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【番外編】アガタ

*****


黒いシャツ、黒いズボン、黒のサングラス、茶色い髪、金のピアスとネックレス。

窪んだ眼、尖った顎、丸めた背中、ポケットに突っ込んだ両手。


人通りの多い道で、女性が男とすれ違うとき、手に提げていた紙袋が男にぶつかってしまった。

女性が「あ、すみま…」せん、と最後まで言えずに、「ひっ」と顔がひきつる。


男の窪んだ眼が、女性を一瞥する。


「どうしよう…」女性は一瞬ひるんだが、

男は「おお、すまんな」と言って、ニッと笑い、そのまま去って行った。

女性はホッとして、振り返りながら帰って行った。



男は小さいことは全く気にしない。

むしろいつも明るく朗らかで、大らか。

人相が悪いので誤解されがちだが、人は悪くない。



*****



夕暮れ時。

男の仕事の時間になる。


男はクラブの入口に向かう。

がっちりした黒服の男が、入口に並んだ客を値踏みして選別している。


男は黒服の横を素通りする。

黒服の男は何も言わない。


男はそのままクラブの中へ入り、煌びやかなフロアをリズムをとりながら通り抜ける。


奥の方へ行くと、いくつかのドアがあり、

『VIP ROOM』と書いてある部屋がいくつかと『STAFF ROOM』が1つある。


男は1つ目の『VIP ROOM』を開ける。

女性が数人おり、一斉にこちらを見て、不審な顔をする。

「あ、ごめんね、間違えた」と言って、ドアを閉める。


2つ目の部屋を開けると、男が4人と女が1人いた。

女は目がうつろで、座っていてもゆらゆらと揺れている。

男たちはニヤニヤした顔を貼り付けたまま、こちらを見た。


「部屋、間違えてんぞ」

男の1人がドスを聞かせた声ですごむ。

若い男の強がりなど、男は全く恐れなかった。


部屋の中へ入ると、ドアを閉める。

4人の若い男たちは、今から何が起こるのかわからず、固まっている。

さっき声を出した1人だけは、こちらを睨みつけ、楽しみを奪われるものかと交戦体制をとる。


「いい根性してんじゃねぇか」

男がニヤリと笑い近づいていく。

あとの3人は逃げ腰だ。


男はまず3人のうち、一番近くにいる1人の顔を殴りつける。

何度も何度も…顔の形が変わるほどに。


皆動けない。

そして2人目も同じような目に遭わせる。

その間に3人目は逃げようとするが、強気の1人に止められ、逃げられない。


男はその3人目も同じように殴りつけると、最後の強気な男と向かい合った。

若い男は、ボクシングの心得でもあるのか、ファイティングポーズをとり構える。


しかし男は、痛そうに手を振りながら、

「もう殴るのはきちーな」と言って、ナイフを取り出した。


若い男は、まさかナイフが出て来るとは思わず、後ずさる。

「卑怯だぞ、ナイフなんて…そもそもお前何者だよ、誰に頼まれた」


「明石さんよ、あんたさ、闇バイト集めて強盗殺人やらせたろ」

男が答える。


「な、なにを…そんなの証拠も何もないだろ。実行犯は逮捕されたんだ。俺は関係ねぇ」

明石は焦って逃げ道を探そうとしている。


「俺は警察じゃねぇからさ、証拠なんていらないの。お前がやったってわかってるんだから、それで十分てことだ」

男が言うと、明石は作戦を変えた。


「わかった、金をやる。いくらだ。俺らを痛めつける報酬はいくらもらった? それの2倍、いや3倍出すから」


「定番だな」

男はあきれたように呟き、

「痛めつけるためにきたんじゃないよ、俺は」


「え…?」

明石は訳が分からず固まる。


「俺はさ、殺し屋なの。殺し屋のア、ガ、タ、っていうの」


「殺し屋…」

明石は無意識に呟く。意識はもうどこかに飛んでいっている。


「お前を見せしめに酷い殺し方をしてくれって依頼なんだよね。

だから、俺んとこに依頼がきた。っふふ」

アガタが楽しそうに笑う。


アガタは動けなくなった明石に近づくと、口を押えたまま、急所を外して20か所ナイフを刺していった。

明石は声にならない悲鳴をくぐもらせながら、それでも逃げようと必死に暴れている。


「そろそろいいか、疲れてきたし」

アガタはそう言うと、ナイフを心臓にまっすぐに突き立てた。


明石は、最後にぐっという音を口から吐くと、目を開けたまま倒れた。


「はい、おつかれさん」

アガタは自分に向けてそう言うと、部屋をあとにした。


*****


車で着替え、運転して会社へ戻る途中のことだった。

車も人影も少ない道路に、1つの人影が車の前に飛び込んできた。

アガタは驚き、急ブレーキをかけた。


おそらくぶつけてはいないだろうと思いながら、おそるおそる車を降りると、

女性が車の前で蹲っている。


「おい、大丈夫か、俺、轢いたのか?」

アガタは焦って声をかける。


女性はゆっくり立ち上がり、

「いいえ、大丈夫です。車にはぶつかっていません。飛び出してしまってごめんなさい」

そう言うと、周りをきょろきょろ見回しながら、よろよろとどこかへ行こうとする。


アガタも車に乗り込み去ろうとしたが、見かけによらず人のいいアガタは、ちょっと気になって女性をしばらく見ていた。


女性は相変わらず後ろを振り返り振り返り、よろよろと歩いている。


アガタは車を降りると、女性に声をかけた。

「俺、怪しいもんじゃないけど(殺し屋だけど)、よかったらどこかまで送ろうか。

怪我してんじゃないの」


女性はアガタを見て、首を横に振った。

当然だ。

知らない男の車に、しかもこんなに人相の悪い男の車に乗り込む女性は、普通、いない。

普通、は。


女性は、

「いえ、ご迷惑でしょうから」

そう言うと、行こうとする。


アガタは「いや、俺暇だし…どこまで行くつもり?」


女性は、少し戸惑いつつも、意を決したようにその場所を告げた。



アガタの助手席に乗った女性は、名前を由衣と名乗った。

夫にDVを受けており、着のみ着のままで逃げてきたのだという。

アガタに告げた場所は実家の近くの警察署で、そこに家族と一緒に相談するつもりだという。


アガタは少し遠いその警察署まで送っていくと言い、由衣はおそらく半信半疑のまま、しかし断る気力もないままアガタの車に乗ったのだった。


アガタのスマホを貸し、家族や警察署に連絡をとらせ、自分の名前も明かして信用してもらった。

そうこうしているうちに、スマホの充電が切れた。

由衣は申し訳なさそうにスマホをアガタへ返し、何度も謝った。


やっと目的地に到着し、女性が家族と合流するのを確認すると、アガタは帰路についた。

が、警察署の駐車場を出ないまま、「パン!」と大きな音が響いた。


まさか警察署で銃撃されたのかと思い、アガタは車を停め、身を屈める。


何も起こらない。

もしかして、と車を降りてタイヤを見ると、右の前輪がバーストしていた。


ついてない…。

善行を施したのにこれかよ…。


アガタは力が抜けてしゃがみ込む。


気づいた警察官が寄ってきて、

「明日整備工場が開いたら取りに来てもらうよう手配するよ」

と言ってくれた。


警察官は殺し屋にも優しいのか…アガタは感動した。


近くのホテルを紹介してもらい、その日はそこに停まった。

翌日車を修理工場に預け、アガタは暇なので、ホテルでゲームでもして時間を潰した。

会社に連絡をする…なんてことは頭をかすりもしなかった。


そうしてアガタは某警察署で行方不明となったのだった。


*****


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