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河童の川流れ的な

*****


珍しく、コウが怪我をした。

相手が死に物狂いで振り回したナイフの切っ先が、コウの腹部を切ったのだ。


普段なら避けきれるはずのものだったが、その日コウは少し調子が悪かった。

腹部を掠めたナイフは、コウのシャツを切り裂き20cmほどの長さの傷を負わせた。

幸い深さはあまり深くなかったが、話を聞いた者はそんなコウに驚き、慌てふためいた。


*****


その日のターゲットは、よくあるヤクの売人、木村凛太朗だった。

元俳優ということできれいな顔をしており、その顔で女性に人気があり、ヤクを捌くのもトップクラスだった。


しかし、そんなプライドがよからぬところで顔を出した。

あるパーティーの最中にいつも通り売り捌いていたら、ライバル視している奴を見かけたのだ。

負けじと売ろうとするあまり、強制的に1人に多めに売ってしまった。


相手は素人同然の若い女性だ。

どれほどの量がヤバいかわかっていなかった。


過剰摂取…。


女性は死んだが、責任を問われるものはいなかった。

当然自己責任だが、死んだ女性の親はそれでは終わらせられない。

ということで、依頼が来たのだった。


*****


コウにその仕事が回ってきたのは、たまたまだった。

大きな仕事ではなく、すぐに終わるはずだった。


しかし、その日コウは気分がすぐれなかった。


原因は、先日勝手に自宅に訪ねてきた畠山のせいだ。

あれから畠山はすぐには姿を現さなかったが、昨日コウの電話に連絡してきた。


「話す気はない」

コウははっきりそう告げたが、畠山は、

「気にしていない。きっと私の思い通りになるから」

と意味深な言葉を残した。


(どういう意味だろう)

コウは日頃こんなことは深く考えないタチだが、今回は嫌な予感がしてならなかった。


守りたいものができたからか…。

もし畠山が同じことを考えているのなら…。


コウはなかなか寝付くことができなかった。



翌日、木村がいつもいるバーの近くで張っていると、午前1時を過ぎた頃店を1人で出てきた。

(良かった、女を連れていると厄介だった)

コウはそう考えながら、しばらく尾行した。


人気がなくなった住宅街で、角を曲がった木村が待ち構えているのがわかった。

わざと尾行に気付かせたのだ。


コウはワンテンポ遅く角を曲がった。

木村は少し鑪を踏み、手に持ったナイフをコウの横に差し出した。


コウはすかさずその手を掴み、捩り上げ、ナイフを落とさせた。


そこで大抵の悪党は諦めて逃げるが、木村は酔っていたせいか、または腕に自信があったのか、

隠し持っていたもう1本のナイフを振り回した。


コウは避けたが、その隙に木村は落としたナイフも拾い上げ、両手でコウ目がけて振り回した。


やぶれかぶれにしか見えなかったが、コウがグロックで木村の心臓を撃つのと、木村の振り回したナイフがコウの腹を切るのと同時だった。



コウは油断していた。

いや、木村のきれいな顔が最後に悲しそうに歪んだのが、ほんの一瞬リクと重なってしまったのだ。


会社に連絡し、掃除屋と迎えを頼んだ。

血だらけの服でぶらぶらするわけにはいかない。


迎えを待っている間、コウは考えた。

弱気になっているという自覚があった。


畠山の接触が、どうしても気になって仕方がない。

今までの引き抜きの話とは違うと感じていた。


怪我をしたコウを、社長が自ら迎えに来た。


「大袈裟なんだよ」

コウは言いながら車に乗り込む。


「そんなこと言ったって、珍しいじゃない、コウがやられるなんてさ。

わかってるよ、気になってること。

しかし仕事中に考えるなんてさー」

社長が説教じみた話になってきたので、


「つ…痛っ…」

コウは痛いふりをした。


しかし、社長は構わず

「その畠山ってのは、今タニが調べてるから、放っときなさい。

わかった?」

と続けた。


コウはさすがに木村とリクが重なったとは言えなかった。


*****


翌日、会社へ行くとリクがすぐにコウの部屋へ来た。


「コウさん、怪我をしたって聞いて」

心配そうに近づいて来るリクを見て、コウは昨日のことを改めて後悔した。


自分らしくなかった。

怪我なんてしてはいけない。

仕事中に考え事なんてもってのほかだ。

気を引き締めろ。

惑わされるな。

柔軟こそ俺の強さだ。

そう自分に言い聞かせた。


「リク、心配した?」

コウは笑って答えた。


リクはそんなコウを見て安心したのか、

「心配しましたよー、だってコウさんいつも強いのに」

そう言いながら、口を尖らせた。


コウはリクにコーヒーを淹れてもらい、隣に座らせた。


「全然大丈夫なんだよ、このくらいさ。

ただ、油断してたなって、反省してる。

まあ、河童の川流れ的な?」


「もう」リクが相変わらず口を尖らせる。


コウは、リクの顔をじっと見て言った。

「だから、リクも気をつけてな。

ナツにも言っといて」


「はい」コウの真剣な眼差しに、リクは素直に頷いた。


「というわけで、俺はしばらく休養する。

リク、俺の分もがんばれ」


「え、これくらい大丈夫だって…」

リクは、まったく…というような顔をして見せた。


コウは、いろんな表情をするようになったリクの顔を見ていた。

最初に会った時は、無表情で何を考えているかわからなかった。


「コウさん、なんですか、そんなに見ないでください」

リクが言うと、


「他にすることないんで」

コウが答える。


「だからって…」

言いながらリクも、コウとのこういう会話を楽しんでいた。


コウも、既に畠山のことは頭の中から追い出していた。


*****



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