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バーにて

*****


當間の案件から約1か月、コウは調査部に「ひまわりの家」に接触する者がいないか探らせていた。

今のところまだ怪しい動きはないらしい。


このまま當間の事業がフェードアウトするとは考えられないが、さすがに5歳の子供を巻き込んではほしくない。


コウは人間に興味がないし、ましてや子供好きでは決してない。

世の中の理不尽にいちいち文句をつけるつもりもない。

世の中とはそういうものだし、その理不尽の一端を自分も担っている。


ただコウは、自分が気に入るものを受け入れるし、気に入らないものは受け入れない。

物心ついた時から、1人で決断しなければ生きてこれなかったコウがたどり着いた、自分のルール。

我儘と言われようが、薄情と言われようが関係ない。


そもそも自分は世間のルールを無視した殺し屋なのだ。


そして、この件はどうも気に入らない。

引き続き「ひまわりの家」の監視を続けるよう調査部にオーダーし、コウは会社をあとにする。


*****


通りに出てタクシーを拾い、行き先を告げる。

タクシーは10分ほど走り、昔は繁華街であったであろう、寂れた街の一角に停車した。


周りにちらほらと人影はあるものの、顔がバレてはまずいように、皆俯いて佇んでいる。

開いている店はないようで、割れた看板に電気が通っているものはない。


コウはタクシーを降り、坂になった細い路地に入る。

30メートルほど歩くと、左に趣のあるドアが現れる。


どっしりとしたオークでできたドアには複雑な彫刻が施され、一目で高級店とわかる誂えである。

しかしそのドアには取っ手がなく、一見(いちげん)ではどうやって入るのかわからない。


コウはちらっと右上を向く。

すぐにガチャリと音がしてドアが向こう側へ開いた。

中へ入り、ドアを押して閉める。


中は薄暗く、しかし高級感漂うバーになっている。まさに隠れ家的な店だ。

コウはまっすぐカウンターへ進み、バーテンダーに挨拶をする。


「コウさん、お久しぶりですね」

年配のバーテンダーが微笑みを返す。


「うん、最近新しいおもちゃをもらったから、忙しくてね」コウが答える。


「おもちゃ、ですか」

相変わらず微笑んだままバーテンダーが返す。


「それがさ、なんか癒されるんだよね。おもちゃっていうより、ペットかな」

笑いながらコウが答えた。


注文せずとも、さりげなくグラスが差し出された。一杯目はブラントンと決めていることをちゃんと知っている。

一口飲むと、お互い黙り込み、ゆっくりと酒を味わう。


会社の自室でも、マンションの自室でもなく、非日常を感じることができる空間。

ここでは殺し屋としてのコウは影を潜め、全く気を張ることなく酔うことができる…


はずだった。


すっと隣の席に男が座った。


コウは一瞬で警戒モードに入る。

他にも席は空いているのに、わざわざ隣に座る人間はいない…目的がなければ。


バーテンダーが何か言おうと口を開きかけた。

コウは目でそれを止め、視線だけで隣の男を見る。


「情報があります」

男は静かに言った。


コウは黙っている。


「下っ端の警官にご注意ください」


コウはまだ黙っている。


「三日後に、また来ます」


男はそう言うと、バーテンダーに「失礼しました」と言い残し出ていった。


バーテンダーが、コウに謝罪する。

「以前よくいらっしゃっていた方です。最近はお見かけしていなかったのですが…」


コウは、なんでもないよ、と微笑み、バーテンダーを安心させた。

コウは同じものをもう一杯頼み、仕切り直すことにした。


今考えることではないだろう、そう結論づけ、バーボンの味に酔いしれた。


*****


翌日、コウは調査部に昨日の男の接触について報告した。

「下っ端の警官」といっても曖昧過ぎるし、巡査なのか、巡査長なのか、交番勤務なのか、交通課や生活安全課なのか…。

今の時点で調べられることはないが、笠原の証言もあることから、それらしき人物が上がってきていないか確認をしておいた。

まあ、3日後と言っていたので、その時に少しは進展があるだろう。


しかし、コウがあのバーに3日後に訪れた時、男は姿を現さなかった。


*****


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