第19話 引退
その後も度重なる怪現象がDREAMERSを襲った。
ポルターガイスト。機材トラブル。DREAMERSが映るたびに画面がフリーズする……。
「なんなんだよっ!」
久留実が机を殴りつける。
「まぁまぁ怒ってもなにも変わらないよー」
背中をさすり、奈子は普段通りの間延びした声で久留実を慰める。
今日も機材トラブルで撮影が中止になった。
残暑に耐えながらの半日にわたる街中インタビューだった。久留実は夏を嫌っているので、炎暑も彼女の苛立ちに拍車をかけているのだろう。
「リラックスリラックス。落ちついて落ちついてー」
「……いいよな奈子は」
不意に久留実がつぶやいた。
「アタシには単独の仕事がほとんどない。けど、奈子と千代にはたくさんある。そっちではなにも起きてないんだもんな。……羨ましいよ」
奈子は驚いていた。
あの久留実が弱音を吐いている。受け入れがたい現実だった。
「知名度ってのはさ、親近感から湧いているもんなんだ。アタシの担当プロデューサーが言ってたけど、今後DREAMERSが共演している番組はすべて放送が見合わせになるらしい。撮影したときはそうでもなかったけど、編集中に幽霊が映ってたんだとよ。……確認したら彩子が映ってた」
久留実は乾いた笑みを漏らす。奈子は強く奥歯を噛み締めた。
「アタシたち、彩子に復讐されてんのかな。暢気にアイドルしやがってって」
「だとしても、久留実が謝ることはないよ。だってなんもしてないじゃん」
奈子と久留実は、闇に屠られた彩子の事件に一切加担していない。知っているだけだ。
「……一瞬だけどさ、よかったって思っちまったんだ。彩子がいなくなって」
「それがなんだっていうの?」
トップが落伍した。喜ぶのは当然だろう。なのにどうして、久留実が罪悪感に駆られた顔をしているのか、奈子にはまったく理解できなかった。
「……謝ったら許してくれるかな」
「は? ちょっと待ってよ。なんで久留実があいつに謝らなきゃいけないの?」
どう考えてもおかしい。悪いのは彩子だ。
しかし、久留実は奈子の話を聞き入れず、床で正座して額を床につける。俗にいう土下座の体勢。
「久留実っ!」
「悪かった。陰口叩いたことも、おまえがいなくなって喜んじまったことも謝る。だから……自分勝手だけどさ、アタシの夢を壊さないでくれないかな」
「なにしてんの!」
奈子は久留実のすべてが好きだ。凛々しさも、情けなさも、等しく愛している。
だというのに、どうしてだろう。はらわたが熱い。可愛いな、護ってあげたいな。いつもはそう思って楽しい気分になるのに、今はちっとも楽しくない。いや、今に限らずここ最近は毎日そうだ。
(あいつのせいだ)
死に損ないが脳裏をよぎり、早く成仏しろよと思いながら舌打ちする。
そのとき視界の端に信じがたいものが映った。首を九十度まわし、奈子は顔をしかめる。
「なに撮ってんだよ」
楽屋にいるのは奈子と久留実だけじゃない。何故なら、非常に残念なことに、DREAMERSは三人で結成されたアイドルグループだから。
いつもはしゃしゃり出る癖に今日はやけに静かだと思ったら、千代は久留実の土下座姿をスマホに収めていた。荒々しく立ち上がり、奈子は千代の胸倉を掴み上げる。
「消して」
「……」
「消せっつってんのがわかんねぇのか!」
至近距離で怒鳴りつけて、奈子はぎょっと目を剥いた。
千代が奈子を感情のない瞳で見つめ返していたからだ。
「な、なに。反抗する気?」
強気に言い返す奈子だが、拳を握りしめる力は弱まっていた。もはやかろうじて胸倉を掴んでいるという状態。そんな奈子の手首をそっと掴み、千代は喉を震わせる。
「許容できないわ」
直後、奈子の膝がすとんと落ちた。
「え?」
一瞬、足がなくなったかと思った。しかし、足は変わらずふたつある。ただ力がこれっぽっちも入っていないだけ。
続けざまに腰の感覚が消失する。肩の感覚もなくなった。顕椎も溶けてしまったかのよう。
だというのに、視線は千代に結ばれたままだ。そこでようやく奈子は気づいた。
――これは金縛りだ。
「……おかしいとは思ってたよ」
身体の自由はないのに、声帯の自由は変わらずあった。冷めた瞳で奈子を見下ろす千代に言う。
「おまえ、彩子だろ」
思い返せば、ここ数日の千代にはおかしな点がいくつもあった。
超ビビりなのに怪現象に見舞われても平然を保ったまま。ポカをしない。堂々としている。
千代は――いや千代に取り憑いた彩子は、くすっと笑みを漏らした。
「ご名答」
相変わらず人を見下したようなムカつく口調だ。こいつのせいで久留実がどれだけ苦しんだことか。
「ひさしぶりね、久留実さん、奈子さん」
「彩子、なのか?」
信じれないといった様子で訊ねる久留実に彩子は頷く。
「えぇ、そうよ。単刀直入に言うわ。ふたりともDREAMERSの活動を休止しなさい」
久留実がえっと目を剥く。その忠告を前もって受けていた千代は視線を尖らせた。
「なんで」
「白窪雄策に復讐したいから。それに私はあなたたちを救いにきたのよ」
おかしなことを言う。久留実をここまで精神的に追い込んでおいてなにが救うだ。
「活動休止した後、私たちはどうなるの」
「DREAMERSとは異なる二人組のグループとして新たに発足する。久留実さんと奈子さんのグループよ。悪くないでしょう」
「誰が支援してくれるの」
「軌道に乗るまでは怜太がサポートしてくれるわ」
「あはは!」
思わず笑ってしまった。
「芸能界もろくに知らないあいつにそんなことできるわけないじゃん。あいつに頼るくらいなら、あたしが久留実のプロデューサーになるよ」
言いながら名案だと思った。奈子は誰よりも久留実の魅力を理解していると自負している。
「つまり交渉は決裂、ということでいいわね?」
「ああ、そうだよ。私たちはDREAMERSを辞めない。さくさくが裏でなにをしているとしてもね。ねー久留実?」
「……そうだな」
「久留実?」
今の逡巡はなんだろう。
訊ねようとするも、できなかった。それよりも大きく意識を割く現象が訪れたから。
「なら強硬手段に乗り出すしかないわね」
意識が朦朧とする中で、朧気ながら彩子の声が聞こえた。霞みがかった視界には、手を伸ばして寂しそうな顔をする彩子が映っている。
「……はは、やるじゃん」
迂闊だった。まさか彩子が躊躇うことなく、かつての仲間に呪いをかけられるだなんて。
全身を蝕む倦怠感。節々の痛み。荒い動悸。恐らく奈子は今、高熱に侵されているのだろう。
「けほけほっ、なんか頭がぼーっとして……熱中症か?」
「いいえ、発熱よ。もっとも特効薬は存在しない、呪いという難病だけれど」
久留実の質問に彩子が応える。久留実も奈子と同じ状況にあるらしい。
「白窪雄策への復讐が終わるまで、私はあなたたちに毎日呪いをかけ続けるわ。それが嫌なら、DREAMERSの活動を休止すると約束しなさい」
要件だけ告げて、彩子は身を翻す。
(あー、こりゃ無理ゲーだわー)
おそらく彩子たちは、既に雄策を社会的に潰す算段をつけているのだろう。雄策は奈子でさえも弱みのひとつも握れなかった相手であるが、彩子と怜太、そして千代が結託すれば、万にひとつが起こりえるのかもしれない。
雄策が逮捕されれば、DREAMERSの活動は終了する。ここで奈子と久留実が抗おうが、抗わなかろうが、DREAMERS消滅の未来は避けられないだろう。
「うぅ、ひっぐ、やだよぉ……」
久留実が泣いている。奈子は四つん這いで久留実に近づき、そっと抱擁した。
「大丈夫。私がなんとかする」
「また獣相手に股開くことになるのかなぁ」
「ならないならないー。ほーら、泣かないで泣かないでー」
整形手術、シリコン手術、顔を隠してのAV出演。
久留実はがんばりすぎた。ただ、その努力が実っていないだけだ。
(あぁ、そっか)
どうして久留実にここまで惹かれるのか、奈子はようやく理解した。
才能がないと自覚しつつも、必死に努力し、情熱のままに夢を叶えようとする姿に惹かれたのだ。
彩子にはアイドルの才能があり、千代には演技の才能があった。そして奈子にも、ふたりほどではないにせよ何事も器用にこなせる才能が備わっている。
翻って、久留実はなにも持っていなかった。常に先頭に立つことはできず、三人についていくので精いっぱい。四人からひとりを選ぶ際に、久留実が選ばれることはほとんどない。
それでも、久留実は足掻きつづけている。自分ならできると信じている。
その懸命に生きる姿に、奈子は心を強く動かされていたのだ。
「一番になりたかったよぉ」
「なれるよ。久留実ならやれる」
久留実は奈子の中では不動の一番人気だ。
「DREAMERSで一番人気なんて小さい目標じゃなくてさ、全アイドルの中で一番人気を目指してみようよ」
久留実の頬を伝う涙を拭い、奈子は柔らかな頬に唇をあてる。
「彩子も、千代も、比にならない。私は久留実をそんなアイドルにしてみせるよ」
きっと私ならできる。久留実を誰よりも愛し理解している私にしかこの使命は担えない。
その日、奈子はDREAMERSを――アイドルを引退することを決意した。




