第21話 中核
「正直なところ、このサブチャンネルは俺の自己満足で終わると思っていた。だって、俺の心境の変化と日々の所感を語るだけの動画だ。視聴者が興味を持っているのは俺じゃなく彩子で……覚悟は変わらずですか。あぁ、覚悟は変わらないよ。最初に約束した通り、俺はコンテンツの終わりと共に命を断つ。彩子に呪い殺されるのが理想ではあるが、難しいだろうな。自殺というつまらない死に方をしてしまうかもしれない。なんにせよ、俺は近々この世を去る。サブチャンネルに動画が投稿されるのはこれが最後になるだろう。だから、みんなの力を貸してほしい。今、リアルタイムで動画を見ている五万人に、メッセージを送ってもらいたい。俺がいなくなった後、あいつが寂しがらないように。……おまえはそれでいいのか。あぁこれでいい。これで彩子は幸せになれる」
◇ ◆ ◇
ついにその時がやってきた。
「ようやくか」
時刻は六時。キッチンで彩子が上機嫌に鼻歌を口ずさむ中、怜太はYouTubeに届いたメッセージを睨みつけていた。
【突然の連絡失礼いたします。私は××会社で社長を務めております白窪雄策と申します――】
白窪雄策。彩子の幸せを壊し、千代と久留実と奈子の人生を狂わせた怪物。
要約すると、怜太と彩子と逢って話がしたいとのことだった。指定場所は雄策のオフィス。
返信する前に思考を巡らす。
まず、何故このタイミングで声がかかったのか。
雄策が日本に帰国したのが昨日だからだろう。その情報は元弥から得ている。
次に、彩子をどうするか。
馬鹿正直に彩子と共に出向くのは愚策だ。雄策の狙いはおおよそ察しがつく。ビジネスが云々と言っているが、実際のところ欲しているのは彩子だろう。彼女をエンターテイメントの道具にしたいのだと思う。怜太から無理やり奪って……。
(拳銃とか普通に持っていそうだしな)
表沙汰になっていないだけで、これまで雄策は何人もの人間を殺めている。実の息子と雖も、青写真を汚す弊害とあらば殺めることを厭わないはずだ。怜太の思い描く白窪雄策はそういう人間だ。
想像を膨らませる。
雄策は、怜太に彩子を手離すよう迫る。
肯定すればどうなるか。
おそらくなにもなく釈放される。彩子を失うだけで、これまで通りの平穏な日常を享受できる。YouTubeも消されるかもしれないが、殺害はされないだろう。雄策は躊躇なく殺人に及ぶが、それはあくまでエンターテイメントのためだ。そう考えれば、怜太を殺すよりも生かす方に価値がある。彩子を取り返すために、怜太が雄策に歯向かっていく可能性があるから。
否定すればどうなるか。
武力で制圧しにかかるだろう。銃器のようなものでひと息に怜太を仕留めるかもしれない。なんにせよ、無傷では済まないことは明白だ。そして、気持ちを昂らせた彩子が怜太を助けるために、あるいは仇を打つために雄策の命を奪う。その未来はなんとしても避けたい。
(これはおいおい考えるとして)
最後に、雄策が幽霊育成chの撮影者を怜太だと見抜いているのか否か。
元弥に聞けばすぐにわかりそうだが、聞かずともわかる。確実に見抜いている。
何故なら、怜太がたどっているのは雄策が幼い頃に強いてきた未来だから。
と、そこまで考えて怜太は気づいた。
「……そうか。俺がこれまでしてきたことは復讐じゃなくて……」
「なにがそうかなの?」
意識を現実に引き戻すと、芳しい香りが鼻腔をくすぐった。すぐ目の前には、ベーコンエッグとソーセージが盛られた皿がふわふわと浮いている。
「彩子と出逢えてよかった」
「えっ! ……そ、それってどういう」
「今日もうまそうだな」
「ちょっと、こっちの質問に答えなさいよ」
「独り言だ。早く皿を机の上に置いてくれ。浮いてるんじゃ食えないだろ」
「怜太って旗色が悪くなるとすぐ話を逸らすわよね」
不満そうに言って人差し指を小さくまわす。すると、ソーセージが怜太めがけて勢いよく迫ってきた。
反射的に目をつぶる。
しばらくして訪れたのは、ぐにゅりと仄かな熱が唇を割ろうとする感触。
「これが私の気持ち」
目を開くと、眼下にソーセージがあった。
「意味がわからない」
「あ~ん」
怜太を無視して、彩子がソーセージをふるふると動かす。唇が油でつやつやになる。
「……いただきます」
その後も彩子が皿を浮かせて強制あ~んという食事補助というか嫌がらせをしてきた。恥ずかしいし、食べにくかったが、彩子が楽しそうにしていたので為すがままにされることにした。
十時をまわる少し前。千代がようやく目を覚ました。
「おはようございます。……阿久井さん、聞いてください。私、夢の中で三回転んだんです」
「だからどうした」
「三回ですよ、三回」
「だからどうしたんだ」
「三振です」
「寝惚けすぎじゃないか」
寝惚けまなこで千代が朝食を摂っていることを厭わず、怜太は話を切り出した。
「明日、雄策に復讐する」
千代がコーヒーを啜るのをやめ、彩子がピクッと肩を揺らした。
「計画の概要は今から説明する」
前々から考えていた雄策への復讐方法。そこに至るまでの具体的な過程……。
「――といった次第だ」
話を終えてふたりの顔色を窺う。ふたりとも芳しくない顔をしている。
まずは千代に水を向けた。
「怖いか」
「えっ……本音を言えばまぁやりたくないです」
「素直でよろしい」
出逢った頃からの成長を感じられる。
「まぁどれだけ泣き叫ぼうが演出プロデューサーである俺の指示に従ってもらうんだけどな」
「鬼すぎますね。パワハラです」
「そういう契約をしただろう。それに、千代が覚悟を決めなければ、彩子は久留実と奈子に呪いをかけ続けて苦しむことになる。雄策を落伍させない限り、俺たちに安寧はない。違うか」
「……本当に大丈夫なんですか?」
よほど不安なのだろう。千代は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「でも、変なタイミングで私の正体に気づかれたら誰も助けられませんよね?」
「大丈夫だ。おまえは天才だから。……と言いたいところだが、悪いが絶対の安全は保障できない」
「死にたくないです~!」
怜太と真逆の願望を叫ぶ千代。どれだけ拒絶しようが、彼女が最終的に折れる未来は目に見えている。この子は芯が弱いから選択を強制しやすい。
問題は、芯が強くて選択を強制できないもうひとりだ。
「彩子」
「誰も殺さない」
殺したくないではなく、殺さない。彩子の中では決定事項らしい。
「そうはいかない。俺だけは確実に殺してもらう」
「エンターテイメントのため?」
「そうだ」
それが雄策の思い描く阿久井怜太の人物像だ。
これまでその像が確立されるように努めてきた。ここで「なら殺さなくてもいい」と許してしまえば、これからの作戦が失敗する。だからこれだけは譲れない。
「……どうしてもあなたを殺さなければいけないの?」
「あぁ殺してもらう。俺は死にたい少年で、彩子は殺したい少女なんだ。だから、演出プロデューサーである阿久井怜太を殺してもらう」
ドキュメンタリーなら矛盾上等だ。しかし、怜太が作り上げているのは作品である。作品である以上、はじめに定めたフォーマットを崩すわけにはいかない。
「千代は覚悟を決めた。後は彩子が決断するだけだ」
「え、私まだなにも……」
「やるよな?」
「あ、はいやります。だから睨まないでください。ちょ怖くて泣いちゃいますって」
千代に軽くパワハラをして彩子に目をやり、息を呑んだ。
彩子は涙を流していた。
「私は怜太と生きたい」
まっすぐな瞳、優しく屈折のない語勢。そこには切実な思いがあった。
これまで何度も彩子と衝突してきた。長期にわたって家出したこともあった。
けれど、彩子は一度として涙を流さなかった。
その彩子が、泣いている。怜太のためを思って、涙をこぼしている。
「おまえはもう死んでいるだろう」
「私の夢を叶えてよ……。私、アイドルになりたいの。千代といっしょに、もう一度アイドル活動をしたい。プロデュースは貴方の十八番でしょう?」
「彩子」
「私はあなたに生きてほしいの! 成仏もしたくない! だから殺さない! 嫌! 絶対絶対嫌!」
取り乱してイヤイヤしている。駄々をこねる子どもだ。
「わかったからこっちに来い」
手招きする。すんと鼻をすすり、律儀に目の前にやってきた彩子に、怜太はボソッと耳打ちした。
「俺の最優先は、彩子と出逢ったときから一度だって変わっていないよ」
なんていうのは嘘で。
一時は復讐心に目がくらんで迷走してしまったけれども。
それでも怜太は――。
「俺はいつだって、君を幸せにする選択をしてきたつもりだよ」
「え?」
頓狂な声をあげて、潤んだ瞳で怜太を見上げてくる。
怜太は柔らかく微笑んだ。




