染谷の思い
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翌日、社長とタニに、染谷との会話を報告する。
「あんた、相当気に入られてるね」
社長があきれ顔で言う。
「ふぅ…言い返す気力もないわ」
コウが力なく答える。
「で、どうすんの? うちにとってはメリットが小さい気がするけど」
「うーん、向こうがどの程度の情報を持ってるかにもよるよね。
主に密輸、密出国でしょ。
李の時も、こっちが掴めない情報持ってたしね」
社長が言うと、タニが苦い顔をする。
「でもね、人身売買の組織を叩くって一言で言っても、たぶんキリがないと思うんだよね」
社長が言うと、
「それは染谷も言ってた。
だから、結局何がしたいんだか、な」
コウが答える。
「もしかして、俺たちにそいつらを叩かせてる間に、他のこと企んでるんじゃないの?」
タニが言う。
「他のことって何だよ」
「わからんが…あ、外国の市場の方を狙ってるとか?」
タニがいかにも思い付きのように言う。
…が…そこで3人は顔を見合わせて黙ってしまった。
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結局答えが出ないまま、違う依頼に着手することになった。
コウとリクは、コウの部屋でタニからの説明を受けている。
「ターゲットは明石拓也。いわゆる闇バイトを集めて強盗殺人を犯させた。
実行犯は逮捕されている。
明石は一度警察に身柄を拘束されたが、証拠不十分で釈放されている。
今はメールも何も残らないようになってるからな。
証拠がないと動けない警察は弱い立場だ」
「明石が一番上ってわけじゃないんだろ」
コウが聞く。
「ああ、もちろん上も、その上もいるだろうさ。だがこの前の話じゃないが、キリがない。
依頼人は、この明石を殺ってほしいってことだからな」
「わかった。データを精査して段取りを決めるよ」
コウが答え、通信を切った。
その後、コウとリクは日程や段取りを話し合って、その日は終わった。
ところが、翌日タニからキャンセルの連絡が入った。
めったにないことだった。
「依頼が取り下げられたのか?」
コウが尋ねる。
タニが言いにくそうに答える。
「いや、アガタにやってもらうことになった」
「へー、いいけど、なんで?」
コウが不思議そうに聞く。
タニはふーっと息を吐き、
「キリがないって話したじゃん。
それで、明石の殺しが少しでも抑止力になるよう、むごい殺り方をしてくれって追加があったんだよ」
コウが黙り込む。
「で、それじゃアガタの方が向いてるってことになったわけ」
確かにアガタはコウと違って殺し方にスマートさがない。
感情もどこかに置いてきたようなところがある。
殺し屋としては向いているのだろうが。
コウとしては、そんな依頼にリクを連れて行きたくないので、アガタに振ってくれたのはありがたかった。
「オッケー、了解、誰が決めたの? 社長?」
コウが尋ねる。
「そうだ」
タニが頷く。
「サンキューって言っといて」
「ああ」と言ってタニは切った。
コウはリクに連絡した。
リクは、そんなこともあるのかと受け入れた。
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仕事がなくなったので、コウはリクをボルダリングに誘った。
リクはトレーニングの一環でやったことはあるが、中級までだというので、2人で上級に挑戦することにした。
ボルダリングジムへ行き、それぞれが上級者向けのホールドにアタックする。
コウは相変わらずの実力で、すいすいと登っていく。
リクも身軽に登るが、途中のムーブで失敗したりして少し時間がかかる。
しかし一度覚えてしまうと次はできるようになるので、危なげなく進めていた。
いくつかの種類のゴールを攻略すると、3時間程経っていた。
汗を流し、2人で居酒屋へ入った。
「コウさんも、こういうお店に来るんですね」
リクが不思議そうに店内を見回す。
「来るさ」
コウは笑って答える。
ビールを注文し、2人でジョッキを合わせる。
「たまにはいいな」
コウが言うと、
「はい」
と、リクが楽しそうに答える。
本当に楽しそうだな、とコウはリクを見て思う。
その時、あることに気づいた。
「リク、お前未成年じゃないよな」
コウが慌ててリクに尋ねる。
リクは「え?」という顔をして
「はい、21歳です」と答えた。
…初めて知った…コウは、今さら…と考えると笑いが出てきた。
リクはコウがなぜ笑っているのかわからず、でもうれしくて一緒に笑っていた。
そこからは2人とも歩いて帰れる距離だったので、歩くことにして、リクのマンションへ向かった。
リクは「一人で帰れる」と言ったが、コウは「送る」と言って聞かなかった。
コウとしては『過保護』ということではなく、仕事が仕事なので、一般人よりも狙われる可能性があるから、という理由なのだが、それは誰が見ても、ただの『過保護』だったろう。
リクのマンションに着き、いつものようにコウがリクの髪や頬に触れてから別れた。
コウが自分のマンション方面へ歩き出すと、誰かがついてくるのがわかった。
誰か、というのもわかっている。
(まったく、俺にはプライバシーというものがないのか)
コウは振り向かず、独り言のように話す。
「なんであそこにいたんだよ」
相手が答える。
「ちょっと顔を見たくなってね」
「名乗るのか」
「いや、そんなつもりはないよ」
「別にいいけどよ。何を聞いてもリクが考えることだ」
コウがそう言うと、相手は立ち止まった。
コウも立ち止まり、初めて振り返った。
染谷は、寂しそうな顔をしていた。
「あの子らは、あなた方に会えてよかった」
そう言って、去って行った。
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