第25話 告白
翌朝。怜太は起床直後から動画を回しつづけ、YouTube Live配信をしていた。
「本当にふたりで大丈夫なの?」
家を出る直前で、彩子が憂えた顔で訊ねてきた。
「千代が居ても大して役に立たないだろ」
「そうじゃなくて。いや、千代の悪口を看過するというわけではないけれど。……本当に怜太が社長に傷つけられることはないの?」
【ちょ、彩子ちゃん普通に見えるんだけど】
【ついに一人前の幽霊になったってことか?】
これには怜太も驚いたのだが、朝から彩子の姿は視聴者にもはっきりと見えているらしい。怜太としてはいつも通りなので特になにも感じないが、視聴者にしてみれば大きすぎる変化だろう。
最終目標達成目前にして、これまでぼんやりとしか見えていなかった幽霊が見えるようになる。まさにエンターテイメントだ。怜太はつくづくエンターテイメントに愛されている。
「あぁ。作戦通りやれば問題ない。詳しい内容はこの動画を雄策が見ているかも知れないから明かさないけどな」
「それがあるせいでやりづらいんだけど」
「だからといって、この絶好の機会を編集で済ませるわけにはいかない。みんなも生で見たいよな?」
凄まじい速度でコメントが流れる。同時接続は十万を超えていた。
「だそうだ。文句を言わずに従え。演出プロデューサー命令だ」
「むぅ~」
不満顔の彩子を無視して玄関の扉を開く。YouTubeのコメントを見れば、
【彩子ちゃん可愛すぎw】
【おい怜太、毎日抱いてるってマジか?】
【千代ちゃん戦力外通告で草】
といったコメントが表示されている。ちなみに怜太は童貞だ。
とりあえず、第一関門は無事突破できたようだ。玄関の扉は彩子が閉めた。
◇ ◆ ◇
電車に揺られること三十分。目的の駅に辿りついた。
「今日はちゃんと目的地があるのね」
「あたりまえだろう」
なにを言っているんだと冷めた目を向けると、彩子はそっちこそどうかしているんじゃないかとでも言いたげな生ぬるい視線を返してきた。
「前にこの駅の端で私に飛び込むよう命じたわよね?」
「あぁそうだったな。じゃあいくぞ」
「え、それだけ? ……ちょっと待ちなさいよ!」
忙しい足取りで彩子が後をつけてくる。バタバタと足音まではっきりと聞こえた。
彩子に飛び込みを命じたあの日からまもなく二カ月が経とうとしていた。あの頃鼻をついていた夏の匂いが、今ではすっかり秋の香りを孕んでいる。
季節は九月末。三日後からは十月。駅構内を歩く社会人の袖シャツは、肘までめくられているよりも、手首の下まで下ろされている割合のほうが大きくなっていた。
彩子と改札口をくぐる。彩子はわぁ~と感嘆の声を漏らしていた。彼女にしてみれば、改札口をくぐる際に金銭が発生するのは五年振りだ。興奮するのも理解できる。
「それにしても間が悪いな。もっと早く実体を持っていたら色々な場所に行けたのに」
「ふぅん。私とデートしたかったんだ?」
からかうように見上げてくる。視聴者のために映えるアングルを確保した。
「そんなこと言っていないが?」
「いいの? 素直にならないと、私がほかの誰かと付き合っちゃうかもよ?」
「彩子と付き合いたい変わり者なんていないと思うけどな。束の間の奇蹟が終われば、キスすることも抱くこともできない」
「なっ!? ……え、えっち!」
想定通りの反応に笑ってしまう。
「さては俺と付き合いたいのか」
「そっちが付き合いたいって言うなら聞き入れてあげてもいいけど」
「こんな女王様気取りの彼女はごめんだな」
「好き」
袖口を掴まれると同時に運ばれた密やかな声。
彩子の頬は赤く色づき、瞳は儚く揺らいでいた。
「私はあなたと隣合って未来を歩きたい。だから考え直して」
【え、こいつらまだ付き合ってなかったの?】
【うわああああぁぁぁ! 俺の彩子があああぁぁ! 嫁があああぁぁ!】
【チャンネル登録解除しました♪ 爆発したら再登録しますね♪】
【もう白窪放置でいいだろ。これでハッピーエンドじゃん】
コメント欄は阿鼻叫喚だ。スーパーチャットの数が凄まじい。
「言っただろ。おまえがなにを言おうが俺の意思が変わることはないって」
「でも……」
「好きだよ」
「っ!」
こんな台詞を言うつもりはなかった。けど、こうでもしなければ彩子は諦めてくれないだろう。こうなったときのために、怜太はこれまで隠していた秘密を明かすことにする。
「だから、俺は君に殺されたいんだ。前に言っただろう。先輩は復讐を果たして成仏したって。彩子が成仏するためにはさ、きっと復讐したいと思った誰かを殺す必要があるんだ」
怜太は死んでこの作品を締めくくりたい。怜太を殺せば彩子は成仏できる。
彩子は気づいていなかったが、ふたりの関係ははじめからWinWinの上に成り立っていた。
「そんなのわからないじゃない。先輩は復讐したい相手がひとりだったけれど、私には復讐したい相手が複数いる。それに、怜太は端から対象外じゃないの」
「無駄に殺すのは嫌だろう。だからまずは俺で試せばいい。そこからどうするかは彩子次第だ」
できることなら、怜太ひとりの犠牲で彩子に報われてほしい。雄策はともかく、元DREAMERSに抱いていた恨みつらみは、今はすっかり解消されているのだから。
「俺が対象外という件に関しては、はじめから俺に彩子の姿が視えていた時点で破綻している。ここからは俺の憶測になるんだが、DREAMERSと白窪雄策の家族を殺したい。彩子は母親に殺される寸前にそう思ったんじゃないか」
え、と彩子が頓狂な声をあげる。
「自分の家族を壊滅に追いやられて、彩子は雄策の家庭が崩壊することを望んだのだろう?」
「どうして知っているの?」
「秘密にしていて悪かった。協力者がいるんだ」
協力者。それは元弥のことを指す。
片桐元弥。彼は雄策に殺害された、警部補であった彩子の父親の上司である。
元警部。その権力を用いても雄策に制裁をくだす決定的な証拠を手に入れられなかったため、元弥は彼の懐に潜り込み、部下の敵討ちをする機会を狙っている。
元弥のおかげで、怜太は彩子がどのようにこの世を去ったのかおおよそ知ることができた。
彩子は全身痣だらけで、片腕は骨折、右の眼球が飛び出し失禁しているという凄惨な状態で発見されたという。母親は、喉に包丁を突き刺した状態で息絶えていたようだ。
現場と母親の精神状態を鑑みた結果、母親は日常的に娘に暴行を働いており、エスカレートした末に娘が死亡。罪悪感に駆られた母親は自殺したとして事件は収束した。
しかし、元弥は納得できなかった。
夫が殺害され、妻と娘も追うように他界。そんな偶然があるのだろうか。
ひとり捜査を続ける中で、彼は彩子の家に頻繁に足を運んでいたアロハシャツを着た筋骨隆々な男がいたということ、母親が頻繁にフードを被った男と接触していたということを知った。その情報を得て、彼は一連の出来事は計画的殺人であると結論づけた。フードを被った男が目撃された地域では、これまでに違法薬物所持の疑いで逮捕された人物が何人もいたからだ。
元弥は、薬物漬けにされて精神的異常を来たした母親が娘に暴行を振るって殺害したのではないか、という仮説を上層部に伝えた。
ところが、「もう終わったことだ。これ以上詮索するな」と無碍にされたらしい。
その反応を見て、元弥は確信したそうだ。これは白窪雄策が関与した事件なのだと。
何故なら、部下の事件と同じ扱いをされているから。
その一件を機に元弥は警察官をやめ、雄策に復讐するために芸能界に潜り込んでいる。
「いっつもそう。怜太は隠してばっかり。どうして私と情報を共有してくれないの?」
「明かすべき理想のタイミングがあるからだ。視聴者はいつだって新鮮な反応を期待している。前もって情報を明かしてしまうと、それはすべて演技になってしまうだろう」
「視聴者のため、ということ?」
「そうだ。俺はいつだってエンターテイメントに正直で在りたいからな」
「あっそ」
彩子が視線を切る。
「……もう知らない。怜太のばか」
「最後はしっかり殺してくれよ」
釘を刺して足を進める。ここで逃走されたら困りものだったが、臍を曲げてはしまったものの彩子がしっかり後をつけていてほっとした。
「動画」
「ん」
「彩子に隠れて撮っていたサブチャンネルがあるんだ。俺を殺した後に見てくれ」
「だから殺さないって言ってるでしょ」
ふんっと鼻を鳴らして彩子は再びそっぽを向く。
そこにいるのは、紛れもなく佐藤彩子という少女だった。




