罠
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リクはコウの指示で「ひまわりの家」の、警察官と一緒にいたスタッフを尾行していた。
女は30歳前後で、児童養護施設の職員にしては少し派手に見えた。
「お疲れ様でした」と言いながら、女は18時に「ひまわりの家」を出た。
そのまま歩くこと15分、あるスナックに入って行った。
狭そうなスナックなので、リクが入るとバレてしまう。
リクはコウに連絡し、コウはタニに潜入する者の手配を頼んだ。
リクがスナックを見張っていると、スナックに入って行く男がいた。
ボザボサの頭をして作業服を着ている。
男はリクの方をちらっと見ると、親指を立てて入って行った。
リクはコウにその旨を報告すると、「もう帰っていいよ」とのことだった。
リクはなんとなく寂しさを覚えながら帰路についた。
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次の仕事の依頼が来たのは、それからすぐだった。
ターゲットは藤宮実。コウが泳がせていたチンピラだった。
依頼人は知らない奴だったが、黒幕の差し金に違いない。
こんなチンピラを殺しても意味がない。口封じだ。
「それなら、それで…」コウは考えた。
こちらが黒幕を追っていることを向こうは知らない。知っていればうちの会社に依頼をすることはないだろう。
藤宮の口を割らせることができれば。
コウはリクを呼び、自分の考えを話した。
リクは、コウの指示通りに動きます、ということで、社長にその旨を報告し、依頼を受けることとなった。
藤宮の確保は簡単だった。
そのまま会社がもつマンションに運び込む。
手足を拘束し、目を覚まさせる。
藤宮は当然驚き、一重の細い目をこれでもかと見開いている。
リクは別の部屋に待機させている。
今日はコウが話を聞きだすつもりだった。
コウが藤宮に状況を説明する。
「お前、殺されるぞ」 コウがそう言うと、藤宮は
「いや、誰にもしゃべりませんて。今までも、これからも。芦塚さんにご迷惑がかかることは決してしませんし…誓います」
コウはニヤリとした。
(こいつ、俺が誰だかわかってないな)
「芦塚さんだけじゃないやろ、ご迷惑がかかるのは」コウがそう言うと、
「いや、もちろんです。でもあの人は警察が守ってくれますやん。大丈夫ですって」
ほう、コウが畳みかける。
「木場さんね。でもあの人下っ端でしょ、誰が守ってくれるって?」
木場、というのは先日「ひまわりの家」に来ていた交番の警察官である。
コウは知っているけどさ…という素振りでニヤニヤと藤宮を追い込む。
「木場さんはそう下っ端じゃないですよ。でもその上に…」
藤宮が最後まで言う前に隣の部屋で「ドン」という大きな音がした。
コウが構わず、先を続けろと藤宮に促す。
藤宮は、「こ、ころされる…」と言いながらブルブル震え出した。
「『その上』って?」コウが焦れて藤宮の襟首を掴み声を荒げる。
藤宮はコウのことは目に入っていない様子で、相変わらずブルブル震えている。
部屋のドアが開いた。
そこには、頭に銃を押し付けられたリクがいた。
「くそっ」コウが吐き出す。
男は2人いた。
もう1人の男が、藤宮を撃った。
藤宮は頭を撃ち抜かれていた。
リクは男から離れようともがいていたが、男の方が上手だった。
男は相変わらず銃の先をリクの頭に当ててコウに言った。
「もうこれ以上騒ぐな。
お前たちのことはよく知っている。腕がいいだけじゃ何もできないんだよ」
コウはリクを見た。
悔しさを滲ませた顔をしている。
リクを助けなければ…コウはそれだけを考えていた。
「わかった、手を引く」コウは言った。
男はリクの頭に銃を向けたまま、後ろへ下がった。
一歩、さらに一歩…リクがコウから離れていく。
マンションの玄関のドアをもう1人の男が開け、3人が出ていこうとしたその時、コウは動いた。
リクに銃を突き付けている男の足をめがけてナイフを投げた。
男は銃をリクから離し、足を押さえた。
リクはすぐにドアの内側に滑り込み、鍵をかけた。
「リク! 無事か!」
コウがリクに駆け寄る。
リクは「大丈夫です」と力なく答え、
「すみませんでした」と続けた。
コウは力が抜けた。しばらくマンションにとどまり、その間に社長に報告した。
「罠だった」
コウが言うと、社長がタニに怒鳴る声が聞こえてきた。
自分だったら二度と立ち直れないだろうな、と思うほどの怒声が続いている。
一度電話を切る。
コウは「とりあえず帰ろう」と一言言って、地下駐車場に停めてある車へ行き発進させた。
さすがにもう襲ってはこないだろう。
会社の自室に着くと、やっと安心することができた。
コウは今までこんな経験をしたことがなかった。
仲間が人質に取られるなど…あってはならなかった。
リクは無表情だが、きっと今いろんな思いが頭を駆け回っているのだろう。
後悔、コウに対して情けないという思い…そして恐怖。
コウは思わずリクを抱きしめた。
「すまなかったな」コウが囁くように言う。
(あいつの言うとおりだ。腕がよくても何もできない。リクを守ることさえできなかった)
コウは自責の念でいっぱいだった。
リクはまっすぐに立ったままコウの胸に顔を埋めると、場違いな幸せな気持ちを嚙み締めた。
リクは今まで死ぬことを怖いと思ったことはなかった。
たださっき銃を突き付けられたときは、正直怖かった。
でも…目の前にコウさんがいて、自分を見ていた。ああ大丈夫だ、そう思った。
部屋の電話が鳴った。
コウはリクからそっと離れると電話をとった。
社長だった。
「すまん、コウ…二人とも無事…だよな」
こんなに社長の声が沈んでいるのを初めて聞いた。
「ああ」コウは答えた。
「タニのせいじゃないよ。俺が悪かった…首を突っ込み過ぎた」
「いや、この件はきちんと落とし前をつける。顧客との信用問題だからな。
リクは大丈夫か」
コウはリクを見て答える。
「ああ、大丈夫だ」
「リクを頼む」
社長はそう言って電話を切った。
コウはリクと並んでソファに座り、改めて向き合った。
「リク…」何を言おうか逡巡していると、リクがおずおずと口を開いた。
「コウさん、今日、オレ、怖くなかったです。
コウさんが…いたから…。
でも、男たちが入ってきたときにすぐ対応できなかったのが悔しいです。自分はもっとできる…そう思っていました。だから…」
コウはリクの髪をクシャクシャにした。
頬を両手で包み込み、自分の肩に乗せ、頭を押さえた。
何も言えなかった。
リクに自分の弱さを見せたくなかった。
見せてはならないと思っていた。
しかし、リクの健気さを前にして、何も言葉が出てこなかった。
「リク、俺たち、まだまだだな。もっと強くなろうな」
コウはそれだけ言うと、しばらくリクの匂いを堪能した。
(ああ、首輪つけたい…ダメか、それはさすがに変態か…)
リクはこの上なく幸せだった。
銃で頭を吹っ飛ばされかけたことなど、すっぱりきっぱり忘れ去っていた。
強くなる…コウさんと一緒に…。
リクはコウの体の温かさに包まれて、その言葉を心に刻み込んだ。
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