リクと染谷
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船へと急ぐリクの目の端に、人影が見えた。
間違った方向へ行ってしまった者がいるのかもしれないと思い、リクがそちらへ走る。
人影はリクを誘うように、コンテナの陰へ飛び込む。
そこでリクは気づいた。
罠だ。
インカムでユゲに聞く。
「俺の近くにいるのは被害者ですか」
「いや、それは、はっ? 染谷じゃないか?」
ユゲが驚いた声を出した。
タニもモニターを見たのか、リクに言う。
「リク、相手をするな。何か企んでいるぞ」
しかし、リクはコウの言葉を思い出していた。
(染谷と対峙した時、自分で判断しろ)
コウはそう言った。
リクは考えた。
染谷は自分に何か伝えたいのかもしれないと。
リクは、インカムに向かって、
「大丈夫です。話をします」と言うと、
インカムを切って、染谷の方へ行った。
染谷がリクを見ている。
「リク、立派になったな」
染谷が言う。
「俺を知ってるんですね」
リクが言うと、染谷は苦笑し、
「ああ、お前とナツはまだ6歳くらいだったかな。俺は16歳だった。
あの頃の話をするつもりはない。最近のお前たちを知って、あの会社に世話になって、仕事の中身が何であれ、立派になった」
染谷はくしゃっと顔を歪ませた。
「それでいい」
「すまんな、ただ話をしたかった。もう会わんからな」
「あの…染谷さんって本名ですか」
リクが尋ねた。
染谷は少し躊躇ってから言った。
「リュウ…だ」
「リュウ…リュウさん…」
リクは覚えていた。
ナツと過ごしたあの地獄の日々の中で、1人だけ優しい言葉をかけてくれていた若い男の人…その人は俺たちを庇うと、他の大人たちから殴られていた。
それでも…それでも優しくしてくれた。
「こんなことは、いつまでも続かないから、生きろよ」と言ってくれた。
俺たちが他の場所へやられて、会えなくなったけど、でも覚えていた。
「あのリュウさんなんですね」
リクはリュウに駆け寄った。
嬉しかった。もう二度と会えないと、お礼も言えないと思っていたのに、会えた、また。
「リク、俺はさ、お前たちを助けてあげられなかった。ただの1度も…ごめんな」
リクはぶんぶんと首を振った。
言葉は出てこなかった。伝えたいことはたくさんあったが、喉が塞がって何も言えなかった。
「リク、コウさんが大事にしてくれる。もう大丈夫だ。
じゃ、行くよ。ナツによろしくな…あいつは忘れてるかな」
染谷は笑ってそう言うと、後ろを向いた。
リクは一言だけ、一言だけでも言わなければ、そう思い、声を振り絞った。
「リュウさん…生きろってあなたが言ったから…ありがとう…ございました」
染谷は一度足を止め、そのまま去って行った。
肩が震えている後ろ姿を、リクは見送った。
リクが再びインカムを繋ぐと、
「大丈夫か」とコウの声がした。
とても懐かしい感じがして、胸が熱くなった。
「はい、すぐに船に向かいます」
そう言うと、走り出した。
リクが船にもうすぐ着く、というところで邪魔が入った。
外国語で何やら叫んでいる奴らがこちらへ向かって走って来ている。
被害者の3分の2を乗せた1隻目の船は既に出航している。
2隻目はまだだ。
「出してください!」リクが叫び、銃を構える。
「駄目だ!早く来い!」ザビが叫び返す。
「でも…」リクは躊躇った。
このままでは船が出航できない。
船からシキミが降りてきてリクに加勢をしようとする。
しかし、走って来る外国人は多く、2人では対応できそうにない。
その時だった。
1つのコンテナの上からマシンガンの音が鳴り響き、外国人たちが次々と倒れていった。
リクとシキミが驚いてコンテナの上を見ると、なんとアガタが「ガハハハハ…」と大笑いしながら、ガッツポーズをして立っていた。
「ア、ガ、タ…」
被害者以外の皆が、唖然としてコンテナの上を見上げていた。
シキミが先にはっと我に返り、リクを船のほうへ引っ張る。
リクが、呆然としながらも「すみません」と言い乗り込む。
「よっしゃー」と言って、ザビが船を出す。
「ちょっと待てー!」
アガタが叫びながら走ってくる。
船はもう動いている。
アガタはすんでのところで飛び乗り、ふーっと息をする。
「アガタ、ムショじゃなかったのかよ」
シキミが言う。
「おうよっ、なんで俺がムショなんかに入るんだよ」
「じゃ、今まで…もういいや」
シキミはそこで黙った。
「え、聞いてくれねぇの?」
「もういいって、どうでも」
「いやいや…」
2人の非建設的な会話が続く中、被害者たちはまっすぐ船の行く先を見つめていた。
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その頃、埠頭の北側では、買い手の幹部が西側へ行った部下を待っていた。
残りの部下が、
「もう行きましょう。今回は失敗です」と言い、幹部と共に船に乗り込もうとした時だった。
1人の男が近づいてきた。
「誰だ」
部下が銃を構える。
男は両手を上げて、丸腰だと伝え、話を始めた。
「今回は残念でしたね。
情報が漏れていて宇羅もやられました。
しかし、他にも組織はあります。よかったら仲介しますよ」
そう言って名刺を部下に渡す。
部下は幹部に渡し、幹部がそれをじっくりと見る。
「コーディネーターだと?」
「ええ、今までの客が今日の奴らに殺られてしまいましてね。新しく開拓したいと思ってるんですよ」
「で、いつ紹介できる? こっちも今回の件をそのまま上に報告するわけにはいかない。次の策を持っていく必要があるんでね」
「そうでしょうね。お察しします。
ただ、私もお宅の詳細をもう少し知らないと取引相手に情報を渡せないんですよ」
「どうすればいい?」
「どうせ今から帰るんでしょう。私も一度そちらの市場を拝見させてもらえませんか」
幹部は部下を見る。
部下は黙って頷いた。
「よし、すぐに出航する」
「承知しました」
こうして、染谷は敵地に潜り込むことに成功したのだった。
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