第18話 忠告
久留実だけが、奈子の味方だ。奈子だけが、久留実の味方だ。
ほかはいらない。なにもいらない。
平澤久留実と仁羽奈子。奈子の世界は、いつだってふたりで完結している。
(ノイズは消さなきゃね)
あの尻軽女さえいなければ、奈子の理想の世界は完成する。
奈子が人気を落とす不祥事を起こせば、自然と久留実は一番人気になる。夢を叶えた彼女がなにを思うか、どんな表情をするのか。奈子はそれが見たくてたまらない。 凍え切った胸が、その時ばかりはやけどしそうなほどに熱を帯びる。
久留実が離席したタイミングを見計らって、奈子は頻りに頷きながら演出と話をする千代を撮影する。
(可愛さも、トーク力も、内面も。ぜーんぶ久留実が勝ってるけど、胸についてる特大の爆弾だけはあいつが勝ってるもんねぇ~。……天然でHカップとか絶対ありえねぇだろ。ぶりっこばっかしやがってマジうぜぇ。見てるだけでイラつく。彩子みたいに死んでくれないかな)
写真を加工して顔バレだけしないよう配慮し、裏アカウントに投稿する。フォローも、フォロワーも0の奈子のストレス発散のためのアカウントだ。奈子があの女のせいで不幸に見舞われてイラついたときは、このアカウントに投稿された画像を見て癒されている。
「なにニヤついてんだよ」
久留実の声が聞こえて背筋が伸びる。咄嗟に別のアプリを開いて久留実に見せた。
「この猫、ちょー可愛くない? なーんかどことなくツンツンしてばっかの誰かさんに似てて」
「べつにツンツンしてねぇよ」
「ふふ、つーんつーんっ」
頬をつつくと、久留実は剥れてそっぽを向いた。小馬鹿にされて悔しいのだろう。可愛い。
久留実をからかって遊んでいると、スマホがぴこんと音を立てた。誰だ楽しい時間を邪魔するヤツは、と笑顔の裏で業を煮やしながら画面を見やる。
息を呑んだ。
「どうした」
「あ、な、なんでもないよー、あははー」
「絶対なんかある」
ジトっと瞳を鋭くして、奈子の頬をつねってくる。奈子が涙目でやめてくれと頼むと、久留実は軽快に笑った。どうやら隠しごとに興味はなく、単に奈子に意趣返ししたかっただけのようだ。
(見間違い……じゃないよね)
先ほどの通知を確認する。やはり新規フォロワーが増えたと表示されている。
奈子の公式アカウントではなく、裏アカウントの。
再びスマホが震える。同じフォロワーからDMが届いていた。
【突然だけど、DREAMERSの活動を休止してくれないかしら】
「なに言ってんだこいつ」
「なに笑ってんだ」
「ん、ちょっと楽しいことがあってねー」
訝る久留実にいつも通りの返事をし、スマホの画面に目を戻す。
アカウント名は『シュガーちゃん』。彩子だろうか、それとも彩子を騙る誰かだろうか。
どちらだっていい。奈子はメッセージを返した。
【するか、ばーか】
【なら残念だけど、強硬手段に乗り出すしかないわね】
(死んでからも面倒なヤツだなぁ)
生前もそうだった。彩子がいるせいで、どれだけ久留実が辛酸を舐めたことか。
彩子が亡くなったと聞いたとき、奈子の中で湧き上がった感情は喜びだった。あぁようやくいなくなってくれた。これでようやく久留実が報われる。彩子の夭折に、悲しみは一切感じなかった。……いや、月並みにはあったか。如何せん昔の出来事だから記憶が曖昧だ。
先日収録があった『話題のあのヒト』は、怜太と彩子のせいでお蔵入りしてしまった。奈子は別になんとも思わないが、久留実は悲しそうにしていた。
久留実は抱えている番組本数が少なく、地上波で放映されなければ追加分のギャラを得ることができない。奈子の報酬を分けてあげたいが、そんなワガママが通用するほど芸能界は甘くない。
ちょうどいい機会だ。久留実の悲しみ以上に彩子を苦しませるとしよう。
彩子は幽霊だが、奈子はその姿をはっきりと見ることができる。久留実にも見えるそうだ。千代はどうだか知らない。あのビッチとは必要最低限の話しかしたくない。
だから、恐れるという感情は少しもない。幽霊は未知の存在だから恐怖するのであり、既知の存在となった幽霊は、死してなお未練にすがる哀れで弱い人間もどきの雑種でしかない。
彼女は特別な力を持っている。しかし、彼女には優しさという致命的な弱点がある。これまでの動画を見る限り、彼女は今なお、そのくだらない感情を保持しているのだろう。
であれば、奈子に勝機がある。口撃という刃物で、彩子の心を何度も突き刺し――殺す。
彼女がなぜ命を落としたのか、どんな悲劇に見舞われたのか。奈子は雄策からすべて聞いている。古傷を広げれば、心の弱い彼女は尻尾を巻いて逃げていくだろう。
(何度だって殺してあげる)
奈子が不敵に微笑んだ――そのときだった。
「おい、こっちのカメラもだぞ!」
声の発生源を見やれば、ざわざわと撮影班が慌てふためいている。
駆け寄って話を聞くと、どうやら撮影用のカメラが一斉に故障したようだ。奈子は舌打ちして顔を歪めた。
「あの女……」
また久留実の努力を水の泡にしやがって。
まわりを見渡しても、彩子の姿はどこにもなかった。




