河童の川流れ的な
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珍しく、コウが怪我をした。
相手が死に物狂いで振り回したナイフの切っ先が、コウの腹部を切ったのだ。
普段なら避けきれるはずのものだったが、その日コウは少し調子が悪かった。
腹部を掠めたナイフは、コウのシャツを切り裂き20cmほどの長さの傷を負わせた。
幸い深さはあまり深くなかったが、話を聞いた者はそんなコウに驚き、慌てふためいた。
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その日のターゲットは、よくあるヤクの売人、木村凛太朗だった。
元俳優ということできれいな顔をしており、その顔で女性に人気があり、ヤクを捌くのもトップクラスだった。
しかし、そんなプライドがよからぬところで顔を出した。
あるパーティーの最中にいつも通り売り捌いていたら、ライバル視している奴を見かけたのだ。
負けじと売ろうとするあまり、強制的に1人に多めに売ってしまった。
相手は素人同然の若い女性だ。
どれほどの量がヤバいかわかっていなかった。
過剰摂取…。
女性は死んだが、責任を問われるものはいなかった。
当然自己責任だが、死んだ女性の親はそれでは終わらせられない。
ということで、依頼が来たのだった。
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コウにその仕事が回ってきたのは、たまたまだった。
大きな仕事ではなく、すぐに終わるはずだった。
しかし、その日コウは気分がすぐれなかった。
原因は、先日勝手に自宅に訪ねてきた畠山のせいだ。
あれから畠山はすぐには姿を現さなかったが、昨日コウの電話に連絡してきた。
「話す気はない」
コウははっきりそう告げたが、畠山は、
「気にしていない。きっと私の思い通りになるから」
と意味深な言葉を残した。
(どういう意味だろう)
コウは日頃こんなことは深く考えないタチだが、今回は嫌な予感がしてならなかった。
守りたいものができたからか…。
もし畠山が同じことを考えているのなら…。
コウはなかなか寝付くことができなかった。
翌日、木村がいつもいるバーの近くで張っていると、午前1時を過ぎた頃店を1人で出てきた。
(良かった、女を連れていると厄介だった)
コウはそう考えながら、しばらく尾行した。
人気がなくなった住宅街で、角を曲がった木村が待ち構えているのがわかった。
わざと尾行に気付かせたのだ。
コウはワンテンポ遅く角を曲がった。
木村は少し鑪を踏み、手に持ったナイフをコウの横に差し出した。
コウはすかさずその手を掴み、捩り上げ、ナイフを落とさせた。
そこで大抵の悪党は諦めて逃げるが、木村は酔っていたせいか、または腕に自信があったのか、
隠し持っていたもう1本のナイフを振り回した。
コウは避けたが、その隙に木村は落としたナイフも拾い上げ、両手でコウ目がけて振り回した。
やぶれかぶれにしか見えなかったが、コウがグロックで木村の心臓を撃つのと、木村の振り回したナイフがコウの腹を切るのと同時だった。
コウは油断していた。
いや、木村のきれいな顔が最後に悲しそうに歪んだのが、ほんの一瞬リクと重なってしまったのだ。
会社に連絡し、掃除屋と迎えを頼んだ。
血だらけの服でぶらぶらするわけにはいかない。
迎えを待っている間、コウは考えた。
弱気になっているという自覚があった。
畠山の接触が、どうしても気になって仕方がない。
今までの引き抜きの話とは違うと感じていた。
怪我をしたコウを、社長が自ら迎えに来た。
「大袈裟なんだよ」
コウは言いながら車に乗り込む。
「そんなこと言ったって、珍しいじゃない、コウがやられるなんてさ。
わかってるよ、気になってること。
しかし仕事中に考えるなんてさー」
社長が説教じみた話になってきたので、
「つ…痛っ…」
コウは痛いふりをした。
しかし、社長は構わず
「その畠山ってのは、今タニが調べてるから、放っときなさい。
わかった?」
と続けた。
コウはさすがに木村とリクが重なったとは言えなかった。
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翌日、会社へ行くとリクがすぐにコウの部屋へ来た。
「コウさん、怪我をしたって聞いて」
心配そうに近づいて来るリクを見て、コウは昨日のことを改めて後悔した。
自分らしくなかった。
怪我なんてしてはいけない。
仕事中に考え事なんてもってのほかだ。
気を引き締めろ。
惑わされるな。
柔軟こそ俺の強さだ。
そう自分に言い聞かせた。
「リク、心配した?」
コウは笑って答えた。
リクはそんなコウを見て安心したのか、
「心配しましたよー、だってコウさんいつも強いのに」
そう言いながら、口を尖らせた。
コウはリクにコーヒーを淹れてもらい、隣に座らせた。
「全然大丈夫なんだよ、このくらいさ。
ただ、油断してたなって、反省してる。
まあ、河童の川流れ的な?」
「もう」リクが相変わらず口を尖らせる。
コウは、リクの顔をじっと見て言った。
「だから、リクも気をつけてな。
ナツにも言っといて」
「はい」コウの真剣な眼差しに、リクは素直に頷いた。
「というわけで、俺はしばらく休養する。
リク、俺の分もがんばれ」
「え、これくらい大丈夫だって…」
リクは、まったく…というような顔をして見せた。
コウは、いろんな表情をするようになったリクの顔を見ていた。
最初に会った時は、無表情で何を考えているかわからなかった。
「コウさん、なんですか、そんなに見ないでください」
リクが言うと、
「他にすることないんで」
コウが答える。
「だからって…」
言いながらリクも、コウとのこういう会話を楽しんでいた。
コウも、既に畠山のことは頭の中から追い出していた。
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