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五話:プレアデス会議

 プレアデス会議当日、レナードは魔力を編んでいた。昨晩アルに会ってきた。やれることはやった。あとは、俺がしくじらなければいいだけ。


「レナード、行くぞ。」


 アスモデウスの声に目を開ける。目の前にあるのは紫色のゲート。レナードはアスモデウスと共に、プレアデス会議の会場へと足を踏み入れた。



・・・・・



 魔法で夜空が広がっている天井の下。中央に円卓、七席の椅子が置かれた簡素な部屋のようだが、第一階級の傲慢の悪魔、そのトップであるルシファーによって厳重な保護魔法がかけられている。

 レナードとアスモデウスが入室した時には、既に強欲の悪魔のトップであるマモン、暴食の悪魔のトップであるベルゼブブ、憤怒の悪魔のトップであるサタンが付き添いを連れて座っていた。マモンがアスモデウスを見てパァッと顔を明るくする。


「やぁやぁアスモデウス!  久しぶりだなぁ元気にしてたか。」

「ああ、私は特に変わりないよ。ベルゼブブも久しぶりだね。」

「ああ。久しぶり、だ。お前、変わってない、な。」

「おいアスモデウス、ワタシとも久しぶりだろうが。無視する気か?」

「そんなことないさサタン。先日は青い薔薇をありがとう。執務室に飾ってるよ。」

「フン……そう。まぁ? 気に入ってくれたのなら? 贈った甲斐があったが?」

「なになに、サタン青い薔薇なんて贈ったのか? この花の似合わない老人に?」

「おいマモン、それは悪口と捉えていいのか?」


 アスモデウスが言うとマモンがけらけらと笑う。空気は穏やかだ。これから起きることを知らなければ、レナードも気を緩められただろうが。

 ゲートが光る。入ってきたのはレヴィアタンと、怠惰の悪魔のトップであるベルフェゴール、それぞれの付き添いが後ろに控える。レヴィアタンは黙って席に座り、ベルフェゴールは席につくと大きく欠伸をした。サタンが目ざとく指摘する。


「ベルフェゴール、またゲームで徹夜したのか?」

「んん……ええ……今日会議だから早く寝ようと思ったんだけど……マリオが面白くて……」

「ベル、元気なのは、いいが、いずれ、体を、壊すぞ。」

「ベルゼブブの言う通りだよ。人間ほどではなくても、睡眠は大事だ。」

「うーん……」


 アスモデウスの言葉にベルフェゴールは聞いているのかいないのかわからない返事を返す。そこで再びゲートが光った。入室してきたのは、ルシファー。その後ろに、三体の白い姿……大天使だ。先頭から、ミカエル、ガブリエル、ラファエル……大天使が集まっているだけでも大変なことだ。ルシファーが席に座ると、背後に三つの椅子を出現させ、大天使達がその席に座る。ルシファーは円卓を見回して息を吐いた。


「皆集まってるな。それでは、プレアデス会議を始める。」

「え? ちょっと待てよ、大天使は四体だろ? ウリエルはどうしたんだ?」


 マモンの問いに、ルシファーは首を横に振った。


「今伝導者達はそれどころじゃないそうだ。なんでも、ウリエルが行方不明らしい。」


 場がざわつく。レナードは汗をかいた拳を握りつつ、パチン、と小さく指を鳴らした。ルシファーが一瞬だけレナードを見たが、気にせず続ける。


「それでは、今回議題が二つある。一つは……アスモデウス。」

「ああ。もうこの体も長くない。私は死んで再発現しようと思う。時代が安定している今がその時だと判断した。だから……私がいない間、アスモデウスの座につく者を決めたい。」


 アスモデウスの言葉に、マモンが手を挙げる。


「それなら、やっぱりレナードなんじゃないか? 色欲の悪魔の中で一番顔が知れてるし、なにより魔法の扱いはピカイチだ。」

「そうだな。人望が厚く、出世欲がこれっぽっちもないのが気に食わんが、適役だろうとは思う。」


 サタンがマモンの言葉に加勢する。ベルゼブブとベルフェゴールは頷いており、ルシファーは「ふむ、」と。


「過半数が賛同しているようだが、アスモデウス、其方の意見は?」

「私も同意見だ。問題はレナードが引き受けてくれるかだが……」


 アスモデウスがレナードの方を振り返る。レナードを息を吐いて頭を掻いた。


「あー……わかったっすよ。でも、アスモデウス様が戻るまでですからね。元々まとめ役は苦手なんすよ、俺は。」

「うむ。それでは、レナードが後任となる案に賛成の者。」


 全員が手を挙げる。ルシファーが頷いて、手元に書類を出現させ、サインしたものをふわ、とアスモデウスに飛ばす。アスモデウスがそこにサインし、レナードに手渡されてレナードもサインを書く。すると書類は端から焼け落ちるように消滅した。


「では、次の議題だが、天使達が和平協定の見直しをしたいと」

「失礼します!」

「……なんだ、今重要な会議の最中だぞ。」

「申し訳ありません、ラファエル様にご一報を。」


 入ってきた天使がラファエルの傍に走り寄り、耳打ちする。ラファエルが目を丸くした。


「ウリエルが……殺された?」


 再び場がざわつく。大天使も流石に動揺せざるを得ない。そんな中、レヴィアタンだけがにやりと笑った。ルシファーがパンパンと手を叩く。


「静粛に。ラファエル、どういうことだ。」

「それが……ウリエルの死体が見つかったそうです。誰かに襲われた形跡があると。」

「犯人は?」

「まだわからないそうです。でも、現場に残された魔力の質からして…….恐らく、悪魔かと。」


 マモンが舌打ちをする。サタンが円卓を叩いた。


「なんだよ、それってワタシ達のせいだって言いたいのか?」

「いえ、そんなことは……客観的調査の上で発覚した事実を申し上げただけで、」

「ルシファー、コイツの言い分は胡散臭いぞ。ワタシ達に濡れ衣を着せる魂胆かもしれない。」

「そんな!」


 ラファエルが声を上げるが、サタンは鼻で笑った。ベルフェゴールがボソッと言った。


「この機会に……和平協定を取り消すつもり、とか?」


 シン、と静まり返る。誰も口を開かない中、沈黙を破ったのは。


「なぁミカエル、もういいんじゃないか? おままごとに付き合うのはここまでで。」


 ガブリエルの言葉。何も言わないミカエルを気にせず、ガブリエルが立ち上がる。見下すように周りを見回して、吐き捨てるように言った。


「少々計画が崩れたが、問題ない。我々は和平協定の見直しなんかのためにここに来たわけではない。和平協定を取り消し……お前達を断罪する、その準備のためにここへ来た。」

「断罪、だと?」


 ベルゼブブが聞き返す。ガブリエルは懐からあるものを取り出した。青く光る丸い球。ガブリエルが話す。


「強力な契約石だ。これでお前達を断罪する契約を結び、我々はお前達を撲滅する。」

「何を言うかと思えば。そんなことができるなら天魔大戦が四百年も続いたわけがないだろう。」


 アスモデウスの言葉に、ガブリエルはせせら笑う。


「じゃあやってみせようか。今から、お前達の尊厳がなくなる契約を――」


 その時、シュンッと転移魔法の音がしたと同時にガブリエルが勢いよく倒れた。ガブリエルの片手が赤く腫れ上がっている。ガブリエルが見上げた先にいたのは……レヴィアタン。


「ご苦労だったな。天使共。」

「なっ、何をする!」

「悪いがこれを使うのは、俺だ。」

「……どういうことだ? レヴィアタン。」


 ルシファーの声にレヴィアタンが笑い声を上げる。マントを翻し、全てが愉快とでも言いそうな口ぶりで。


「計画通りさ。ウリエルが死に天使達は大混乱、統率の取れていない状態の奴らを一掃することなんて容易い。だがそれはほんの前座だ。俺の目的は、悪魔を支配する絶対的強者となること。そのためにこの契約石が必要だった……今からお前達には、無理にでも俺をお前達の支配者と認める契約を交わしてもらう。天使達のことは俺があとでたっぷりいたぶってやるよ。その末に絶滅させるのも面白いな。この世に天使がいない世界! ああなんて素晴らしい。俺の望んでいた世界がやっと!」


 青く光っていた球が赤く光り始める。レヴィアタンが一層笑みを深めた。長らく切望していた支配者に、やっとなれる。やっと念願の地位にのしあがれる。球から溢れる光が空間を満たす。レヴィアタンが球を掲げた、その刹那――


 パチン。


 レヴィアタンは席に座っていた。立っていたはずなのに、なぜ俺は今座っている? 周りを見渡せば、他のトップの悪魔達は席についている。大天使達も椅子に座っており、時間が……巻き戻ったような……。


「言質はとったぜ、レヴィアタン様。いや、もう様付けは必要ねぇか。」


 レヴィアタンが振り返れば、レナードがうっそりと笑っていた。レヴィアタンは信じられなかった。レナードから感じる魔力、それは、どう見ても……。


「何が起きているのかわからねぇだろう。そりゃそうだ、一世一代の賭けだったが、俺がアンタに幻覚を見せたんだ。アンタの筋書き通りに事が運ぶ様をな。そして決定的な発言をアンタは吐いた。言い逃れはできねぇぜ。賭けは俺の勝ちだ。」

「な、何を言って、何を言っているんだ! それも、お前、お前のその魔力は……」

「ああこれか? 俺は昨日の時点でアスモデウス様から座を引き継いだんだ。俺は既にアスモデウスの地位についた。格が上がれば魔力の量も質も段違いなのは知ってるだろう? だからアンタの耐性を気にせず幻覚を使えたんだ。見事にハマってくれたな、レヴィアタン。」


 わなわなと震えるレヴィアタン。ルシファーが咳払いをして、レヴィアタンがびくりと跳ねる。


「レヴィアタン、其方は嫉妬の悪魔、妬む感情が根底にある悪魔である以上支配欲は切り離せないだろう。だが目先の利益のみを追求し、多くの悪魔達、天使達を危険に晒そうとした、これは明らかに反逆罪である。」

「まっ、待ってくださいルシファー様、違うんです、これは」

「よってレヴィアタンを、永久追放とする。異論のある者はいるか。」


 誰も何も言わない。レヴィアタンは顔を青ざめさせた。そしてガタッと立ち上がりルシファーの元に跪いた。


「お願いしますルシファー様、どうか、どうか永久追放だけは」

「これでも軽い処置だと思うが? 其方はこれから空間を漂うカスミと変わらない生を送ることになる。気が狂いそうになるだろうな。だが其方の犯した罪がそれほど、いやそれ以上に重いものと知れ。話は以上だ。」


 ルシファーがスッと手を振る。レヴィアタンの周りに黒い光が飛び、悲鳴を上げるレヴィアタンと共に消滅した。


「……ご苦労だった、レナード。」

「いや俺は……まぁ、大変でしたけど。」


 ルシファーの言葉にレナードはふぅと息を吐いた。この計画の大元は、シャインから伝えられたものだ。


『レナード、ボクはキミに、話さなくちゃならないことがある。』

『話さなきゃならねぇことって?』

『ボクたちは今、レヴィアタンを失脚させる計画を進めているんだ。』


 シャインは言った。天魔大戦が始まるきっかけとなったレヴィアタンは、和平協定をかろうじて結んではいても、いずれまた牙を剥く。今後悪魔と天使が平和的に存在し続けるためにも、レヴィアタンは邪魔だった。だから、まずレヴィアタンに、天使が悪魔を滅ぼそうとしている計画を聞かせる。それを聞いて、その計画をうまいこと利用してやろうと考えるレヴィアタンを、こちらが逆手に取る。そんな計画を立てていたという。


『でも、肝心の逆手に取る方法が決まらなくて……本当はプレアデス会議の時にレヴィアタンの魂胆を引き出せればいいんだけど、そんなうまくいくかわからないし……」


 そこで俺は閃いたのだ。思い出すのは、マルコシアスが語ってくれた幻覚計画。確かに俺の魔力で生成する幻覚ではトップを惑わすことなんてできない。でも、アスモデウス様に協力してもらえば……ただ、アスモデウス様がレヴィアタン様に加担する可能性もある……と、その旨を訥々とシャインに語ると、『ああそれは心配ないよ。』と。


『この計画は、ボクたち大天使と、ルシファー、マモン、サタン、そしてアスモデウスに協力を要請してるから。そもそも、この計画はルシファーが発案者だよ。』


 ぽかんとしてしまった。そんな素振り、アスモデウス様には全く見られなかったのに。だがハッとして、レナードは思考した。それなら、賭ける価値は、ある。


「よくやった、レナード。お前を選んで正解だった。」


 アスモデウスから笑いかけられ、レナードは疲れたように笑う。ベルフェゴールがむすっとした顔で呟いた。


「私……何も聞いてない……」

「俺も、聞いてない、ずるい、仲間はずれ。」


 ベルゼブブも不満そうな顔をしている。しかし仕方なかった。ベルフェゴールは嘘がつけない性格で、ベルゼブブも肝心なところで抜けている性質だ。ルシファーは流石にこの二体には声をかけられないと思ったのである。


「まぁまぁ。さて、それじゃあ件のウリエルはどこに?」

「ここでございます。マモン様。」


 ゲートから降りてきたのはアルとシャイン。ラファエルが合図を送ったことでやってきたのだ。


「やぁウリエル。会うのは千年ぶりくらいか? 懐かしいな。」


 そう言うアスモデウスは、シャインに向けて手を差し出した。驚いているシャインに、アスモデウスはん? と。


「ああすまなかった、ウリエルはこっちだったな。」


 そう言ってアルに手を出すアスモデウスに、アルが困ったように笑う。レナードはアスモデウスが入れ替え作戦に気づいていることを察した。サタンが足を組み替えて言う。


「それで? 今回の会議は以上なのか?」

「ああいや、まだ終わりではないのだ。ガブリエル、語ってくれ。」

「ああ。」


 ガブリエルが立ち上がり、ルシファーの隣に立つ。凛とした声で言った。


「我々は、天使と悪魔を融合させた新たな種族を定義しようと思っている。」

「融合……?」

「天使と悪魔を? いやだが、天使と悪魔は成り立ちから全く違っているじゃないか。」

「そうだ。だが魔族であることには変わりない。だから、天使のことを『天』、悪魔のことを『魔』と呼び、その総称として、『天魔』と名付け、仲間意識を持つことで、天使と悪魔間の軋轢をなくす、そういう筋書きだ。」


 レナードは考えた。確かにそれで緩和される部分は大きいだろう。だがそれでも、軋轢をなくすにはやはり時間がかかるのでは。そう思っていたら、ルシファーが言った。


「そしてここで、我々の婚約を発表する。」

「はい?」

「え? ……何? ……婚約?」

「聞いてない、んだが、」

「私は知ってた。」

「なんでアスモデウスだけ知ってんの?」


 ルシファーがガブリエルの腰に手を回す。ガブリエルが「おいちょっと、ここではやめてくれよ。」と言うが、ルシファーは我関せずといった様子だった。マモンが溜息をつく。


「……まぁ、そういうことなら話は早いかも知れないな。」

「天使と悪魔間の、問題の……平和的解決策としては……いいかも……」


 ベルフェゴールが頷く。アスモデウスもうんうんと首を振っており、レナードはなんだか幸先がいいような気がしてきた。

 すると今まで黙っていたミカエルが立ち上がった。


「『天魔』……この名はきっと我らを導いてくれることだろう。反論のある者はいるか。」


 皆一様に首を横に振る。ミカエルが紙を出現させ、サインする。ルシファーに手渡し、ルシファーもまたサインして頷き、全員に向けて言った。


「話は以上だ。今回の会議の内容はこれまで通り魔界新聞で全魔族に報告する。それまでは他言無用でいてくれ。それでは、閉会。」

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