ep25.未来で
x年後
「店長、お先に失礼します」
「うん、お疲れ様。薫くん。いつのまにかすっかり様になったね」
「いえ、店長に比べたらまだまだです」
「そんなことないよ。…薫くん、私には息子も娘もいないんだ…。無理強いはしないし、薫くんの意思で決めてほしいんだけど、私がこの店を続けれなくなった時は、薫くんに継いで欲しいと思ってるんだ」
っ…!?
俺が、この店を…?
お客さんも店長も優しくて働き続けてるこの店は、大事にしたいし守っていきたい。
けどそれは、生半可は気持ちじゃダメだと思う。
「店長の気持ちは、嬉しいです。…少しだけ、考えても良いですか?」
「ああ、まだまだやめるつもりはないから、いくらでも、考えなさい。たくさん悩んでこその人生なんだから」
やめるつもりはないと言っても、もう70を越えてる店長は、10年も続けられないと思う。それどころか、最近腰をよくさすっている。5年だって怪しいだろう。
何年もやってきたお店だからこそ、もし継ぐのなら、俺も次に繋げたい。
「ありがとうございます。では、帰りますね」
「うん。また明日もよろしく、薫くん」
なんとなく、これは1人じゃ決められない気がして、友人のいる店に立ち寄る。
ベルの音が鳴ると、一斉に顔のいいやつらがこっちを向いた。
「よお!薫!相変わらず好青年してるなぁ」
「…もう青年とか言える年齢じゃねぇよ……」
「わぁかってるってぇ」
更に年月が経った今でも、こいつらはやっぱり無二の友人だ。
律は、あれから更に口調が解けた気がする。
「…ねぇ、新しい恋に進む気は、やっぱりないの?」
「ないな」
「うわっ、即答じゃん。薫は薫してんなぁ」
「なんだその言葉」
翔は、相変わらず軽い。
その軽さが、俺を一瞬だけ現実と切り離してくれるから、俺はここが好きなんだろうな
「俺はさぁ、薫。新しい恋に進むことが、つむぎちゃんを蔑ろにすることになるとは思わねぇよ?」
「うんうん、翔に同意だな」
律と翔は、俺に出会いを勧めてくる。
悪気があってやってる訳じゃない。むしろ善意たっぷりだな
それでも俺は…
「分かってる。でも悪い。俺はつむぎ一筋だって決めてる。誰かと結ばれても、俺はそいつに感情を向けれないと思う」
「…そっかー。真っ直ぐだね。それで?今日はどうしたの?」
「ああ、実は、働いてるカフェで店長に店継がないかって言われてさ。お前らならどうする?あ、ふざけはなしだぞ、真剣に答えろよ」
こいつらならワンチャンやりかねないからな。念には念を…だな
「うーん、…俺なら、継ぐよ」
律は普段とは違い真剣なトーンで答える。
「なんでだ?」
「そこが自分を受け入れてくれた場所だからかな。だから俺もこのバーを継いだ訳だし。自分の大切な場所でもあって、仲間にとっても大切な場所なら、そこを守らない選択肢は、俺にはなかったよ」
律らしい答えだと思った。
自分の居場所も仲間の居場所も守るため…か…
「…そうか。…翔は?」
似ているようで違う翔の答えも気になる
「えー、俺は、継がないかな」
「理由は?」
「俺は、何かを守るような力を持ち合わせてないし、多分責任を取りきれない。人の思いを継ぐってことは、それ相応の覚悟と責任と、同じくらいの思いが必要だろ?俺に感情の起伏は殆どないから、多分何かあっても、それを必死に守れないと思う。だからかな」
双方の気持ちが痛いほどに分かったような気がする…
翔の気持ちも、良くわかる
俺も、何かを守るような力を持ち合わせてはいないと思う。だからこそ、迷ってる
「さんきゅ。もうちょっと考えてみるわ」
「おう」
「またなぁ」
何年も経ったからか、いつのまにか、帰路を辿ることが苦じゃなくなってた。
家に着いたらまずは皿洗いから始める。
次に風呂掃除、湯もためておく。
それから朝の間に作っておいた晩御飯の仕上げをする。
掃除、洗濯は朝のうちに済ませる。
…全部、つむぎがしてたんだよなぁ。文句1つ言わずに、ただ直向きに…。
少しでもつむぎがここにいたって事実を残しておきたくて、生活のルーティンも真似るようになった。
後悔はどれだけしても、それ以上のものにはならない。だからせめて、自分の生活はきちんとしようと決めた。
つむぎにあっちで怒られないように。
せっかくつむぎが用意してくれた土台を、壊したくなかった。
つむぎは、衣食住に、真面目に働けば今後困ることのないであろう遺産を俺に全部渡した………。そして、俺を真っ当な人間に戻してくれた…大きな大きな土台だ。
でもたまに、その土台を壊してでも、あっちにいきたくなる時が、本当にたまにある…
「…行くか……」
寝巻きに着替えてたのを急遽外着にして、徒歩1時間くらいかかる場所に深夜0時くらいに向かった。
夜中の1時くらいに着いたので、花とお酒を備えて、水をそっとかける。
「……つむぎ、あっちで元気してるか…?ごめんな、頻繁に来ちまって……」
つむぎと出会うまで、自分がこんなに女々しい人間だとは思わなかったな…
つむぎに会いたい…
一目、一言、そんな言葉を言える時期はとっくに過ぎてるのに、それでもまだ、未練がましくつむぎのことを思ってる。
愛してる…
本当に愛してる…
つむぎ…
つむぎ……
『________さん』
?、なんだ?
『かおるさん!』
…!はっ?えっ…?
『なん、で…』
『もぉ、よっぽど疲れてたんですね。…お久しぶりです、薫さん』
これは、…流石に夢だよな。…じゃないと、都合が良すぎる…。でも、それでもいい…俺は…
『…ずっと、会いたかった』
『…はい。私も、会いたかったです』
まさか会話まで出来るなんて、都合が良すぎる夢だな本当…。
『…つむぎ。俺は、ずっとつむぎに、礼を言いたかったんだ』
『え?』
『手紙に書いてくれてた、たくさんの【ありがとう】は、また俺を救ってくれた。こちらこそ、俺を愛してくれて、本当にありがとう……。だから、もう大丈夫だ』
『……!』
つむぎは、俺を愛してくれているから。だから、弱った俺を心配して成仏出来なかったんだろうな…
まさか死後の世界でも迷惑かけるなんて思わないだろ普通……
俺が弱って一目とか一言とか思い続けたのが原因だなぁ…。やっぱ優しすぎるぞつむぎ…
『心配して出てきてくれたんだよな。ありがとう。つむぎはこれまでたくさん…本当にたくさん頑張った。つむぎの頑張りは、俺が保証する。次に頑張らないといけないのは俺だ。ここでの人生を全うして、次は、つむぎと一緒に!人生を全うする。俺が必ず、姿形が変わっても、絶対に見つける。会いに行く。約束だ』
『…えへへ、覚えていてくれたんですね』
『当たり前だ。俺の人生で、つむぎ以上の人なんて
いないんだからな』
これは誇張ではなく、ただの本音
俺が失ってたものを全部手繰り寄せて、掴ませてくれたのがつむぎなんだから、当然だ
『…嬉しいです。本当に……』
『…おう。まあ、だから、あんまり心配しなくていい。つむぎがずっと俺のこと見てたら、あっちで土産話出来なくなるだろ?』
『たしかに、そうですね!じゃあ、絶対、たくさん思い出聞かせてくださいね。約束です』
久しぶりに、…本当に久しぶりに、俺たちはまた、新しい約束を交わした。
もう大丈夫
そんな気がした
何の根拠もないし、何かが解決したわけでもない
それでも、前を向いて歩けるような、光を灯してくれたような気がしたから、その光を追いかけるように、俺は目を覚ました
さきのことが現実に起こったのだと示すみたいに、日が新しく登ってくる
俺はいつのまにか近所の公園の大木を背もたれにして眠っていた。
幸い寝心地のいい季節だったので、何の問題もなかった。
「ありがとう、つむぎ。慰めに来てくれて」
改めてつむぎの偉大さを知った後、俺は家に戻って、風呂を済ませたあと、仕事場であるカフェに向かった。
人が来たことを告げる、扉に掛けてる鈴が鳴る。
「店長。俺、店長とみんながいるこのカフェ、継ぎたいです」
今日もまた、つむぎの愛おしい恩返しのおかげで、新しい1日が始まる
end




