21.隠された気持ちは
つむぎが入院し始めて2ヶ月が経つある日、彼女が入院している部屋へ行くと、つむぎが泣いてるように見えた。
「つむぎ?」
「っ…、かおるさん…!えへへ、今日も来てくれたんですね。嬉しいです!」
また、太陽だ……
今隣にいるはずのつむぎが、どこにもいないような気がしてならない
「なあ、つむぎ?」
「?、どうしましたか?」
「…今日、何かあったか?」
つむぎはいつも、毎日ずっと、太陽みたいな笑顔で俺を照らしてくれる。……
本当に、…つむぎの笑顔は、本当に太陽みたいに明るい気持ちなのか…?
「……どうしてですか?いつも通りですよ。それより、今日あったこと聞かせてください!」
日に日に目を開けてる時間は短くなってる。病状だって進行してると思う。
それでも明るく誰かを照らす笑顔は絶やさない。
まだ、もう少しだけ、騙されてやる…、でも、次はない。
「…分かった。今日はな……」
こうして面会時間ぎりぎりまで話して、俺はつむぎが残してくれたままにしてるマンションに帰る。
つむぎのいる家は帰るのは楽しみだった。…でも今は、つむぎがいた家に帰ることが苦痛で仕方がない。
出来ればずっと、つむぎの側にいたい
それでもつむぎが残してくれたらものだから、何1つだって手放したくはない。
俺は傲慢だから、つむぎも、つむぎの持ってるものも、何1つ手放すなんてことは出来なかった…
次の日つむぎの面会に行った時は、いつも通りになっていた。
最近曇りがかる空も、今日は快晴だ。
久しぶりに、つむぎが面会時間の間ずっと起きていた。だが、これが違和感であることに気がつくべきだった。
その次の日から、つむぎが辛そうにしてる姿を見る回数が増えた。でも、俺が来たと分かった途端、その辛そうな顔は消え失せる。
その姿がまたもどかしくて、俺はとうとう我慢出来なくなった。
「つむぎ、来たよ」
「っ、薫さん。おはようございます」
…もう、昼なんだけどな……
「おはよ、つむぎ。今日はくもりだ」
つむぎの表情も、日に日に疲れていっているように見える。……まあ、当たり前だよな……
毎日毎日治療を受けて、痛いのも苦しいのも耐え忍んで生きるなんて、疲れるに決まってる
「…つむぎ、どうして笑うんだ?」
「へっ…?」
突拍子もない質問だとは分かってる。
けどずっと疑問に思ってた。
何で、…何が、つむぎが無理に笑顔をつくる引き金となってるんだって
何から、つむぎは自分を守ろうとしてるんだろうって。
俺の考えは、あくまで予想でしかない。結局のところ本人の口から聞かないといけないんだ
「辛いと思う。悲しいと思う。苦しいと思う。怖い、不安、恐怖もあるんじゃないか…?なのにどうして、つむぎは無理して笑うんだ…?俺は、つむぎの心からの笑顔をあまり見たことがなかったんじゃないかって、最近思うようになった」
『思う』ってつけたのは、本人の感情は、他人じゃ測ることが出来ないから。
本人にしか分からないことが多分たくさんある。俺は…ずっとそうだったから。
「…薫さんってエスパーですよね。私、今まで無理して笑ってるなんて言われたことなかったんですよ。それどころか、『人生楽しそうでいいね』って言う人たちしかいなかったのに…どうして、薫さんはっ…」
病気を抱えて生きてる人間が、人生全部楽しい訳ないだろう。人が人に抱く勝手な偏見によって、傷つく人がいることを知らない人が、よく言う言葉だ…。
「つむぎの太陽みたいな笑顔は、もちろん本当に笑顔になるときもあったんだろうな。つむぎは、明るく笑うのが癖だから」
「…!否定もしないんですね…。私の笑顔は『八方美人で嘘くさい』って…」
困ったような笑みを浮かべる。
言われたんだろうな。その言葉を。
「する訳ない。俺も知ってるから。人に好かれるために明るい笑顔を習得して、そのうちそれが癖になって、心から笑顔になるときも、そうじゃないときも、同じ笑顔になるんだ」
もう何年も時が経ったみたいに、その時のことを少し話す。
まだつむぎと出会って、俺が無理して笑わなくなって半年も経ってないのに。
それだけ、俺にとってつむぎとの出会いは濃かったんだ。
「でも1回だけ、見たことあるんだ。つむぎがいつも太陽とか向日葵を彷彿とさせるような笑顔をしてる中、1回だけ、桜の蕾が開花する瞬間みたいな笑顔だ」
「…っ!桜、ですか…?ふふっ、初めて言われました」
「つむぎが俺を、飾らない俺も好きだって言ってくれたみたいに、俺も、つむぎのどんな表情も好きだ。笑顔のつむぎも好きだ。でも、ありのままのつむぎも大好きだ。…ずっと俺が隣にいるから。隣にいたら、どんなつむぎにも気づけるだろ?」
「なんだか今日、すごくかっこよく見えますね。最近はずっとかわいい薫さんだったのに」
揶揄うように、誤魔化すように、クスクスと可愛らしい笑みを浮かべる。
ああ…。これだ…。桜の花が春風に吹かれて、気持ちよさそうにしてるみたいな…
もう解放してやらないと。つむぎの太陽みたいに笑う無意識的な防衛本能から…
つむぎも俺も、他人が思い浮かべる自分のイメージ像を気にしながら生きる癖がある。
俺はつむぎに救われて、その癖は次第に治っていった。でもつむぎは、……。
今度は、俺の番だよ。つむぎ
「嬉しい時は一緒に喜べるし、悲しい時は俺が隣にいて、つむぎを抱きしめてやれる。つむぎが教えてくれたことだ。俺が辛い時、つむぎは何度だって俺に手を差し伸べてくれた。だから俺は、つむぎの手を掴めた。…つむぎも、勇気を振り絞って、俺の手を掴んでくれないか?」
すぐ側で手を差し伸べると、つむぎはやっぱり少し躊躇った。
分かるんだ。分かる…。分かってしまう。
何気に、真に怖いことは、人に弱みを見せて、頼ることだと思う。そうして弱くなっていくんじゃないかって不安に感じる。俺が正にそうだった。
いつもつむぎに助けられた。出会ってからこれまでずっと、俺の心を照らして、前を向いて生きようと思わせてくれたのは、全部つむぎのおかげだ。
つむぎに頼ってばっかりで弱くなるんじゃないかと思ってたのに、実際は、つむぎの強さや優しさに触れて、少しでも力になりたいと思うようになった。
そんな俺の人生の恩人であるつむぎが苦しんでるのに、何もしないなんてこと、出来るわけがない。
「大丈夫だ。離れないって約束する。つむぎが天国にいってもこんな俺を好きでいてくれるなら、来世もきっと、俺たちは出会うよ。出会って、恋して、愛し合って、お爺ちゃんお婆ちゃんになってもその愛は変わらない。それで、また約束するんだ。『来世も一緒に恋をしよう』って」
「っ…、かおるさんは『なんか』じゃありませんよ。私のヒーローなんですから。それに、素敵な夢ですね。そんなにかおるさんがロマンチックな人だなんて知りませんでした。…でも、安心しました…。かおるさんがそう言ってくれて…。少し…少しだけ、甘えてもいいですかっ…?」
やっと、泣いた……。
出会ってから他人のためにしか、泣くところを見なかったつむぎが、やっと、自分のために泣いた
「怖いよな、怖いに決まってる。凄いよ。つむぎ、本当につむぎは凄い…。目に見えない病気と、一生懸命戦ってきたんだろ?ここまで頑張ってきてくれて、ありがとな」
「___っ!、ぁ」
つむぎが俺の手を取った。
そのままつむぎの体を引き寄せる。
大事に、大事に抱きしめて、それから、
最初で最後の、キスをした。
◇◇◇




