染谷再び
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屋上から降り、コウが車の方へ歩いていると、リクもついてきた。
リクは社長に車を支給されている。
コウは「車は?」と聞いた。
「今日は電車で来ました」
とリクが言うと、コウは面白そうに笑って
「殺し屋が電車で…マジか…じゃあ、乗って」
リクが助手席に乗り込むと、発進した。
しばらく2人とも黙っていたが、リクが意を決したように口を開いた。
「俺…仕事のあとは、コウさんと話をしたくて…いや一緒にいたくて…それで電車で来ました」
「うん、俺も1人で帰るより、リクがいた方がいいかな」
コウが微笑んで言う。
実際、コウにとっても、この時間は貴重なものになっていた。
リクが言う。
「ナツが帰ってきたら、コウさんは…」
まさにコウが考えていたことだった。
「それは、きっと社長が決めると思う。相性もあるからね。
きっとナツに合う奴につけるだろう」
リクは少しホッとした。
一人前になりたい、一人でできるようになりたい、と思う反面、コウとのこの時間がなくなるのは嫌だった。
「リク、俺はさ、いつでもいるから」
コウはリクの気持ちを見透かしたように言った。
その時、リクのマンションの前に車が着いた。
「じゃ、ゆっくり休んで」
コウがリクの頬を撫でて言った。
「はい、ありがとうございます」
リクは満足そうに車を降りて行った。
*****
コウがホテルのバーで酒を飲み、1階に降りて来ると、広々としたロビーのソファの1つに座ってコーヒーを飲んでいる知った顔があった。
コウはスルーし、出口に向かう。
タクシーに乗り込もうとすると、その男は勝手に乗り込んできた。
「何か用か」
コウが面倒臭そうに尋ねる。
「そんな冷たい態度を…この前の情報、役にたったでしょ」
そう答えたのは、コーディネーターの染谷だった。
染谷は、以前コウが追っていた案件の黒幕を知らせてくれたことがあった。
もちろん自分の利益になるからであり、こちらには何の見返りも求めなかった。
ある条件はつけたが。
その染谷が、再びコウに近づいてきた。
何か胡散臭いと感じながら、コウが同じことを聞く。
「何の用だ」
「おたくの会社で」
と染谷は言い、それきり口を閉じた。
コウの会社は、街の端の方にある公園の、さらに端に建つ私立図書館の中にある。
昼間にはロビーに老人たちが屯しているが、今この時間には当然誰もいない。
間接照明だけの薄暗いロビーの椅子に座り、コウと染谷は向かい合った。
「それで?」
コウが話を促す。
染谷が「せっかちだなぁ」と苦笑するが、すぐに話し始める。
「人身売買」
染谷がまず一言発する。
コウは黙っている。なんとなく予想していた。
「既に関わっているでしょう」
染谷が続ける。
「以前、あの埠頭から定期的に運び出されている荷がありました。
誰かが集めて、誰かがコンテナに詰め込み、誰かが見張って、誰かが船に積む。
海の向こうで誰かが荷を引き取り、誰かが市場へ出す。
それが、最近場所が変わりました。
少し離れた場所です」
染谷は、ここで一息つく。
相変わらずコウは黙って聞いている。
「コウさんがされたように、その時の被害者を救っても何の解決にもなりません。
もちろんおわかりでしょうけど。
私の仕事はコーディネーターです。
密輸や密出国のお手伝いをします。もちろん非合法ですが、私には私なりのルールがあるんですよ。
あたたと同じように」
染谷はコウを見る。
「人身売買は許せない、と?」
コウが初めて口を開いた。
「あんたは関わってないのか」
染谷はゆっくりと頷くと、話を続けた。
「組織は一つではないし、トップの入れ替わりも激しい。
一つ壊してもまだ終わらない。これが実情です」
染谷は少し躊躇っているように見えた。
コウは染谷が話すのを待つ。
「私はね…」
「ちょっと待て」
染谷が話し始めるのを、コウが止めた。
「あんた、もしかしてリクのことを知っているのか」
コウの顔が厳しさを増す。
染谷がコウの目をじっと見つめて言った。
「ええ、ナツも知っています」
コウが息を飲む。
「リクたちもあんたのことを?」
「いいえ、あの子たちは幼かったので、たぶん覚えていないでしょう」
コウは染谷の雰囲気が変わったのを感じた。
「今日はね、情報提供でも依頼でもないんです。協力をお願いしたい」
「協力…」
コウが呟く。
「社会正義、なんてガラじゃありませんよ。あたたと一緒です。
私がしたいのは、復讐です」
染谷が元の冷たい雰囲気に戻る。
コウはそれ以上の説明はいらなかった。
「うちのメリットが見当たらねぇな」
「もちろん、あげますよ。私が持っている情報の全てを」
「あんた、引退するつもりか」
「いいえ、ただ次のステージへ行こうかと」
「意味不明だな…。 まあ、いいや、会社と相談する」
そう返すと、コウは奥へ入っていった。
染谷もすぐに立ち上がると、図書館を出て煙草に火をつけた。
ふーっと煙を出し、空を見上げた。
暗い空の中に1点の赤い光が動いている。どこに向かっているのか…。
あそこにいる人間たちは目的地がわかっているのだろうか…。
コウはその足で会社に向かった。
夜中なので誰もいない。
仕方なく自室へ行くとソファに体を投げ出した。
まったく厄介な奴だ。
ホント気に入らねぇ。
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