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四話:依頼という名の

 眠い目を擦って。心地のいい満腹感にまだうとうとするが、隣を見た。すぅ、と寝ているシャインの瞼は下りているが、その美形は寝ていても美しい。週一でシャインと寝るようになって、三週間。レナードはシャインとの距離が近すぎることには気づいていた。それでも、手放せない。食事を理由にしているだけでは説明のつかないナニカがあった。少なくとも、俺はシャインのことを餌として見ているだけではない、そのことには流石に気づいた。だが、じゃあなんなんだ? 俺にとって、シャインとは? それがわからなかった。それは、シャインのことも。レナードは一つの疑問を問いかけられずにいた。


「なぁシャイン、アンタはどうして、俺にそんなに構うんだ? ……なんて、な。」


 眠っている相手に聞いても無駄かと、レナードは反対を向いて目を閉じた。相手が目をうっすらと開けたことには気づくことなく。


「……そんなの、キミが特別だからだよ。」



・・・・・



 アスモデウスの執務室に呼ばれたレナードは、かれこれ三十分待たされていた。時間には厳格なアスモデウス様らしくない、と思っていたら、ノックがして使用人が入ってきた。続いてアスモデウス、その後ろにもう一体。レナードは立ち上がった。


「ああレナード、すまないな。コイツが全く時間を守らないからこんな時間になってしまった。」

「いえ……俺は別にいいっすけど……なんでレヴィアタン様と一緒なんすか。」


 嫉妬の悪魔のトップ、レヴィアタンは、大柄の体を揺らしながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。そういえばレヴィアタン様は時間感覚が緩かったな、と思い出しつつ。レナードはアスモデウスに促されて椅子に座った。アスモデウスとレヴィアタンも席につく。レヴィアタンが鋭い視線をレナードに向ける。


「それで……お前がアスモデウスの隠し球か?」

「え?」

「そうだよレヴィ、コイツほど誇れる部下はいない。」

「ほぅ……」


 レヴィアタンに品定めするような視線で舐められる。レナードはこの場がレヴィアタンによってセッティングされたものだと勘付いた。


「レナード、ここに呼んだのは他でもない、レヴィアタンからお前に依頼したいことがあるそうなんだ。」

「依頼?」


 するとレヴィアタンがパン、と両手を叩いた。途端に保護魔法が発動したことに気づいたレナードは身を固めた。ただでさえアスモデウスの結界が張られている部屋で、わざわざ保護魔法を展開させるということは、今から喋る内容は間違いなく、他言無用。

 レヴィアタンは静かに切り出してきた。


「お前に依頼したいのは他でもない、大天使ウリエルの暗殺計画、その実行役になってもらいたいのだ。」

「暗殺、計画……?」


 レナードは絶句した。暗殺計画なんてものが企てられていたのも驚きだったが、それを俺にできると思っている目の前の悪魔に驚いた。


「い、いや、待ってください、俺が? 暗殺? それも大天使ウリエルを相手に? ていうか、なんでそんなことに? だって、天使と悪魔の間には、和平協定が、」

「そう、和平協定があったんだがね……」


 アスモデウスが悩ましそうに言う。どういうことだ、あった、とは。過去形なところ、一体何があったんだ。するとレヴィアタンが続きを引き継いで言った。


「……一ヶ月後にプレアデス会議が行われるのは知っているな。」

「はい……知ってますが、」

「これはまだ公にはしていないんだが、今回の会議には天使が参加することになっている。大天使四体がな。」


 聞いたことのある情報だが、レナードは驚いた素振りを見せた。大天使が全員来ることは知らなかったが、実際何度聞いても驚ける話だ、嘘はついてない。


「その理由が、和平協定の見直しだと大天使達は言っていたんだが、ウチの隠密部隊が明らかにした。奴等は天使によって悪魔を断罪するための契約を交わすために来るようだ。」

「断罪……?」

「和平協定を破り、悪魔を滅ぼすことを天使達は選んだのだ。これは明らかに不当だ。そも不可能なはず。だが天使達にはそれができる用意がある……平癒者の天使達が最近騒がしくしていたのだが、その理由がわかった。彼等は数多にある世界から少しずつ魔素を掻き集めて高純度の契約石を作ったらしい。それがあれば、どんなにこちらが拒んでも強制的に契約が成されるそうだ。」

「そんな……」

「それを打ち砕くために、大天使ウリエルを暗殺しなければならないのだ。」

「……すみません、繋がりがわからないんすけど。」


 レナードが本心を言うと、続きはアスモデウスが話した。


「大天使達それぞれの保護魔法は簡単に破れるものじゃない。階級が上であればあるほどな。逆を言えば、階級が下であればあるほど保護魔法が弱い。そこにお前の話が転がってきた。」

「俺の話って……」

「レナード、なんでも最近、ウリエルの補佐と仲良くしているな。」


 否定は、できなかった。アスモデウスの確信している声に抗える余地はなかった。


「ウリエルは無数の天使達を同時に指揮している。大天使の中でもかなり負荷の高い役割だ。そんなウリエルが死ねば、」

「一時的に天使達は混乱状態に陥るだろう。そこに、我々の部下を送り込む。ウチの精鋭部隊だ。魂の核を破壊して転生すら許さないようにし、そのまま天使達を一掃するという計画が既に進んでいる。一掃できなくても再起不能くらいにはできるだろう。だが実際にウリエルを殺す悪魔が決まっていなかった。しかし今、ウリエルに最も近い悪魔がいる。お前のことだ、レナード。」


 レヴィアタンはレナードを見据えた。レナードは拳を握った。レナードは悪魔も天使も総じてクソだと思っている。だが滅ぼしたいなんて思ったことはない。これにはトップの言葉だとわかっていても、反対だ。応じることはできない。何か他に方法があるはずだ。そう思って口にしようとしたら、レヴィアタンが低く言った。


「発言に気をつけることだな。せっかく見つけたいい餌が、消えることになるかもしれんぞ?」

「っ!」

「お前には堪えるだろうな。まぁ、餌程度に思っているのなら必死になる必要はないはずだが……その様子からして、餌の枠を超えているのではないか?」


 言い返せなかった。餌の枠を超えている、その通りだった。言葉に詰まるレナードだったが、絞り出した。


「……脅す気っすか、レヴィアタン様。」

「お願いをしているんだ。天使にこれ以上好き勝手されるわけにはいかん。わかってくれるな? レナード。」


 レヴィアタンとアスモデウスの視線を受ける。レナードは心の中で天秤が揺れた。引き受けるか、断るか。思い出すのはシャインの姿。だが思い出してしまったせいで、選択肢など一つしかなかった。


「……わかりました。やります。」


 レナードは、頷くしか、なかった。



・・・・・



 実行のタイミングはプレアデス会議の前夜を指定された。レナードは心が重かった。これが成功すれば、天使は悪魔によって虐殺される。だが失敗すれば、悪魔が天使に滅ぼされる。どちらも嫌な未来だった。

 アスモデウスとレヴィアタンは話があるらしく、レナードを退出させた。執務室を出て、館の外に出て。何か方法はないか考えていると、「あの、」と呼びかけられた。


「レナードさん、ですよね。」


 きっちりとした黒の、装飾の少ない服装からして、嫉妬の悪魔か。若く見えるが、その悪魔は名乗った。


「マルコシアスと言います。ちょっと……話したいことがあって。できれば……保護魔法をかけて欲しいんですけど。」


 レナードはパチンと指を鳴らして保護魔法を念の為幾重にもかけた。マルコシアスが驚いた表情を見せる。


「それで? 話って?」


 マルコシアスがハッとする。咳を一つして、レナードに向けて。


「レナードさん、ウリエルを殺さないでください。」

「どういうことだ?」


 マルコシアスは話してくれた。自分はレヴィアタンの言っていた精鋭部隊に所属する悪魔だという。暗殺計画も発案された時から知っていて、しかしその時から疑念があったと。


「俺には、ウリエルを殺すのが最適解とは思えないんです。もっとやり方があるはずです。和平協定が結べたのだから、それは不可能じゃないはずだって、俺、俺っ……でも、こんなことレヴィアタン様に言えるわけないじゃないですか。だから……」

「俺に失敗しろと?」

「違います。幻覚を見せるんです。」

「幻覚?」

「レナードさんは幻惑魔と呼ばれるほど幻覚が上手いと聞きました。レナードさんなら、レヴィアタン様も騙せる幻覚でウリエルを殺したように錯覚させられるのでは? それに大天使達も、契約が成立したように見せかけて帰らせてしまえばいいじゃないですか!」

「それは……無理だ。」

「え!? どうして……」


 レナードは迷ったが、説明してやることにした。


「上位存在は精神系魔法に対する耐性がめっぽう強い。俺であっても猫騙しもできねぇよ。」

「そんな……いい案だと思ったのに……」


 仕方なく、「……考えとくから、なんかあったら思念伝達で教えてくれ。」と言ってパスを繋げて、レナードはマルコシアスと別れた。



・・・・・



 どうすればいいんだ? レナードはシャインのいる宿屋に向かう道中ずっと頭を悩ませていた。とりあえずシャインにウリエルと話せるか聞いてみるか? だが話してどうする、大天使が全員賛同したから今回のようなことになっているんだろう。それをただの一端の悪魔がひっくり返せるか? 俺はそうは思わない。流石に無理だ。じゃあ?

 宿屋に着いて。お連れ様が先に来られていますと窓口で言われたから、もうシャインは来ているんだろうと。部屋に入って、奥の寝室に入ろうとした時だった。何か聞こえる。思わず聴覚を魔法で研ぎ澄ませてしまった。だが保護魔法がかかっている。ノイズがかった音しか聞こえない。聞かない方がいいかと迷ったが、好奇心が勝ってしまった。試しに保護魔法の穴を見つけ出してこっそり聞き耳を立てれば、そこで聞こえてきたのは。


〈――ています。計画は滞りなく進んでおります。心配ありません。〉

「そう? まぁそれならいいんだけど……レヴィアタンの方は?」

〈精鋭部隊が天使達を一掃できると本気で思っているようです。わからせますか。〉

「いや、それは当日やるから。キミは本来の役割を遂行して。」


 レヴィアタンの計画が……漏れている? レナードは部屋の中を覗いた。ベッドに座っているシャインと、あれは……投影魔法で誰かと話している……と、そこで投影されている相手に見覚えがあることに気づいた。新聞だ、ウリエルと紹介されていた天使の写真を見たことがある。今ここで投影されている相手はそのウリエルにそっくりだ。だが今の話じゃ、ウリエルがシャインに敬語を使っていることに……?

 その疑問、続きを聞いて答えがわかった。


〈それでは、ウリエル様、貴方様の御心のままに。〉

「だから、ボクのことウリエルって呼んじゃダメだろ。折角今までボクとキミの入れ替わり作戦が誰にもバレていないのに。」

〈たまには呼ばせてください。私の心は貴方様と共にあり続けますから。〉

「全く……」


 レナードは声を上げてしまいそうだったのを寸前で堪えた。入れ替わり作戦。つまり世の中でウリエルと呼ばれているのはウリエルではなく、シャインこそがウリエル……? レナードは後ずさった。その時床が軋んで音を立てしまい、聞こえてしまったらしい、シャインが振り返ってきた。投影魔法も途絶える。レナードは意を決して口にした。


「シャイン、アンタ……」

「あー、えっと、おかえり、レナード。」

「違う、それが聞きたいんじゃない、アンタは……ウリエルなのか?」


 シャインが動きを止める。そうして頭の後ろを掻くと。


「あー……もう、誤魔化せないか?」

「誤魔化せない。ちゃんと聞いた。」

「んー……」


 レナードが部屋の中に入れば、シャインが「あーっと、えっと……」と。


「……ごめん、今まで騙してた、それは本当。いつか言わなきゃって思ってた、これも本当……騙していたのに信じられるかって話かもしれないけど、ごめん。」


 レナードはふらついた。今まで大天使の一体を相手にしていたのかと思うと気が遠くなりそうだった。かの大天使が悪魔を抱いてる。魔界中が驚くビッグニュースだろう。いやそんなことより。


「なんで、入れ替わりなんてことを……」


 シャインは答えた。数百年近く前、ウリエルを堕天使だととある教会が吹聴し、その話が広まってしまったせいでウリエルの命が狙われる大事になったことがあった。その時、ウリエルを守るためにウリエルの補佐、アルが自分が身代わりになると買って出たのだ。


「本当は止めたんだけど、熱意に負けちゃって。」

「それで今の今まで……」

「うん。ボクはウリエルだと思われないように、アルは自分がウリエルだと思われるように振る舞ってきた。他にこのことを知ってるのは大天使だけ。まだ危険だから、この話は内密にね。」

「それは構わないが……なぁシャイン、あー、ウリエル?」

「シャインでいいよ。何?」

「大天使達が悪魔を滅ぼそうとしているのは本当なのか?」


 シャインは黙った。そうして、レナードを見ると。


「レナード、ボクはキミに、話さなくちゃならないことがある。」

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