第28話 目覚
彩子が雄策の部屋で過ごしてから一日が経とうとしていた。
したことといえば、食事の用意と動画鑑賞くらい。身体に触れられたときは肉体関係を迫られるのではないかと焦ったが、雄策は彩子に触れられたことに感動するだけだった。
「そろそろ念動力を見せてくれないかね」
「嫌」
「そう言わずに少しでいいからさ」
「嫌だと言っているでしょう」
睨みつけると、雄策はやれやれといった風にかぶりを振った。
今の彩子は雄策にとって特別な存在だ。だから優遇される。そう確信しているから、彩子は雄策相手に強気でいられた。内心は不安で不安で仕方ないのだが……。
「ずっとそっぽを向いていたら首を痛めてしまうだろう。画面を見なさい」
「いらぬお世話です」
「このサブチャンネルを怜太は彩子くんに隠れて運営していたのかい?」
「そうよ」
幽霊育成chにはサブチャンネルが存在する。内容は、怜太が彩子に向ける想いの変化を赤裸々に語るというもの。ただそれだけの動画。
『あいつのことは嫌いだよ。感情に振りまわされてばっかで使いにくいことこの上ない。……そこが彩子の可愛いところだけど。……っ! 違うぞ。そういう意味じゃないからな?』
「彩子くんはどう思う。これは怜太の演技だと思うかい? 本音だと思うかい?」
「演技に決まっているでしょう。……本当に私が好きなら見捨てるはずがないもの」
好きな子を復讐相手とふたりきりの空間に放置するなんてどうかしている。
「ではどうして直視できないんだい」
「……恥ずかしいもの」
「はは、初心だねぇ」
雄策がワインを呷ると同時に、部屋にベルの音が響き渡った。
しばらくして客人が姿をみせる。元弥だった。
「おはようございます社……」
彩子と視線が重なるなり元弥は微かに目を見開く。彩子と元弥が雄策の部屋で顔を合わせるのはこれがはじめてだ。マネージャー歴三年は伊達じゃないな、と彩子は心の中で微笑んだ。
「おはよう。今の反応を見るに、元弥くんにも彩子くんが鮮明に見えているようだね」
「……はい。見えております。こちらお届け物です」
すっかり調子を取り直した元弥が雄策に一本のDVDを渡す。ジャケットはなく、表面に「死にたい僕と殺したい彼女」と書かれただけの手作り感あふれるDVDだ。
「既に嘘だと見抜いているというのにご苦労なことだ」
「こちらの動画を拝見した後、採用を検討して頂きたいとのことです」
「採用を検討ね」
雄策の口角が歪んだ。
「確かに受け取った。朝早くからありがとう。今日も一日よろしく頼むよ」
元弥は一礼して雄策の部屋を後にした。
「さて、じゃあ拝見させてもらうとするかね」
「意外ね。ちゃんと目を通すんだ」
「エンターテイメントには正直でありたいからね」
「……同じこと言うのね」
DVDが読み込まれるのを待つ間に、昨日彩子が作ったチーズケーキを雄策に用意してもらう。作ったのは彩子だから、用意くらいはしてくれてもいいんじゃないかといえば、雄策はあっさり話を聞き入れてくれた。今の雄策は彩子に甘い。いっとき父親代わりを演じていたときのように……。
「お待たせ。では怜太のエンターテイメントを見せてもらうとしようか」
雄策がボタンをクリックすると、仮面をつけていない怜太が映し出された。
『警告です。この動画を見た人は必ず呪われます。それでも構わないという人はぜひ最後まで動画をご覧ください。……この動画があなたの目に届くとき、きっと僕はこの世にいないでしょう』
雄策はふっと笑みをこぼした。
「呪われるのなら願ったり叶ったりだ」
◇ ◆ ◇
これはドキュメンタリーか、はたまたモキュメンタリーホラーか。
どちらと定義すべきなのかと頭を悩ませながら雄策は動画を視聴していた。
モキュメンタリーホラーとは、ドキュメンタリー風に作られたホラー映画のことである。
架空の怪現象をまるで実際にあったことかのように取り扱うこのジャンルは、ホラーに比べて現実味と迫力の面で秀でており、その擬似恐怖体験の鮮やかさの虜になる人が一定数いる。マイノリティではあるが、一定層いることは確かだ。
よくできている、と雄策は贔屓目抜きに思う。
この動画は、今のところ幽霊育成chにアップされた動画とサブチャンネルにアップ された動画の組み合わせのみで構成されているが、違和感は一切ない。焼き直し感もほとんどない。
必要最低限以外はばっさり切り捨てるという思いきりの良さから生まれるテンポ 感。時系列の入れ替え。伏線の強調……。
業界にいる人間ならば、この動画を見るだけで怜太が演出の才に秀でていると気づけるだろう。
しかし、怜太の演出技術がどれだけ卓越していようが、正攻法で業界に足を踏み入れることは叶わない。何故なら、雄策がその名前を見たら作品の巧拙を問わず落選させるよう指示しているからだ。
(俺に示された通りの道を歩んで復讐を果たすのでは面白みにかけるからね)
◇ ◆ ◇
雄策の父は裏社会の王だった。
父のおかげで、雄策は不自由のない生活を送れた。欲しいものはなんでも手に入り、なにをしても父の威光がかき消してくれた。
つまらない人生だった。
テストは改ざんされて高得点に。万引きをしても許される。弱者を嬲っても歯向かってこない。
予定調和で完成された日々は、雄策から生きている実感を奪っていた。
そんな雄策だが、映画やバラエティを見るときだけは胸を弾ませることができた。画面の向こう側では常に予測不能なことが起きる。自分もそうならいいのに、と何度も羨んだ。
ある日のこと。雄策は息子がギャングである父を殺し、父の部下に追われて絶命するという映画を目にした。
これだと思った。
インスピレーションを受けてからは早かった。
その夜、雄策は父の胸に包丁を突き刺した。
絶命の寸前、父は驚愕の表情で口にしていた。
「どうして……」
ゾクゾクっと鳥肌が走った。
いつも退屈そうにしていた父が無表情を崩している。驚いている。
――死んでいた感情を呼吸させている。
「これだ……。俺が求めていたのは」
エンターテイメントだけが、退屈な人生を彩ってくれる。
その日、雄策はエンターテイメントに取り憑かれた。




