コウの過去
*****
会社に戻り、コウの部屋でコウがコーヒーを入れる。
リクは膝を抱えてソファに座っている。
コウがコーヒーを入れたカップをリクの前に置く。
「俺さ」コウが話し始めた。
「初めて人を殺したの、10歳の時なんだよ」
リクが驚いた顔をコウに向けた。
コウはそれを見て、ふっと笑う。
「近所に住んでた40代の男。
俺んちは母子家庭でね、母が仕事をしてた。
俺はその日学校から帰ってきて、雨が降ってたから外で遊べないからさ、家でテレビ見てたんだよ。
玄関から誰か入ってきたから、母にしては早いなって思って見たら、見たことない男が立ってた」
コウは懐かしむような顔をしながら話を続ける。
「男は俺を見ると『チッ』って舌打ちして、ズカズカ靴のまま上がり込んできた。
俺は動けなかった。男は家の中を見回して、ガムテープを掴むと俺の口、手、足と手際よく拘束していったんだ。
俺はさ『慣れてるなー』とか『こんな安アパートに押し入っても、盗むものなんて何もないのになー』とか、呑気に考えてた。
その時にはもうネジが外れてたんだろうね」
コウは頭を指さして続ける。
「男は家の中をウロウロしてて何か考えてた。
そのうち、母が仕事から帰ってきたんだ。
ホント子供ってバカだよな。その時になって初めて、男の狙いが母だと気づいたんだよ」
コウは苦笑しながら、コーヒーを一口飲んだ。
リクは身じろぎせずにコウの話を聞いている。
コウが続ける。
「母が玄関から入って来た時、男と俺は母から見えない場所にいたからさ、母は部屋の奥に入るまで気づかなかった。
母が男に気づくのと、男が母に襲いかかるのと同時だった。
母は押し倒されながら、ガムテープで拘束されている俺を見たんだ。
母は必死で抵抗していた。
俺は何故か、すべきことがわかっていたんだ。
台所に行って庖丁を持った。後ろ手に拘束されてるから、後ろ向きにね。うまい具合に持てたよ」
コウは自嘲気味に笑った。
「後ろ向きのまま、母に覆いかぶさってる男の背中に自分の背中をぶつけた。庖丁を立てたままね。
男は『うっ』と呻いて転げたんだ。でも、それだけじゃ人は死なないよね。子供の力だし。
母がすぐに俺のガムテープを剥がして自由にしてくれた。
母はそのまま玄関の方へ逃げようとしたけど、俺は男の背中に刺さったままの庖丁を抜いた。
血が飛び散った。
そして転がってる男の背中をもう一度刺したんだ。今度は全体重を込めてね。
殺すつもりで刺したんだよ。10歳の子供が」
「もちろん罪には問われなかったけど、カウンセリングを受けさせられてね、おかげでだんだん自分のことがわかってきた。
俺は生まれつき人殺しの才能があるってね」
コウはリクを見た。
リクは黙って聞いている。
「人はさ、生まれつき持っているものと、環境によって手に入れるものがあるじゃん。
俺は生まれつき持っているものを生かすために生きることにした。そのために自分の環境を自分で決めた。
これはラッキーなことだと思うんだ。
生まれつき何も持っていなくて、環境も自分で決められない…そう思っている人間がごまんといる。
じゃあ、そういう人間はどう生きればいい?」
コウはリクの髪を撫でる。
リクが「どう生きれば…?」と呟く。
「例えばリクは社長と出会った。そして俺と出会った。
リクはそれを生かすことができた。何故か」
リクは考えた。
それは…社長が、そしてコウさんが…俺を受け入れてくれたから…。
「リクが自分の才能を見つけたんだよ」
コウが言う。
「社長や俺が、リクを繋ぎとめておきたい、と思わせる才能が、生まれつきリクにはあるってこと」
「え…?」
リクはコウが言ったことを消化することができずに、固まった。
「サイノウ?」リクは繰り返した。
「そ、才能」
コウがリクの髪を指で梳きながら、ニッコリ微笑む。
「つまり、今の俺やリクがここにいるのは、過去は関係ないってこと」
(過去は関係ない…)
リクがずっと囚われていたことを、コウが否定してくれた。
何も話していないのに…。
リクは、いつまでも髪に触れてくれるコウの温かい手に、心が包まれているような気がした。
そして自然と瞼が閉じると、張りつめていた体の力が抜けて意識が遠のいていった。
*****




