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顧客殺し

*****


社長が慌てている。

社長が慌てるのは珍しいことではない。

よく慌てる。

しかし、今日の慌て方は尋常ではなかった。


「顧客の1人が殺された」

社長がタニに言う。


「誰ですか?」

タニが落ち着いて尋ねる。


「一瀬会長だ」

社長が言う。


一瀬会長とは、古くから社長の仕事を理解し助けてくれていた古参の顧客の一人だ。

ゼネコンの一社員から社長、会長と上り詰め、裏の駆け引きにも長けた信用の出来る人物だった。


タニは、

「すぐに他の顧客の安否を確認して保護しましょう」

そう言い、調査部にすぐに調べさせた。


コウやシキミが招集され、顧客を1人ずつ保護するよう指示される。

幸い、他の顧客は皆無事で、会社の保有するマンションやホテルに一時的にかくまうことができた。


一瀬会長がこの会社との関りで殺されたのかどうかはまだわからないが、もしそうだとすると他の顧客も狙われる可能性が高い。


大物が殺されたとあって、警察もすぐに捜査本部を立ち上げ、相当の人数で捜査に当たっている。


こちらとしても、調査部とコウで調べているが、頼みの綱のユゲが今回はさすがに警察の捜査に駆り出されているので、そちらからの情報は待つしかない。


一瀬会長の死因は毒殺らしい。

自宅で、朝夫人が発見したという。

何者かが侵入した形跡もないということで、昨晩口にしたものの中に毒物が仕込まれていたのだろう、という発表である。


しかし、現在かくまっている顧客たちも、いつまでも隠れているわけにはいかない。

姿がないとなると、一瀬会長との関係も疑われ、この会社の顧客であると認めているようなものである。


社長は顧客たちと話し合い、支障がないものはそのまま保護し、支障があるものは護衛をつけて日常に戻ることにした。


護衛は、護衛専門の者たちがやる。

シキミのように、元傭兵というものが多い。

1人の顧客に着き、2人ずつつける。

顧客は10人、1人減ったので9人、日常に戻るものが6人なので、護衛は12人必要になる。

元傭兵といっても、誰でもいいというわけにはいかないので、元傭兵を6人と、あとはシキミ、コウ、リク、ナツ、タマキ、イオリ、の6人でそれぞれ組むことになった。


一番気をつけなければならないのは、狙撃である。

ビルの出入り口、窓際、車の乗り降りの際など、素早く動く必要があるのだ。


それらを一通りレクチャーすると、皆がそれぞれの持ち場に散った。


*****


男と女が話をしている。

ここは女の部屋だ。


「一瀬会長はうまくいった。

次のターゲットは計画通りか」

男が女に尋ねる。


「思ったよりも早くかくまわれたのよ。

あんなに早く対応するとは思わなかった。甘かったわね」

女が苦々しそうに言う。


「次は林葉商事の内海専務の予定だけど、専務は隠れたままね。

隠れ家から出てきた人たちからやりましょうか。

ただ、そうすると警戒が強まる…」


「ボスはなんて言ってるんだ」

男が聞く。


「何も。丸投げよ。成功したら報酬アップ、失敗したら死、それだけよ」

女が吐き捨てるように言う。


「それでもやるのか」

男が少し思いやりを持った声音で尋ねる。


「私に選択肢はない」

女はきっぱりそう言うと、ターゲットのリストを改めて見つめた。


*****


自動車部品を扱う工場の奥に、社長室がある。

工場に入ると、機械音で話ができないほどだ。


社長を護衛するため、リクと元傭兵の神田は、社長に続いて工場の奥へ入って行く。

こんなうるさい中で狙われても、すぐに反応するのは難しいな、そう思いながらリクは周りを見回している。


社長室に入ると、だいぶ静かになった。

「すみません、うるさいでしょう」

と社長が申し訳なさそうに言う。


「いえ、お気になさらず。

ご自分のお仕事をされて下さい」

神田が答える。


社長は「ありがとう」と言って、書類の山から1つずつ目を通して決裁印を押していく。


事務員がお茶を運んできた。

神田が黙ってそれを目で追う。


事務員が出て行くと、社長に

「それには口をつけないでください」

と言う。


社長は、はっとして湯呑を見つめる。


「事務員さんは関係ないとしても、どこでどう仕込まれるかわかりませんので」

神田が落ち着いて説明する。


「ふーっ」と息をついて、社長がこちらを見る。

「なんだか、現実味がないですね。命を狙われてるかもしれないなんて…」


「そうですよね。我々の仕事のお力になってくださっているので、あり得ないことではないのですが…。

とにかく全力でお守りしますので、ご安心ください」


神田が言うと、社長は微笑んだ。

「頼もしいです」


リクも思った。

神田は経験豊富なのだろう。

物腰も言葉も頼もしい。

しかし、何事もなければいいのだが…。



工場の工員や事務員が18時頃になると次々に退社していった。

社長は皆が帰ったのを見届けると、自分も帰路につく準備をする。


「じゃあ、帰りますか」

そう言って、いつも持っているビジネスバッグを持ち、工場の方へ歩き出す。


リクが何か違和感を感じて、社長に問いかける。

「社長、そのバッグ、いつもと同じですか?」


社長がバッグを顔の近くに持ち上げて見ている。

「そうだね、いつも使っているものだよ」


「昨日見た時よりも、少し重そうに見えるんですけど」

リクが言うと、神田がはっとして、社長からバッグを奪った。


神田がバッグを開け、書類などを出していく。

すると、小型の爆弾が出てきた。


「リモコン式だ!」

神田が言うが早いか、バッグを工場の入口近くに投げる。


瞬間、大きな爆音とともに、爆風が3人を襲った。

続いて炎が工場の天井まで上がり、すぐに火の手が広がる。


3人は社長室の裏口から出て、消防に連絡をする。

爆風は工場の機械に守られて、3人は怪我をすることもなかった。


「やばいな、こんな手でくるなんて。いつ仕込まれたんだろう」

神田が言う。


「バッグはほとんど社長の近くにあったのに…」

リクも言う。


結局わからないまま、3人は警察や消防の質問に適当に答え、やっと解放されたのは3時間後だった。

タニが車で迎えに来て、3人はとりあえず会社へ戻った。


「リク、よく気づいたな」

神田がリクを褒める。


リクは役に立ったことが嬉しくて照れている。


しかし…。

これでこの会社の関係者、いや顧客が狙われていることがいよいよ確実になってきた。

今までよりも警戒を強めなければならない。


社長はある覚悟を決めようとしていた。


*****


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