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染谷の思い

*****


翌日、社長とタニに、染谷との会話を報告する。


「あんた、相当気に入られてるね」

社長があきれ顔で言う。


「ふぅ…言い返す気力もないわ」

コウが力なく答える。


「で、どうすんの? うちにとってはメリットが小さい気がするけど」


「うーん、向こうがどの程度の情報を持ってるかにもよるよね。

主に密輸、密出国でしょ。

李の時も、こっちが掴めない情報持ってたしね」

社長が言うと、タニが苦い顔をする。


「でもね、人身売買の組織を叩くって一言で言っても、たぶんキリがないと思うんだよね」

社長が言うと、


「それは染谷も言ってた。

だから、結局何がしたいんだか、な」

コウが答える。


「もしかして、俺たちにそいつらを叩かせてる間に、他のこと企んでるんじゃないの?」

タニが言う。


「他のことって何だよ」


「わからんが…あ、外国の市場の方を狙ってるとか?」

タニがいかにも思い付きのように言う。


…が…そこで3人は顔を見合わせて黙ってしまった。



*****



結局答えが出ないまま、違う依頼に着手することになった。


コウとリクは、コウの部屋でタニからの説明を受けている。


「ターゲットは明石拓也。いわゆる闇バイトを集めて強盗殺人を犯させた。

実行犯は逮捕されている。

明石は一度警察に身柄を拘束されたが、証拠不十分で釈放されている。

今はメールも何も残らないようになってるからな。

証拠がないと動けない警察は弱い立場だ」


「明石が一番上ってわけじゃないんだろ」

コウが聞く。


「ああ、もちろん上も、その上もいるだろうさ。だがこの前の話じゃないが、キリがない。

依頼人は、この明石を殺ってほしいってことだからな」


「わかった。データを精査して段取りを決めるよ」

コウが答え、通信を切った。


その後、コウとリクは日程や段取りを話し合って、その日は終わった。



ところが、翌日タニからキャンセルの連絡が入った。

めったにないことだった。


「依頼が取り下げられたのか?」

コウが尋ねる。


タニが言いにくそうに答える。

「いや、アガタにやってもらうことになった」


「へー、いいけど、なんで?」

コウが不思議そうに聞く。


タニはふーっと息を吐き、

「キリがないって話したじゃん。

それで、明石の殺しが少しでも抑止力になるよう、むごい殺り方をしてくれって追加があったんだよ」


コウが黙り込む。

「で、それじゃアガタの方が向いてるってことになったわけ」


確かにアガタはコウと違って殺し方にスマートさがない。

感情もどこかに置いてきたようなところがある。

殺し屋としては向いているのだろうが。


コウとしては、そんな依頼にリクを連れて行きたくないので、アガタに振ってくれたのはありがたかった。


「オッケー、了解、誰が決めたの? 社長?」

コウが尋ねる。


「そうだ」

タニが頷く。


「サンキューって言っといて」

「ああ」と言ってタニは切った。


コウはリクに連絡した。

リクは、そんなこともあるのかと受け入れた。


*****


仕事がなくなったので、コウはリクをボルダリングに誘った。


リクはトレーニングの一環でやったことはあるが、中級までだというので、2人で上級に挑戦することにした。


ボルダリングジムへ行き、それぞれが上級者向けのホールドにアタックする。

コウは相変わらずの実力で、すいすいと登っていく。


リクも身軽に登るが、途中のムーブで失敗したりして少し時間がかかる。

しかし一度覚えてしまうと次はできるようになるので、危なげなく進めていた。


いくつかの種類のゴールを攻略すると、3時間程経っていた。


汗を流し、2人で居酒屋へ入った。

「コウさんも、こういうお店に来るんですね」

リクが不思議そうに店内を見回す。


「来るさ」

コウは笑って答える。

ビールを注文し、2人でジョッキを合わせる。


「たまにはいいな」

コウが言うと、

「はい」

と、リクが楽しそうに答える。


本当に楽しそうだな、とコウはリクを見て思う。

その時、あることに気づいた。


「リク、お前未成年じゃないよな」

コウが慌ててリクに尋ねる。


リクは「え?」という顔をして

「はい、21歳です」と答えた。


…初めて知った…コウは、今さら…と考えると笑いが出てきた。


リクはコウがなぜ笑っているのかわからず、でもうれしくて一緒に笑っていた。


そこからは2人とも歩いて帰れる距離だったので、歩くことにして、リクのマンションへ向かった。

リクは「一人で帰れる」と言ったが、コウは「送る」と言って聞かなかった。


コウとしては『過保護』ということではなく、仕事が仕事なので、一般人よりも狙われる可能性があるから、という理由なのだが、それは誰が見ても、ただの『過保護』だったろう。


リクのマンションに着き、いつものようにコウがリクの髪や頬に触れてから別れた。


コウが自分のマンション方面へ歩き出すと、誰かがついてくるのがわかった。

誰か、というのもわかっている。

(まったく、俺にはプライバシーというものがないのか)


コウは振り向かず、独り言のように話す。

「なんであそこにいたんだよ」


相手が答える。

「ちょっと顔を見たくなってね」


「名乗るのか」

「いや、そんなつもりはないよ」


「別にいいけどよ。何を聞いてもリクが考えることだ」

コウがそう言うと、相手は立ち止まった。


コウも立ち止まり、初めて振り返った。


染谷は、寂しそうな顔をしていた。


「あの子らは、あなた方に会えてよかった」

そう言って、去って行った。


*****




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