リクの決意
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コウはあれから社長と話していないし、リクとも会っていない。
「関係ないか…」
一人つぶやき、指元まで灰になった煙草を消すと、ソファに寝そべり目を閉じる。
夕べはいかにもキャバ嬢といった感じの女が声をかけてきた。
同伴をしてほしかったのだろうが、女に囲まれて酒を飲んでも全く楽しくはない。
それより、とホテルへ行き深夜まで過ごした。
女を蔑視しているわけではない。
ただ話していて楽しいと思ったことがないのだ。
性的な欲求を満たすために金を払うのも違うと思う。
互いにその時の気持ちがマッチしたらそうする、というだけ。
コウは、女を置いたままホテル代を支払い、深夜にホテルを出てこの部屋へきた。
それからなんとなく眠れず朝を迎えたのだった。
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リクは、初めての仕事のあと、半年ほど前から住んでいるこのアパートに帰ってきていた。
コウと別れてから会社の部屋へ行き、社長に業務完了の報告をした。
報告書の書き方は、明日管理部に教えてもらって、ということだったので、
「わかりました」と答え、あとはどうすればいいのか、と考え社長の指示を待った。
「コウとはどうだった?」
社長がニコニコしながら聞いてきた。
社長はこんな会社の代表というには人好きのしそうな穏やかな人相のデブである。
年齢は50歳前後、デブのわりに鍛えていそうな体躯をしているが、スポーツや格闘技をしそうには見えない。
基本ニコニコしていて、目じりには笑い皺がびっしり刻み込まれている。
コウのことを聞かれ、リクは思わず顔が赤くなるのを感じた。
「とても…優しかったです」
リクは答えた。そして…、
「覚悟を決めるには若い気がする、と言われました」
社長は笑みを崩さず、
「へぇ~」と楽しそうに言った。
「で、リクはなんて答えたの?」
自分は…何も答えられなかった。
社長はリクのことを知っている。
リクが今までどのように生きてきて、この会社に入るまで、何を考え、何を決断し、自分を頼ってきたのか…。
だから、リクの初仕事をコウに託した。
正解だった。
コウはリクの情報を何も知らないにもかかわらず、リクを守ってくれた。
社長は嬉しそうに、リクに言った。
「覚悟なんてすぐに決めなくていいさ。そのうちそんな時はやってくる」それまで…
「コウと一緒に続けてみるかい?」
リクの目に少し生気が宿ったように見えた。
「コウは男には優しいからね」
笑いながら社長はリクに軽く肩パンし、帰ろうか、と言ったのだった。
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殺しの仕事はそう頻繁にくるわけではない。
1か月来ないこともあるし、毎週続くこともある。
前回の笠原の案件のあと、2週間が経った。
管理部から依頼がきたのは、コウが自宅マンションで、ちょうどシャワーを浴び終えたときだった。
「今から行く」と返事をし、身支度を整える。
今日は会社以外行く予定はないから、何でもいいか、とコウはスウェットパンツとパーカーを着て部屋を出た。
地下の駐車場に停めてある黒のレクサスに乗り込み会社へ向かう。
自宅から会社までは車で30分ほど。
仕事が仕事なので、尾行や襲撃も視野に入れ、近からず遠からず、といったところで手ごろなマンションを借りている。
会社に着くと、自室へ行きパソコンを立ち上げる。
すぐに社長の顔が映し出される。
「あ、コウ、今日は早かったね」
社長が嫌味じゃないよ、とばかりにニコニコして挨拶する。
「ああ」コウは不愛想に答える。
「社長がいちいち出てこなくてもいいんじゃないの。管理部からデータもらえればそれでいいんだけど」
コウは面倒臭そうに画面から顔をそらす。
「はいはい、じゃ管理部さんお願いね」
変わって管理部のタニが画面に出てくる。
「データ今送った」
コウは送られてきたデータを開き、タニが続けるのを待つ。
「ターゲットは當間学。
當間不動産の代表で関東を中心に手広く商売している。
地面師を使った悪質な不動産詐欺をはじめ、違法入国者をだまして売春、強盗、特殊詐欺…なんでもアリだな。
跡取りはいないから、こいつをヤればとりあえず事業は空中分解するだろう。一時だけだろうがな」
タニは続ける。
「こいつはいっちょ前にボディガードつけてるから、隙間を狙って狙撃、っていうのが有効かな。
ボディガードはなるべく殺さないでほしい。一応、こいつの日頃の行動はまとめている」
あとは任せる、と言ってタニは通信を切った。
コウは資料を読み込もうとデスクトップに近づく、とまた社長の顔が映しだされる。
「うぜぇな」
コウは椅子を後ろへ引き、社長の顔から離れる。
「あはっ、言い忘れてたことがあって」
「リクくんもよろしくね」
社長が嬉しそうに言い放ったあと、コウが何も言う暇を与えず通信は切られた。
「リ、ク…」
なんだ、辞めてなかったのか、とコウが考えた時、ドアがノックされた。
この部屋を訪れるものはほとんどいない。
よっぽどの時に社長か管理部のタニが来るだけ。
コウはデスクの引き出しからグロックを取り出し、警戒して、そっとドアに近づく。
「リクです」
セキュリティのため、分厚くしつらえられているドアの向こうから、か細い声がかすかに聞こえた。
コウがグロックを構えたまま、そっとドアを開ける。
リクがすっと入ってくる。
コウが自分に向けてグロックを構えているのを見ても全く動じた様子がない。
「社長がコウさんと動け、と」
リクが淡々と話す。
コウはリクをじっと見据えたままグロックを向けた手を下す。
「社長に言われたから来たと?」
コウが唇の右端をわずかにゆがめて問う。
リクは、いいえ、と答え、
「自分がコウさんと一緒に動きたいんです」
珍しくはっきりした声でリクが言う。
「なんで?」
ここで初めてリクは少しうつむき、耳を赤くする。
「…コウ…さんを、そばで…見て…いたい…ので…」
「えっと」コウは真顔で答える。
「それは、つまり…俺にホレた、と?」
リクが飛び跳ねたかと思うほどビクッとしてコウの顔を見る。真っ赤だ。
「ちがっ…いや、そうじゃなくて…そういう意味じゃなくて…仕事を覚えたくて、コウさんは絶対仕事ができる人だし…」
リクがその調子でずっと言い訳を続けているので、コウはこらえきれなくなって笑いだす。
「くっくっ…大丈夫…からかっただけだよ」
微笑みを浮かべてコウが続ける。
「君はもう仕事ができてるよ。
その素質を伸ばせるかどうか、君次第だからね。
俺は何も教えないよ。それでよければ一緒にいるといい」
リクはこくりとうなづく。もう顔色も戻っており、表情がわかりにくくなっていた。
コウは先日リクに話したことを考えた。
まだ引き返せるよ、と。
今、ここにいるということは引き返すつもりはないということだろう。
それならば、俺がするべきことは1つ、だ。
「じゃあ、今回の仕事の打ち合わせをしよう」
コウはリクとソファに座り、印刷した資料を見ながら打ち合わせを始めた。
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