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誘拐専門ザビ

*****


会社の専門家の中には、誘拐を専門としている者もいる。


誘拐といっても身代金目的ではない。

例えば、企業のトップ交代に伴う派閥間の闘争に関連し、相手の軸となる人物を一定期間誘拐し、依頼者側の派閥からトップが選出されたら傷一つなく解放する。


もちろん、依頼者が想定できるため、身代金目的に偽装するなどは必要である。

そうするとその企業のトップは、以降こちらの会社にいろいろと融通を効かせてくれる。


他に、良からぬ輩に、家族を盾に脅されている者がいるとする。

その場合、その家族を誘拐し、脅しのネタを排除する。

その間家族は隠れ家で悠々と暮らすことができる。これは誘拐というより、保護といった性質が強いが。手口や手段はあくまで誘拐である。


図書館の奥に、会社やコウの部屋がある。


会社の部屋に続くドアの、廊下を挟んだ向かい側、向かって一番右の部屋にはザビという男がいる。

この男が誘拐の専門家である。


ザビの特技は侵入である。住宅や会社の鍵くらいなら数秒で開けることができる。

足音を立てず、誰にも見つからず、身を潜める。

標的を薬で眠らせ、担いで連れ出す…アクシデントがなければ朝飯前の仕事である。


今日、ザビは仕事の依頼を受けている。

この仕事を始めて3年ちょい。25件の依頼を受けてきた。


「しかし、今回の依頼は…」

ザビが珍しく険しい顔をしている。


ザビは本来陽キャである。

基本1人で仕事をするが、仕事中も楽しくて仕方がないといった顔をする。


「しかし、今回は…」

思考が止まってしまっている。


1時間ほど固まっていたが、パソコンを立ち上げ社長に回線を繋ぐ。

「なあ、これってさぁ、俺ムリじゃね」

ザビが前置きなしで社長に弱音を吐く。


「え、そお?」

社長が「Why?」といったテイで首を傾げる。


「だってさぁ、殺し屋を誘拐って…返り討ちにされんじゃね」

俺、死にたくないんですけど…とザビが更に弱音を吐く。


「うーん」社長が考え、管理部のタニを見る。

「無理、だと思う?」

社長がタニに聞く。


「大丈夫です」

そっけなくタニが答える。


「いやいやいやいや、何を根拠にそんな薄情なこと言ってんの」

ザビが少し必死になってきている。


「管理部が大丈夫だと言ってるんですから、自分を信じましょうよ」

社長がにこやかに答える。


ザビの顔が絶望に変わっていく。

「…退職届出すわ」

力なくザビが言う。


「社員ではありませんので、退職届は不要です」

タニがあっさりと言い放つ。


「…」

ザビが無言で訴えてくる。もう涙目になっている。


「では、助っ人をつけましょうか」

社長が助け舟を出す。実は最初から考えていたことだった。


「殺し屋には、殺し屋ですよね」

社長がそう言うと、ザビの顔がぱあ~っと明るくなった。


「あざっす、社長! そうこなくっちゃ」

「で、誰つけてくれんの? コウ?」


「アガタです」

「…」ザビの顔がまた暗く歪む。

「アガタ…? あのアガタ?」


「アガタはうちには一人しかいませんよ」

「えっと、他の人にしてくれない?」


「他の殺し屋は皆、他の案件を抱えています」

「どうしても?」


「はい、あ、でもよかったらもう一人有望な新人をつけましょうか」

「有望な…新人? って新人?」


「はい、新人っていっても、最近コウのもとで仕事を覚えてるので使えますよ」

「え、コウのとこで?」

「はい、どうしますか?」

「…じゃ、それでお願いします…」

ザビは他に選択肢がないことを理解し、大人しく了承したのだった。


アガタは、みんなが敬遠する殺し屋である。

なぜ敬遠するのか…理由はその性格にある。

性格がいいとか悪いとか、そういうことではなく、自分をわかっていないというか、何故か自分を過大評価している節がある。


自分に回ってくる仕事が簡単だと言っては文句を言い、報酬が少ないと言っては文句を言い、自分はもっと評価されてもいいのではないかと恥ずかしげもなく皆に触れ回る。


これには社長にも非がある。

社長が人当たりのいい顔で誰かれ構わず褒めるので、頭の悪い奴はすぐ調子に乗る。


しかし、コウなどトップレベルの殺し屋が出ていくまでもない仕事は、アガタに回すことができるので都合がいい。 


今回ザビが受けた依頼は『殺し屋の誘拐』。


なぜ殺し屋を殺すのではなく、誘拐をする必要があるのか。

それはこの業界の暗黙のルールというものがあるからである。


暗黙のルールの一つに、同業者を排除してはならないというものがある。

なぜなら、世にも恐ろしい殺し合いが始まってしまうから。


強い者が生き残るために弱い者が淘汰されてしまえば、最後は強い者同士の戦いが始まる。

そんなことになっては依頼どころではない。本末転倒である。

よって、殺し屋が殺し屋を殺すことはない。


というわけで、ちょっとの間大人しくしていてほしい殺し屋を今回誘拐しておく、というわけである。

ターゲットの殺し屋はアオという。レベルはアガタと同じくらいと聞いている。

今回はいつものようにザビが薬で眠らせて、と簡単にはいかないと想定して計画をしなければならない。


綿密な打ち合わせが必要だ。

というわけで、今ザビの部屋にアガタとリクがいる。


コウの部屋と同じような造りだが、ザビの部屋には打ち合わせ用のテーブル一つつと椅子が4脚ある。

そのテーブルに3人が顔を突き合わせている。


リクは2人にとって、はじめまして、なので、ザビとアガタは興味津々である。

リクはいつものように無表情でただそこに座っている。


「コホン」と咳ばらいをし、ザビが話し始める。

「今回誘拐するのは殺し屋のアオ。いつもどおり俺がアオの自宅に侵入してアオに薬を嗅がせる…ことができれば問題はない。


ただ、薬を嗅がせる前に気づかれれば2人の出番となるわけ」

「オッケー」とアガタが軽く答える。


「要は、ザビが意識を失わせることができなかったら、俺がっちゃっていいってことね」


やはり馬鹿である。


「誘拐って言ってんだろ」

ザビが呆れた顔で言う。


「殺し屋は、殺しちゃダ、メ、な、の」

噛んで含めるような言い方でアガタに言う。


「あくまで気を失わせてほしいの、一撃でね。そのくらいできるっしょ」

今度はリクに向かって話す。


リクはザビを見て「はい」とだけ答える。


(うわ~、この安心感、なに~)

ザビが心の中で独り言ちる。


(コウについてる、と聞いただけで安心できるって…アガタいらねぇわ)


何はともあれ、具体的な流れを確認してその日は解散した。


*****


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