んだ。
彩子が葛藤しながらも怜太を殺し、最後に雄策を殺して復讐を満了させる。最高のシナリオだ。
「ははは! そうだよ! これだよ! 俺はこの瞬間を待ちわびていたんだ!」
席を立ち、昂る感情のままに雄策は叫ぶ。
「さあ、俺を殺せ! 大切なものをいくつも奪われて憎いだろう? 悔しいだろう?」
「黙りなさい」
雄策の背後にいる彩子が静かに一喝した。
「気に食わないけど、あなたの望みを叶えてあげてもいい。その代わり、これまでにあなたがくだらない理想を叶えるためにしてきた罪をすべて告白しなさい。嘘をついたら承知しないから」
「いいとも。すべて話そうじゃないか」
そして雄策はすべてを明かした。
阿久井美香との間に子どもを作ったこと。美香の両親を殺害したこと。美香を不幸に陥れて復讐するよう仕向けたが失敗したこと。代わりに息子である怜太に復讐するよう仕向けたこと。
佐藤翔平に雄策が裏社会に通じている決定的な証拠を掴まれて、隠蔽するために殺害したこと。憔悴した佐藤恵にはじめは無償で違法薬物を提供し、二週目からは彩子に暴行を加えた写真を送ることを交換条件に加えたこと。恵の両親を殺害し、恵を病棟に送り、DREAMERSの連絡先を一括変更して、彩子が雄策にしか頼れない状況を作りだしたこと。恵か彩子が命を落とし、どちらかが雄策に復讐心を抱くことが理想だったが、恵も彩子も死んでしまったこと。
西宮千代を思い通り動く人形にするために、西宮杏奈の会社に投資したこと。
DREAMERSの人気投票の際、平澤久留実の票数を偽装していたこと。
西宮千代の裏アカウントを作成して平澤久留実の悪口を投稿し、仁羽奈子が千代を恨むよう仕向けたこと。
雄策の告白を、彩子は黙って聞いていた。
「満足かね?」
「えぇ。おかげで覚悟が決まったわ」
彩子が右手を正面に伸ばす。
先ほど動画で見た構えだ。この構えを取った後に、怜太は発作を起こして吐血した。
――いったいどんな感覚なのだろうか。
「さぁ殺せ!」
「言われずとも」
彩子の眉宇がしなる。
ついにこの瞬間が訪れた。ようやくエンターテイメントに殺されることができる。
瞳を閉じて天を仰ぎ、ステンドグラスから降り注ぐ光の雨を浴びながら雄策はつぶやいた。
「これで俺はエンターテイメントの神になれる」
「いいや、おまえはエンターテイメントに見放されて息絶える」
聞こえるはずのない声だった。
振り返った直後、視界が揺らぎ火花が散った。やや遅れて頬が強い痛みを訴えてくる。
視界が鮮明になる。雄策は目を大きく見開いた。
「……どうなっている」
雄策の瞳には、怜太とふたりの彩子が映っている。画面を見やる。画面の中には息絶えた怜太しか映っていない。
彩子がふたり。怜太がふたり。
混乱の渦中にある中、怜太が拳を見舞ってくる。――遅い。身を後方に引いて躱そうと試みるが、どうしたことか身体が言うことを聞かない。固く握られた拳が雄策の頬を捉える。
「彩子、こいつを縛りつけておけよ」
胸倉を引っ張り上げられる。青筋を立てつつも冷静を装う怜太が言った。
「全部、清算してもらうからな。楽に死ねると思うなよ」
三度目の火花が散る。
口から飛び出した歯が、純白の床に赤い曲線を描いた。




