20.過去
◇◇◇
つむぎが入院し始めて、俺は毎日病院に通った。
正規雇用となったカフェも、当たり前だけど、ちゃんと毎日働いてる。
入院の費用を稼ぐためだとか、そんなんじゃない。
お金はつむぎが稼いでたので十分足りてた。
ただ、仕事を辞めて病院に見舞いに行くのは、つむぎに顔向けが出来ないからってのが理由。
前渡しそびれたマグカップは、つむぎが目を覚ました次の日、着替えと一緒に持って行った。
そしたら、…
『ありがとうございます…!ずっとずっと、大切にしますね!!』
なんて言って、めっちゃ喜んでくれた。
病院に行って1週間が経つ時、流石におかしいと思ったことがあった。
つむぎのお見舞いに行くと、そこにいるのはいつもつむぎ1人だけ。
普通は、家族が心配して様子を見に来たり、つきっきりになるものじゃないのかと。俺もその普通を知らないから何とも言えないけど…。
そのことをつむぎに聞いたら、つむぎは淡々と答えてた。
『私のお母さん、お父さんに浮気されてたんです。それが高校入学前に急遽決まった私と父母のDNA検査で分かって、お母さんは、【お前さえいなければこんなに傷付くこともなかったのに】って言って、私を育てることを放棄したんです。両親は離婚しました。その1ヶ月後に、母も精神を病んで他界しました』
それから高校と大学のお金はせめて払わせてくれと父から申告があったことも聞いた。
このことを知ってから、ようやく分かった気がした。
つむぎは自分の心を守るために、防衛本能で笑ってたんだってこと
真昼時の晴れ渡った空の中、太陽が燦々と照らす光みたいに。
これをつむぎに伝えることはしなかった。
代わりにもう1つ、気になってたことを聞いた。
「なあ、つむぎ」
「何ですか?」
これを聞いても、多分つむぎのいい過去は聞けない。何故なら、そうなる必要がないから
「どうしてつむぎは、何でも出来たんだ…?家事は、料理も洗濯も掃除も何でも完璧だった。それに、俺が襲われてた時も、つむぎは強かった。あれは、そうならないといけない理由があったのか?」
本当に、知らないことだらけ。
どんな過去でも知ったところで、俺の態度が変わるとか、それだけはない。
ただ、何も知らない俺に慰められるのだけは、嫌だと思うから。だから、聞いておきたい
「…家事に関しては、高校生から1人だったので、それで覚えました。でも、今ほど完璧ではありませんでした…」
「うん」
「大学生になって初めて、彼氏が出来たんです。好きだったとか、そういうのでは正直なくて、付き合って、だんだん彼のいいところを見つけて、好きになれたらと思って、告白を受け入れました」
「うん」
そんな感じだろうな
つむぎは、人への執着がないから
「でもそれから、彼は変わりました。料理は常に完璧じゃないと、捨てられました。彼の部屋に来て、掃除や洗濯をやらされることもありました。誕生日はお祝いしても、何も食べなかったり、片付けても、わざと散らかされたり」
…ああ、分かった
つむぎの彼氏の基準が、これでもかってほどに低かった理由が…
「浮気もありましたし、彼はだんだんとお酒に溺れて、暴力を振るうようにもなりました」
「…!」
「一時期は、本当に殺されるかもしれないと、思ったこともありました。でも、私も死ぬわけにはいきませんから。格闘技を始めたんです。いざって時に対応出来るように。これが、私が強い?理由ですかね」
想像していた以上の過去が、目の前のつむぎからは次々と出てくる
何が箱入り娘だよ…。誰よりも修羅場を掻い潜ってきたやつなのに…
「ありがとう。話してくれて」
話してもらっておいて、何を言えばいいのか言葉に詰まっていた時、つむぎは続けて言葉を紡いだ。
「でも、辛い過去では無くなったんです」
「え?」
「かおるさんが親身に聞いてくれて、かおるさんに惚れてもらえるくらいにいい女になれたんですよ?だから、良かったなって」
一見辛い過去でしかないものを、つむぎは、俺なんかで辛い過去から前を向いて歩くことが出来る
やっぱ強すぎるぞ、俺の惚れた人…
「…好きすぎるなぁ……。つむぎ、好きだよ。本当に大好きだ」
「!、私も、大好きですよ。かおるさん」
全部が好きだけど、俺が1番惚れたのは、残念ながら元カレに強制的に鍛えられた家事とか格闘技できるとことかじゃなくて、内面なんだけどな…まあこれは、言わないでおく
つむぎの優しく強い心に助けられてきたから、今の俺があること、つむぎは分かってないんだろうなぁ
でも結局、惚れた人が幸せそうに笑ってくれてたら、それでいいと思う
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