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むしゃくしゃ

*****


畠山がドアの前に立つ。

バーのドアが自動的に開いた。


年配のバーテンダーが

「いらっしゃいませ」と声をかけ、コウのいる方に手で導く。


畠山はバーテンダーに会釈をし、コウが座るテーブル席へと向かった。


コウは既に飲み始めていた。

ボーイがメニューを持ってきた。

畠山はコウと同じものを、と頼み、椅子に背中を預けゆったりと座った。


酒が届くと、畠山は一口飲み、「うん」と頷いた。


コウはその間ずっと沈黙している。

自分から口を開くつもりはなかった。


畠山もわかっているのだろう。

コウを正面から見据えると、話し始めた。


「私は引き抜きをするつもりはないんですよ。

コウさんのことを知って、ただ依頼を受ける仕事をするにはもったいないと思いましてね、

独立をサポートしたいんです」


畠山は回りくどい言い方をするのが好きなようだ。

気に入らない…コウは思った。


コウが何も言わないので、畠山は続ける。

「会社に所属するというのは、コウさんのような職業の方にはメリットがないのではありませんか。

独立すれば、報酬もすべて自分のもの、好きな依頼を選べる、なにより自由です」


全く心が動かない。

時間の無駄だった。


「あんたのメリットは仲介手数料か」

コウが初めて口を開いた。


畠山は、ふっと笑う。

「その通りです」


「他に言うことは?」

コウが聞く。


「シキミさんね、それからイオリさんとタマキさん、この方たちは乗り気ですよ」

畠山が少し得意げな顔をする。


そんなんが切り札かよ。

コウは呆れた。


「終わり?」

コウが言う。


畠山は少し慌てたように、話を続けようとする。


コウは席を立ち、畠山を見下ろす。

「そう、人それぞれだからね。

俺はさ、もう少し面白い口説き文句が聞けると思ってわざわざこの場に来たんだけどさ、

あんた、俺のこと全く理解してねぇわ。仕事が雑」


それだけ言うと、コウはバーテンダーに手を上げ、店を出て行った。


取り残された畠山は、呆然としていた。

コウが一筋縄ではいかないことはわかっていたが、ものの数分もかからずに席を立たれるとは考えていなかった。


殺しは金のためにするものではないのか。

人に使われるよりも、使う方がいいではないか。


そんな常識がコウには通じない…いやあの会社の者たちには通じない。

なぜなら、シキミにもイオリやタマキにも断られていたのだから。


畠山は意味がわからないまま酒を飲み続けた。


*****


翌日、社長に畠山との会合について報告した。


社長は、

「そうかい、そうかい」と嬉しそうに笑っている。


「正直、もっと厄介な奴かと思ってたらさ、

はったりで俺を説得できると思ってた、ただの怖いもの知らずだったよ」

コウが言い、それを聞いていたタニは、

(怖いもの知らずにも程があるわ)とぞっとするのだった。


そこへイオリとタマキが入ってきた。

「コウくん、独立するってほんと~?」


畠山に騙された奴らめ…コウが言う。

「ああ、世話になったな」


すると双子がコウの腕を両方から掴み、

「いやだー、コウくんがいなくなったら、俺たちも辞める~」

と言い始めた。


コウは面倒臭くなって、

「社長も認めたぞ」と社長に振った。


双子が社長を責めに行っている間に、コウはさっさと自室へ戻って行った。




むしゃくしゃするので仕事がしたい。

そんなことを考えていると、タニから通信が入った。


モニター越しに話を聞く。


「依頼なんだけど、他の奴でもいいんだけど、お前がやりたいかな、と…」

タニが言う。


「さすが、タニさん、わかってらっしゃる。

ちょうどそう思ってたところだ。どんな依頼?」

コウが答える。


「殺ってほしいのはこの男。榎木竜之介…相当な巨漢だ。

身長195cm、体重180kg…弾が脂肪に吸収されそうだな」


タニが続ける。

「あちこちを渡り歩いて、用心棒の仕事をしているが、すぐに問題を起こしてはクビになる。

で、先日、とうとうやっちまった。


ボスの娘をその巨漢で押しつぶした。

娘は内臓破裂で死亡。


ボスと部下がすぐにそいつを始末しようとしたが、とにかくデカい上に乱暴だ。

部下がほとんど病院送りになったらしい」


コウが笑いをこらえているのがわかる。

「押しつぶしたって、それ事故じゃねぇの?」


「ま、事故だろうな、しかしそんなこと関係ないだろうが」

タニもコウにつられて笑っている。


「なんか、そいつに同情するな」

コウが言う。


「やめろ」

タニが慌てて止める。

「逃がすにも目立つし、殺るしかないだろ」


「だろうな」

コウが認める。


「じゃ、頼む」

そう言うと、タニは通信を切った。


コウはグロックを手にして、少し考えてからそれを元に戻した。

そして、クロに電話をかけた。



雨が降っていた。


コウは、上下黒のウインドブレーカーに身を包み、男が身を潜めている廃屋に入って行く。

どんなに足音を立てるまいとしても、壊れかけた床が容赦なく、ギシギシと騒ぐ。


屋根も壊れているため、雨漏りもひどい。

こんなところに1人で隠れていたのか。


そっと奥の様子を窺うと、男のイビキらしい声が漏れてきている。

起こさないように、ゆっくりと慎重に進んでいく。


ようやくその姿が見えた時、コウはやはり驚いた。

人間か、と疑うほどの巨漢…よくもまあ、こんなに育ったものだ。


コウは中に入ると、少しずつ近づいていった。

壁に寄りかかって眠っている榎木は、目を覚まさない。


コウは榎木の眉間に照準を合わせると、引き金を引いた。

いつものグロックとは違う、大きな音と衝撃が響いた。


コウは一発で終わらせるべく、威力の大きいマグナム拳銃をクロから借りてきていた。


コウは本当は、この男を殺したくはなかった。

しかし、榎木の行く末を想像すると、順風な未来はどうしても見えてこなかった。

だったら、せめて一瞬で終わらせてやりたかった。

頭に一発、それで終わり。


コウは廃屋の外に出た。

銃の音が大きかったから、直に警察が来るだろう。


雨が降っている。

帰ろう。

コウはゆっくりと歩き出した。


むしゃくしゃは晴れていなかった。


*****


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