第12話 篭絡
動画の方向性を『消えたシュガーちゃんの真相に迫る』に変更するに伴ってなにより懸念していたのは、視聴者が減ってしまうことだった。
彩子と過ごす何気ない日常や刺激的な動画を期待している客層は、この変化を期にこのチャンネルから離れる。そう覚悟していたが、思いのほか再生数に変動は見られなかった。むしろコメントも再生数も増えている気がする。
それに安堵する反面、悔しくもあった。このテーマは、〝あいつ〟の非道があり、彩子が犠牲になることで生まれたものだから。
動画編集をしていると、インターフォンの音が鳴り響いた。珍しいことだが、来客が誰かは確認せずともわかる。隠しカメラを起動させて玄関に足を運ぶ。
「あ」
扉の向こう側には、思っていた通りの相手がいた。
帽子を目深にかぶった少女は、焦った様子で頭を下げてくる。
「お、おはようございますごめんなさいこれお土産です!」
口早に言って差し出されたのは、材質のいい紙袋。中にはお高そうな大福が入っていた。
「ありがとう。ところでなにに対しての謝罪かな」
「あ、その、目の下の隈がすごいので私のために無理に時間を設けてくれたんじゃないかって」
委縮して怜太を憂える姿から芝居がかった感じはしない。素で相手を気遣うことができる子なのだろう。
「西宮さんは事前にアポを取ってくれた。仮に寝不足だとしても非はこちらにあるよ」
今、正面にいる彼女は西宮千代。DREAMERのメンバーのひとり。一番人気のちよちー。
「寝不足なんですか?」
「色々と忙しくて」
「YouTuberって大変なんですか?」
「うん、まぁね」
「撮影から編集まですべてひとりで行っているんですか?」
「……あぁ」
ぐいぐい来るな、と思いつつ会話を切り上げて家にあげる。お邪魔しますと礼儀正しくあいさつした千代だが、玄関で棒立ちしたまま足を進めようとしない。
「どうかしたかな」
「あ、いや……」
きょろきょろと瞳を泳がせて言葉を探している。
卑屈で煮え切らない子だ。そこが良いという人がいれば、それをウザったく思う人もいるだろう。怜太は後者だが、顔や態度には出さないよう努める。
「……彩子はいますか?」
奈子や久留実が口にする〝彩子〟とは違い、千代が口にする〝彩子〟には温かみがあった。
「いないよ」
「……そうですか」
だからどうしたというのだろう。これから怜太と千代がすることに、彩子は居ても居なくても問題ないというのに。
そこでふと、怜太は元弥からあらかじめ聞いていた話を思い出した。
「大丈夫。俺は君をそういう目で見ないよ」
千代が大きく目を見開いた。やはり恐れているのは過去のトラウマのようだ。
元弥は千代の後任マネージャーである。前任していたマネージャーは、車で千代に性的暴行を働こうとして解雇処分されたそうだ。千代に聞く前から、その話は元弥の耳に入っていたとのこと。
そんな出来事があり、千代は男性とふたりきりになる機会をできるだけ控えてほしいと元弥に懇願しているのだそうだ。もっとも、これは彼女が負う傷の中では軽傷の類なのだが。
「……信じていいんですね?」
「あぁ。俺は彩子にしか興味がない」
ぱちぱちと瞬きして、千代はぷっと吹き出した。
「そんな恥ずかしいこと、よく堂々と言えますね?」
早くも打ち解けてくれたみたいだ。警戒心の緩い子である。彼女が何故いくつもの不幸を背負ってしまっているのか、少しやり取りをしただけ理解できた。
彩子という名前は、彼女とコミュニケーションを円滑にする上で欠かせない要素になるだろう。彩子がまだDREAMERSに所属していた頃、ふたりはプライベートでも遊ぶ仲だったのだという。
今は険悪な間柄だし、これまでも彼女が怜太をどう思っていたかわからないが、仲がよかった体を演じて、旗色が悪くなりそうなときは話を捏造しておこう。
嘘をつくのは怜太の十八番である。
◇ ◆ ◇
どうして千代を呼び出したのか。
ずばりDREAMERSの裏側の事情を探るためである。
情報を提供してくれるのなら久留実でも奈子でも構わなかったのだが、ふたりを抜粋するのはいろいろと都合が悪かった。久留実は勝ち気な性格のため、弱みを握っても気を弱らせるのではなく昂らせてしまう。奈子は機転が利くため、怜太の真の目的を看破してしまう危険性がある。
その点、千代には篭絡しやすい要素がいくつもあった。だから千代を選んだ。
「ふたりとはいつから険悪な間柄なんだ」
「彩子がいた頃からです。だから……五年前ですか」
もうそんなに経つんですね、と千代は微笑を携える。
「久留実さんと奈子さんは私より一歳年上なんです。芸能界に所属している期間だと、久留実さんは三年、奈子さんは二年先輩になります。……だから、気に食わないのでしょう。DREAMERSの発足と同時にデビューした私や彩子が一位の座を冠することが」
今のDREAMERSでは、千代が圧倒的人気を博している。グラビア進出。演技の才を生かしての多数のドラマや映画出演。ほかのふたりよりも、千代を目にする機会の方が圧倒的に多い。
「なにか嫌がらせをされたりしたのか」
「些細なことです。やっかまれたり、距離を置かれたり。……昔は可愛がってくれたんですけどね」
先日楽屋で見た、久留実と奈子は近くにいるのに千代だけ部屋の隅っこにいるという状況。どうやらあの状態がデフォルトらしい。
「思った通りみたいだな。西宮さんがふたりと不仲ってことはテレビを見ていればわかった。あのふたりと西宮さんの視線は全然交わらないからね」
「よくそんな細かいことに気づきますね」
驚いた顔をしている。一時は本気で演出プロデューサーを目指していたのだから、これくらいは気づける審美眼が備わっていて当然だろう。
コーヒーをすすり、軽く身を乗り出して怜太は訊ねた。
「アイドル活動、楽しい?」
千代は軽く肩を揺らす。息をつく余裕を与えず怜太は畳みかける。
「メンバーからやっかまれて、マネージャーからは一生ものの疵をつけられそうになって。けど、不思議なことに俺は西宮さんからそのことを聞くまでなにも知らなかったんだ」
嘘である。怜太はすべて知っている。知った上で、知らないふりをして、千代にゆさぶりをかけている。本人の口から情報を明かしてもらうという決定的な証拠を引きずり出すために。
「平澤さんや仁羽さんとは、プラベートでも頻繁に遊ぶ仲だとインタビュー記事に書かれていた。前任していたプロデューサーは別の会社に移籍し、西宮さんは彼の今後の活躍に期待していると、これも別のインタビュー記事に書かれていた」
用意しておいた紙面を見せつける。瞬時に見つけられるように、該当する部分を蛍光ペンでなぞっておいた。
「芸能界が偽りの情報ばかりでできていることは知っている。そして、それが暗黙の了解であることも知っている。しかし、それは本人の同意があってはじめて成立するものだ」
これが、久留実と奈子にはあって千代にはないものだ。
ふたりはエンターテイメントという呪縛に囚われて自我が死んでいるが、千代は違う。
DREAMERSの西宮千代ではなく、ありのままの西宮千代が息をしている。
「単刀直入に聞く。どうしてアイドルを辞めないんだ」
「……辞めたいなんて、私、一言も」
なら、今の逡巡はなんだと言うのだろう。とどめの言葉を突きつける。
「白窪雄策の秘密を教えてくれたら助けてやる。週末俺の家に来い。撮影日、俺が君にだけ名刺と一緒に渡したメモだ。当日である今日、君は俺の家にいる。それはつまり、俺に助けを求めているということだろう」
なおも口を結んだままの千代に、怜太はコーヒーで喉を潤して告げた。
「言い方を変えよう。――〝あいつ〟は君のどんな弱みを握って芸能界に拘束しているんだ」
千代の怒り肩がなで肩になる。表情も凪いでいた。
「阿久井さんはなんでも知っているんですね。あの方とはどういったご関係なのですか」
「君が俺の欲しい情報をくれたら明かそう」
「そこまでして知りたいことでもないんですけど」
苦笑し、千代はコーヒーをすする。ふぅと息をついて怜太を見つめた。
「念のため確認ですけど、隠し動画を撮ってたりしませんよね?」
「あぁ撮っていないよ」
「ならよかったです。阿久井さんは安心感のある人ですね」
にっこりと笑う。馬鹿な女だ。そんな甘い性格をしているから痛い目を見るのだ。
千代は神妙な面持ちで口を開いた。
「結論から言いましょう。阿久井さんの言う通り、私はアイドル活動を辞めたいと思っています」




