第16話 和解
翌日、怜太は彩子と千代と共にショッピングモールに来ていた。今いるのは衣料品コーナーだ。
「あっ、あったわ! よかったわ、まだ取り扱っていて」
そう彩子が声を上げたのは一分後のこと。てっきり一時間待ち惚けコースかと思っていたので、想像より遥かに早い呼び出しにほっとしていた。
「五年前に買った服をあっさり見つけられるなんてすごい記憶力だな。値段は……え?」
三万円。
ブラウスだけで、三万円。怜太のひと月分の家賃だ。
「スカートこれじゃないですか?」
「少し違うわね。私のスカートを見て。足元にフリルがついているの」
「あ、ほんとだ。探してみますね」
と言って千代がやや遠くに足を伸ばしてまもなく彩子が目的のスカートを発見する。お値段は三万五千円。目をこする。小数点の位置がズレることはなかった。
「服だけで家賃二か月分……」
「目が死んでいるわよ。私とお出かけするの楽しくない?」
彩子が眉を八の字にする。遠くで千代が店員さんに声を掛けられてわたわたしていた。
「想像以上に服が高くて驚いていただけだよ。サイズは大丈夫なのか」
「大丈……いけない私のサイズに合わせていたわ。ちょっと確認してくる」
今日購入しにきたのは、彩子ではなく千代の衣装だ。彩子とまったく同じブラウスとスカート。双子コーデがしたい、という彩子の願いがあっての今である。
果たして彩子は、今着ている以外の服を着ることができるのか。
検証した結果、失敗に終わった。彩子は今着ている服しか着脱できないようだ。そのため、前に約束した彩子に服を買うという話は、千代に彩子と同じ服を買う方向になった。
「おまたせ」
試着室の前で待つこと三分。カーテンが開き、千代が姿をみせる。
「どうかしら?」
「いいんじゃないか」
「ちょっと。そこは可愛いっていうところでしょ?」
ムスッと剥れた表情は、千代が自然と浮かべることのないものだろう。
彩子から話を聞いたときは半ば疑っていたが、こうして目の当たりにした以上は信じるしかない。
「彩子に比べたら劣るかな」
「えっ、……あ、ありがと。まぁ私も彩子なんだけど」
憑依することができるようになった。
彩子のその言葉に嘘はないようだ。
◇ ◆ ◇
それから彩子は、千代の身体を依り代にして様々なことを満喫した。
スイーツバイキング。ゲームセンター。猫カフェ。またスイーツバイキング。
「シュガーちゃんの名は伊達じゃないな」
「引用元は佐藤っていう名字だけどね」
「けどいいのか。千代が太るぞ」
幸福を享受しているのは彩子だが、その代償を引き受けるのは千代だ。
「大丈夫。この子は消化したカロリーが全部胸にいく体質だから」
滅茶苦茶な理論を展開し、彩子は本日十個目のケーキを口にする。どれだけ食うんだ。
「今後は千代の身体を借りていろいろできるな」
「っ! こほこほっ! え、えっち!」
「どうしてそうなった」
さては彩子はむっつりなのではないだろうか。
「やむを得ない場合を除いて千代の身体は借りないわよ。だって千代の身体だもの」
「彩子が頼めば喜んで聞き入れてくれそうだけどな」
昨日もふたつ返事で承諾していた。彩子とのドッキングならいつでもウェルカムです、と。
「ありがとう怜太。私のワガママを聞いてくれて」
フォークを皿の上に置き、まっすぐ怜太を見つめてくる。
「今日はすごく楽しかったわ」
「ならよかった。今後もなにかしてほしかったら我慢せず言いなよ。できる限り聞き入れる」
「そういうとき、怜太は大抵聞き入れてくれるのよね」
席を立ち、彩子は新たなショートケーキを持ってくる。まだ食うのか。
「じゃあ早速おねだりしちゃおうかしら」
ケーキを切り分け、怜太の口にフォークを伸ばしてくる。
「あ~ん」
「しないが?」
「私のワガママをできる限り聞き入れてくれるんでしょ? あ、ならこうしましょう。私があ~んして、怜太が私にあ~んして、仲直り成立。どう。名案じゃないかしら?」
「どこが?」
今日一日、こうして同じ時間を共有している時点で既に仲直りしていると思う。
「ほら、早くして。手が痺れてきたわ」
「だからしないって――むごっ!?」
無理やりフォークを差し込んできた。
「はい、次は私の番ね。あ~ん」
怜太にフォークを渡し、彩子は目をつぶって大口を開く。
(俺のことを信用しすぎなんじゃないか)
五秒間じっとするも、彩子の睫毛は動かない。変わらず怜太のアクションを待っている。
(……ずっとそのままでいるのも顎が疲れるだろうからな)
ため息をつき、怜太は彩子の口にそっとケーキを運んだ。
「ん、美味しい! ありがとう怜太。これ一度やってみたかったのよ」
「俺が無視してたらどうするつもりだったんだ」
「するわけないじゃない。私は怜太を信じているわ」
ストレートに言われて面食らう。
そんな怜太を尻目に、彩子は頬を緩めてぱくぱくとケーキを平らげていく。
(おかえり彩子)
怜太が頬を緩めたことに、目の前のケーキに夢中になる彩子は気づいていなかった。




