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死にたい僕と殺したい彼女  作者: 風戸輝斗
第四幕

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第26話 再会

 駅から十分ほど歩いた場所に、摩天楼のごとく聳え立つ高層タワーがある。

 雄策が社長を務める会社だ。大手テレビ会社の親会社。子役事務所。アイドル事務所。いくつもの顔を持っている。


 エントランスを潜ると、「阿久井様ですね?」とスーツ姿の若い女性が声をかけてきた。何故わかったのか、と疑問は湧かない。怜太はひょっとこのお面をつけているから。幽霊育成chが一世を風靡する今、このお面は言わば免許証のような役割を果たしている。


 先導されてエレベーターに乗る。ぐんぐんと高度が上がるに連れて、ガラス張りの窓越しに見える都会の街並みが縮小されていく。高い場所が苦手なのか、彩子は怜太の腕にしがみついていた。


 最上階でエレベーターが停止する。ごゆっくりどうぞ、という女性の声を背中で聞き、怜太は彩子と社長室に足を踏み入れた。

 白を基調とする広々とした部屋だった。天井はステンドグラス。床は純白のタイル。


「来たね」


 その空間において、アロハシャツにハーフパンツ。更には筋骨隆々で前腕に入れ墨の入ったその男は異質な存在感を放っていた。眼鏡を外して微笑みかけてくる。


「ようこそ、幽霊育成chさん」

「こんにちは。白窪社長」


 ボイスチェンジャーを通して発せられた怜太の声はどこまでも機械的だった。

 白窪雄策との五年越しの再会だった。



◇  ◆  ◇



「感慨深いものだね。今を時めく幽霊育成chにこうして出演できるだなんて」


 雄策が目をやった巨大な液晶モニターには、怜太と彩子が雄策と対峙する姿が映し出されている。


【最終決戦だぞおまえら】

【白窪社長、完全にや〇ざで草】

【平日日中で同接二十万越えはヤバいだろ】


 やはりこの男はエンターテイメントの奴隷だとつくづく思う。この状況下で、怜太がLive配信を続けることを許容してしまうのだから。それも気乗りして。


「それにしても驚いたよ。彩子くんの姿が誰の目にも映るようになるなんてね。あまりに都合がいいから信じがたかったけど、こうして目の前にすると受け入れざるを得ないね」

「みたいね。つまり、私の声は誰の耳にも届くということよ」

「ん、脅迫のつもりかい? それは控えてほしいな。無意味だし、面白みに欠ける」


 淡白に言われて、彩子は身を縮こまらせてしまう。

 コメント欄に彩子を応援する声が溢れかえるが、彩子が雄策と口論することはできないだろう。

 この感覚は、きっと雄策と直接対峙している怜太と彩子にしかわからない。別に敵意を向けられているわけでもないのに、雄策からはとてつもない恐怖を感じるのだ。

 なにがそう感じさせるのかはわからない。ただ、怜太の呼吸はさっきからずっと荒いままだった。


 不意に部屋にベルの音が鳴り響いた。ビクッと身体を震わせた怜太と彩子に、雄策はくすっと笑って言う。


「失礼。来客のようだ」


 ややあってエレベーターの扉が開く。作業員と思しき男性と会話をし、雄策は席に戻ってくる。


「インターフォンはどこにあるんだ」

「ん、ないよ。エレベーターで目的地がこの階に設定された時に音が響くようになっているんだ。ちなみに、この場所に来るためにエレベーター以外の手段はない」


 どうやら雄策に気づかれることなくこの部屋に足を運ぶことはできないらしい。


「さて本題といこうか」


 身を乗り出して雄策は言う。怜太は唾を呑み込んだ。


「俺は彩子くんが欲しい」


 やはりそうくるか、と怜太は予測が的を射たことをほくそ笑んだ。


「なに言ってるのよ。私が社長……いいえ、元社長についていくはずがないでしょう」

「いいや、君は自分から俺についていくと言うよ。君を手に入れるためなら俺はどんな犠牲も厭わないつもりだ」


 よくもまぁ二十万人の視聴者が見守る中で堂々と言えるものだ。雄策の口にした「どんな犠牲も厭わない」の解釈は、怜太たちと視聴者とでは異なっているだろう。


「俺なら彩子くんを使ってもっと稼ぐことができる。今以上にたくさんの人をエンターテイメントで魅了することができる。だから俺に彩子くんを譲ってくれないか」

「待ちなさいよ。私は行くなんて一言も……」

「いいだろう」


 彩子が目を見張り、雄策がニヤリと笑う。

 わかっている。これは雄策のシナリオ通りだ。彩子をエンターテイメントに利用したい。それは真実であり、しかし真の目的は別にある。


 息子に復讐で殺される。

 そのエンターテイメントを盛り上げるために、彩子を怜太から奪う必要がある。雄策が怜太ならそうすると確信しているのは、サブチャンネルの存在が功を奏したからだろう。

 深く息を吸って言う。


「その代わりひとつ条件がある。俺を演出プロデューサーとして採用しろ」

「……話が違うじゃないの。私を悲しませないって言っていたじゃない。また嘘をついたの?」

「だからどうした」


 冷たく言い放つ。彩子は下唇を噛み、目尻から光の粒を滴らせた。


「……最低」


 動画撮影中に彩子が涙を流すのははじめてのことだった。


【女の子を泣かせる奴は例外なくクズだって田舎のばあちゃんが言ってたぞ】

【まぁこのクズっぷりが怜太の怜太たる所以だよな】

【演技ですよね? 計画のうちなんですよね?】


 コメント欄が、怜太を中傷する声と猜疑の声で埋まる。


「で、その茶番はなんだい?」


 雄策が笑みを携えて訊ねてくる。やはりこの男は人間ではないなと思いながら怜太は答えた。


「茶番で彩子が泣けると思うか。シュガーちゃんは演技ができないことで有名じゃないか」


 それは国民的アイドル時代であった頃から変わらない彩子の欠点。

 この子はてんで演技ができないのだ。

 だから、事前に情報を共有することはできなかった。ぼろが出てしまいかねないから。


【あれはもはや原作無視のシュガーちゃんだった】

【それでも売れるんだから結局は人生顔ゲーなんだなって】

【おまえら、シュガーちゃんとちよちーがお互いを演じる番組見たか? 神回だぞ】


 流れるコメントを見て、雄策は怜太の言葉に嘘がないと信じたようだ。顎に手をやり怜太を見据える。


「しかし理解しかねるね。俺に復讐することが目的ならば、彩子くんを裏切るよりも結託したほうが断然近道であるはずだ。極論、俺をここで呪い殺せば本懐は遂げられる。なにゆえ演出プロデューサーという遠回りを選ぶんだい?」

「それが俺の夢だからだ」


 雄策が目を瞬かせる。


「あんたは勘違いしている。確かにあんたに復讐したいという思いはある。けど、仮にその思いがなくとも俺は演出プロデューサーになることを志していた」


 ボイスチェンジャーを取り外して続ける。


「母さんは苦しい日々の中でDREAMERSに希望をもらっていた。だから、俺もDREAMERSのように誰かに希望を与えるコンテンツを生み出し、多くの人に希望を与えたいと思ったんだ。それに、俺があんたを殺したら天国にいる母さんが泣いてしまうだろう。俺は母さんを悲しませたくない」

「つまり、これまで動画で示していた方向性はすべて偽りだったと?」

「そうだ」


 強く頷いた。


「彩子を利用して、演出プロデューサーに成り上がる。そして、いつの日か復讐心を燃やした彩子が俺を殺して成仏する。それが俺の描いていた真のストーリーだ」

「はは、よくできたストーリーだ!」


 笑い飛ばし、手を叩きながら近づいてくる。

 怜太の眼前にたどりつくなり、すんと喜色が抜け落ちた。


「ここで俺を殺さない以上はもっと盛大な殺し方をしろよ。でなきゃ彩子をもう一度殺す」


 耳元で囁かれて全身が粟立つ。苛立ちが抑えきれていないその表情も、怜太の顔で遮られていて視聴者の目には届いていないのだろう。

 意識していつも通りの呼吸をした後に、怜太は言い返した。


「好きにしろ。もう彩子は用済みだ」

「まだ白を切るのか。おまえがなにを企てているかはわかっている。ここまではすべて予定調和だ。ちゃんと俺の意表を突いてくれるんだろうな」

「明日一本のビデオを送る。それを見て、俺を演出プロデューサーとして起用するか検討してくれ」


 伝えたいことはすべて伝えた。席を立ち、撮影していたスマホを回収して、部屋の入り口にあるエレベーターに向かう。エレベーターでしか移動できないなんて不便な家だ。


「怜太!」


 背中に声をかけられて足を止める。


「私、信じてるから! 怜太が門限までには私を連れて帰るって」


 きっと彩子は無理して笑っているのだろう。声を聞けば、彩子がどんな表情をしているのかわかる。


「門限なんてはじめから設定していないよ」


 振り返らずにつぶやき、怜太はYouTube Liveを終了した。


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