情け
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コウはキムを呼んで、電話の件を話した。
キムも、うーん、と考え、
「隠し部屋だとしたら、ただ探し回っても時間を浪費するだけですよね」
「ああ、そうなんだ。
だから、飯だ。
誰かが必ず飯を運ぶんじゃないか」
コウが言う。
「あ、そうですね、絶対そうです。
じゃ、飯を運びそうな人に張り付きますか」
「だな。
とりあえず、ここは一応名家だから使用人がいる。
しかし、ただの使用人には任せないだろうから、家人自ら運ぶか、昔からいる使用人を使うか、だよな」
「飯を作るところで張るのがいいですかね」
「そうしよう。今日の夕飯からだ」
それから2人は、見張るのにいい場所を探し、車を移動させ双眼鏡を構え準備した。
1人は車の中から、もう1人は近づいて、家族と違う場所に運んでいそうな人間を探すことにした。
台所は昔からの造りである土間のようなもので、土足で出入りできるようになっており、最近のキッチンとは違い、使用人たちの動線もわかりやすい。
そのため、見張りもしやすかった。
そして、早速、怪しい人物が見つかった。
使用人たちの何人かは家族が食する部屋へ料理を運んで行き、他の何人かは自分たちが食べる分を別の場所へ運んでいる様子だった。
ただ1人、その後で1人分を運んでいる者がいた。
年配の女性だ。
コウが近くから見ていると、その女性は母屋とは違う方向へ歩いていく。
そっと尾行する。
外廊下を進み、1つの屋敷に入って行く。
そこはキムが一度確認した屋敷だった。
コウはそのまま尾行し、屋敷の中に侵入した。
女性は鍵はかけていなかった。やはりそこまでの危機が迫っているとは考えていないのだろう。
ここは日本の、しかも田舎なので仕方ないことではあった。
女性は奥の方まで進むと、振り返ることなく、突き当りを右へ曲がった。
コウが近づくと、ギギギと機械や木が軋む音がする。
角からそっと覗くと天井から階段が降りてきていた。
「ここか」
コウがニヤリとする。
ただ、どうやって階段を降ろしたのか見ていなかったため、もう少し観察することにした。
女性は盆に食事を乗せたまま、階段を上がっていく。
すると、
「ああ、今井さん、すまないね、受け取るよ、気を付けて」
と男の声が聞こえてきた。
2、3言、言葉を交わし、今井と呼ばれた女性が降りて来る。
今井は階段を降り切ると、壁の1か所に手をかけて押している。
すると、階段は今度は上に上がっていき、最後は天井と一体化してしまった。
(へー)
コウは感心し、今井に見つからないよう近くの部屋に入り込む。
今井が屋敷を出たあと、コウも出て行き、キムと合流した。
「わかったよ、隠し部屋」
コウが伝えると、キムも感心していた。
「忍者屋敷のようですね」と、少し興奮している。
「確かにな、昔はこういうのがよくあったんだろうな、キリシタンや反政府分子たちが隠れる必要があったからな」
「なるほど」とキムが感心するが、
「韓国にもあるだろ、朝鮮時代の名残とか」
コウが言うと、
「ありますね」と苦笑した。
「さて、と」
コウが姿勢を整える。
「行きますか?」
キムが尋ねる。
「うん、そうだね…」
コウが少し考えてから答える。
「おそらく今井さんが膳を片付けにくると思うんだよ。
その後がいいかな」
「了解です。仕事はコウさんだけ行かれますよね」
キムが尋ねると、
「ああ、そうしよう」
とコウが答え、2人はまた見張りに戻った。
案の定、今井がまた屋敷に入って行き、盆を持って出て行った。
今度は鍵をかけている。
コウは動いた。
屋敷の鍵を開け、中に入る。
突き当りまで行き、壁に手を当て押し込む。
ギギギと音を立て、階段が降りてきた。
コウは上から見えない場所に一旦身を隠すと、階段が全部降り切らないうちに素早く上へ上がって行った。
そこには居心地の良さそうな部屋があった。
間接照明に照らされたのは、ベッド、ソファ、テーブル、ふかふかのカーペット、そして机の上にはノートパソコンが置いてある。
そして、男が1人。
飛び出しそうな目をして、こちらを見ている。
コウは口に指を当て、「静かに」というジェスチャーをした。
男にとっても家族や使用人に叫び声など聞かせたくはないだろう。
「この階段をこちら側から上げるにはどうする?」
コウが聞くと、男は素直に、コウに近づき下と同じように壁の1か所を押した。
階段がまた音を立てて上がってきた。
「誰、ですか?」
男がコウに尋ねる。
コウはそれには答えず、「東海林敦さんで間違いないね」と穏やかに尋ねた。
男は少し間を置いて、諦めたように「はい」と小さい声で答え、力が抜けたようにソファにゆっくりと腰を下ろした。
間接照明の薄暗い灯りの中でも、顔が真っ蒼になっているのがわかる。
「聞いていいかな。
なんでデータを持ち出した? 金?」
コウが聞く。
東海林は力なく首を横に振り、「いいえ」と答えた。
「信じてもらえないかもしれませんが、間違ってたんですよ、データが」
思いがけないことを東海林が言いだした。
「間違っていたとは?」
コウが尋ねる。
東海林は、相手が味方でも敵でも、もうどうでもいいといった様子で語り始めた。
「私が関わったのは、防災の仕組みに関する資料作りでした。
その資料の基礎となる統計が間違って入力されていた。
そうなると、災害の予想範囲や規模、交通機関の麻痺、避難の誘導などが全て誤った情報で発信されてしまう。
それを上席に申告すると、『目を瞑れ』と言われました。今さらどうにもできないと」
「だからデータを持ち出した?
なぜ消去しなかった?」
「消去しましたよ。
持ち出してなんかいません」
コウは唖然とした。
「はっ」
思わず口から吐き出すような声が漏れた。
「証明できる?」
コウが尋ねた。
「できますが、誰も信じてくれないでしょう。
きっとその前に殺される。
あなたがその役目なのでは…?」
東海林が怯えた目でコウを見た。
覚悟をしていたのか。
「ああ、確かに俺はあなたを殺しに来た」
コウが告げると、東海林が「ああ…」と声にならない声を出し、頭を抱えた。
コウは絶望している東海林に向かい、
「証明してみろ」
と言った。
東海林は頭を上げ、また目を見開き、コウを見つめた。
「できないのか?」
コウが言う。
「で、できます!
消去はしましたが、復元することができます」
慌てて東海林が答える。
コウは頷くと、1本電話をかけたのだった。
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