取引
*****
ザビが椿原を拉致してきた。
「お、今回はやられなかったか」
コウが揶揄うと、ザビは自慢げに
「いやー、今回は楽勝でしたよ。
こいつ酒癖が悪いんで、よく置いていかれてるみたいでさ、
張り込んで見てたら、1人で店の前で寝てやんの。
危機感なさすぎっつーか、これでよく秦の右腕やってますね」
コウは、本当にこいつかー?と疑いながら、椅子に拘束された男を見る。
「誰がやるの?」
ザビが聞く。
「まず俺が聞いてみて、落ちなかったら拷問師に任せるわ」
コウがそう言い、
「目が覚めるまで放っといていいぞ」
と部屋を出て行く。
ザビも自分の仕事は終わったので出て行く。
男は1人残される。
実は少し前から目が覚めていた。
状況が把握できたら、一気に酔いも醒めた。
「マジか、どうしよう…拷問される…」
男は泣きたいのを我慢して、しばらく寝たふりを続けた。
コウは男の目が覚めていることに気づいていた。
しかし、わざとしばらく放っておいて考えをまとめさせようと思っていた。
放っておかれると人の感情はネガティブな方に向く。
存分に恐怖を想像してもらおう。
1時間ほどして、部屋の小窓を覗くと、椿原はまだ寝たふりを続けていた。
このまま時間が経てば解放されるとでも思っているのだろうか。
どうも肝っ玉は極小のようだ。
コウは部屋へ入り、頭を下げて寝たふりを決め込んでいる、椿原の周りをゆっくり1周した。
そして向かい合うと、突然椅子の足を思い切り蹴り飛ばした。
椿原は「ひぃ~~~~~」と言うと、
コウの顔を見上げた。
「お前、いつまで寝たふりしてんだ。
聞かれたことを全て話す準備は整ったのか。
え?」
コウが凄むと身内でも縮み上がるほど恐ろしい。
ドアの外で聞いているリク、ナツ、ザビ、そしてたまたま立ち寄って軽い気持ちでついてきていたアガタたちは、皆一様に「コウの敵じゃなくてよかった…」と思っていた。
そして、今コウの目の前にいる「敵」は当然身内以上に縮み上がっていた。
「な、何をお聞きになられたいのでしょうか」
むちゃ丁寧に聞いてくる。
「お前、秦の右腕って本当か?」
コウが聞く。
「あ、はい、恐れながら、秦さんの右腕をやらせていただいております」
椿原は、恐怖のあまり、頭の線が1本切れてしまったらしい。
「じゃ、秦が何をやろうとしてるか知ってるよな。
秦は武器の密売を計画してるのか」
「え…と…そ、それは…」
さすがに言い淀む。
「じゃあ答えなくていい。
武器の密売を計画しているとして、うちのもんに何か用があるか?」
「そ、それは…」
また言い淀む。
言っていいことと悪いことの区別はついているようだ。
「ふーん、肯定ってことだな。
まさか、拉致とか、ましてや殺しとか考えてんじゃねぇよな」
椿原は真っ蒼になり、ぶるぶる震え出した。
確かにナツの拉致を計画していた。
武器の密輸をするために、李の密輸ルートの情報が欲しかったのだ。
しかし、今こういう状況にいて、肯定することはできない。
しかし否定してこのまま帰れるわけがないし、帰ったとしてもこんな奴ら相手にナツを拉致なんてできるとは思えない。
どうしよう…どうしよう…。
椿原はどうすればいいのかわからず、黙っていることしかできずにいた。
すると、コウが提案してきた。
「今から言うことを、秦に伝えろ」
「え?」
椿原は帰れる選択肢があるのだと思うと、嬉しくなり、
「はい! 何でも伝えます!」と言う。
「取引だ。
武器の密輸について、ナツが知っていることを情報として渡す。
情報料として1億。
そして、今後一切ナツに近づかないこと。
覚えたか?」
コウは椿原に復唱させる。
「今は21時。返事の期限は今日の24時、いいか、1分でも超えたら襲撃する」
「わ、わかりました」
椿原が答えると、コウは部屋を出て行った。
ザビが部屋に入り、椿原に目隠しをして椅子の拘束を外し、後ろ手に拘束し直す。
部屋を出て車に乗せると、秦の事務所の近くで拘束を解いて降ろした。
「時間、忘れんなよ」
ザビがいうと、
「は、はい!」と言いながら、事務所へ走って行った。
あんなヘタレでよく悪党やってられんな…ザビは哀れなものを見る目で見送った。
*****
23時。
秦から返事がきた。
当然、取引は成立だ。
1億の入金が確認され次第、情報は暗号化したデータを送る。
ナツの安全は、椿原の恐怖体験によって保障された。
ナツは会社の部屋にいた。
部屋には、社長、タニ、コウ、リク、呉、シキミがいる。
「ナツ、これできっぱりと李と縁が切れたな。
これからはうちで思い切りやればいい」
社長がナツに言う。
ナツは何とも言えない顔をして、頭を下げた。
いろいろと伝えたい言葉があるが、口に出したくない、口に出せるほど軽いものではない、そんな気がしていた。
「ナツ…」
リクが手を差し伸べる。
ナツがその手を取る。
「じゃ、解散ね」
社長が言い、それぞれの行き先へ向かった。
リクとナツは自分たちの部屋へ戻った。
コウも自室へ戻り、ソファでくつろぐ。
やっと一区切りだな、そう思うと肩の力が抜けていくのを感じた。
あとは、『ソリマチ』か…。
明日考えよう。
コウはそう決めて、ソファに横になるのだった。
*****




