リク拉致される
*****
「リクが拉致された」
タニからの電話はコウを震わせた。
*****
その日、コウは久しぶりに1人で依頼を受けていた。
リクやナツを少し休ませたいという思いと、また簡単な仕事だったが、狙撃の腕が必要ということで、コウがやることになったのだ。
タニの説明では、
「ターゲットは郷野翔太。商社マンだが裏の顔は企業スパイ。
これが企業同士のものではなく、国外に情報を持ち出そうとしているらしい。
この情報が持ち出されると非常にヤバイらしい」
「ヤバいって誰が?」
いま一つピンとこないコウが聞く。
「国益が」
タニが真面目な顔で言う。
「いやいや、それって俺らの仕事じゃないでしょ。
公安さんにやらせろよ。トム・クルーズかよ」
「なー、俺もそう言ったんだよ」
タニが困り顔で言う。
「そしたらさ、得意の『証拠がない』だってさ。
なんでもいいから拘束しちゃえばいいのにさ。
証拠がないのに殺るって、何よ」
コウが思っていたことをタニが代弁した。
「なんか気が乗らねぇな」
2人が珍しく口を揃える。
「どうする? やめとく?」
2人がそんな相談をしていると、社長が
「えー、そんなこと言わないでよ。依頼受けちゃったんだからさ」
「どうしても殺るの?」
コウが確認する。
「ああ、証拠はなくても情報を売ろうとしていることは間違いない」
社長がそう言うなら、とコウは引き受けたのだった。
「その情報って、確保しなくていいのかな」
コウがタニに聞く。
「ああ、本人しかわからないだろうから、確保しなくても大丈夫なんだろ」
タニが答える。
ふーん、と言って、コウは出て行った。
*****
取引の日時はわからないが、本人はまだ会社に出社している。
出てきたところを撃つのがいいだろう。
派手にやれば、取引相手も諦めるだろう。
コウは郷野の会社の8階建ての自社ビルの入口が見える場所にいた。
向かいのビルでは逃げにくいので、少し離れたビルの3階から狙う。
今日コウが使うのは、ボルトアクションライフル。命中精度が高く音が小さい。
ここからの距離は約500メートル。
周りに人がいるので、絶対に外せない。
郷野が会社を出るのは、だいたい20時くらい。
19時にライフルの準備をし、郷野の会社に電話をして会社にいることを確認した。
あとは待つだけだ。
20時5分、出てきた。
郷野に間違いない。
ビルの玄関を出て、左右を見回している。
いつもなら電車の駅へ向かうはずだが、今日はタクシーを拾うつもりなのかもしれない。
コウは一瞬のうちに決断し、引き金を引いた。
幸い、近くに人はいなかった。
郷野は頭を撃ち抜かれ、弾かれたように後ろに飛び、倒れた。
見ていた人が悲鳴を上げる。
コウはすぐにライフルを分解し、手袋と一緒にビジネスバッグに入れる。
何気ない所作でその場を後にする。
現場からは離れているので、コウに注意を向ける人はいない。
そもそも、この辺りを歩いている人々は、1つ向こうの通りで何が起こっているのか知らないのだ。
コウは少し離れたコインパーキングに停めていた車に乗り込み、走り出した。
その時だった。
電話が鳴った。
とても嫌な予感がした。
スピーカーにつないですぐに出る。
タニからだった。
「リクが拉致された」
*****
コウは震えた。
状況がわからない。
タニは、
「今情報を集めている。すぐに会社に来てくれ」
と言って電話を切った。
すぐにリクのスマホにかけてみる。
電源が切られている。
ナツに電話する。
ナツが出て、
「リクが…リクが…」
パニックになっているようだ。
「ナツは今どこにいるの?」
「シキミさんが迎えに来てくれて、会社に向かってる」
よかった。それならナツは安心だ。
「俺も今向かってるからな」
できるだけ落ち着いた声でそう言うと、電話を切った。
会社に着くと、既にほとんどのメンツが揃っていた。
「どういう状況?」
コウが聞く。
ここに着くまでに少し落ち着きを取り戻していた。
タニが答える。
「これを見てくれ」
防犯カメラをモニターに映し出す。
「マンションで襲われた。リクが買い物から帰ってきたところを、ロビーで待ち伏せしていた奴らに薬を嗅がされたらしい。相手は5人だ。抵抗できるはずがない。
ナツは部屋にいて無事だった。
たまたま俺が防犯カメラを見ていたんだ。すぐに社長とお前に知らせて、シキミをナツのマンションに向かわせた」
「どこの手の者だ」
コウが静かに言う。
その声が怒りを抑えているのがわかる。
「わからんが、想像はできる。ソリマチじゃないかと。
秦はこっちにはもう手を出さんだろう。
だとすると、ソリマチしか考えられん」
社長が言う。
「私が思うに、コウを欲しいが、コウ相手では手が出せん。だからリクを狙ったんじゃないか。
リクを使ってコウを引き込もうとしているのか、リクくらいの能力があれば十分だと思っているのかわからんが」
「とにかく、何か要求してくるだろう」
「いや、その前に叩く」
コウが言う。
「タニ、奴らの根城はわかってんだろ」
「ああ、いくつかあるが、リクを監禁するとしたら…そうだな…どこだろ」
「頼りないな、おい」
コウが肩を落とす。
「分散して探ろうぜ」
シキミが言い、候補地の分担を決めていく。
ナツがコウの傍に来て呟く。
「リク、大丈夫だよな」
コウがナツの髪をくしゃくしゃとかき回し、肩をぎゅっと抱く。
「大丈夫に決まってる。信じろ」
そう言うと、ニッと笑う。
ナツは大人の男に触られるのが嫌だったし、怖かった。
それなのに、この人は…。
ナツはコウの顔を見上げ、そしてリクの無事を確信するのだった。
*****




