初めての彼女の部屋 後編
期待していることなんて、何もなかった。
お互いに意識したりキスをしたり手を握ったりはしたけれど、下に新井の母親がいるということが抑止力になってくれた。
なんとなくで新井との仲を進めたくない。
そんな気持ちもあった。
「新井……」
「飯田くん」
お互いの瞳が合っても、それまでだ。
俺達にはまだ早い。
もっと新井を大切にしたい。
「新井が好きだから、大切にしたい」
「……うん」
新井が擦り寄る。
その度に同じ匂いが同化して、いつか新井と結ばれる日もこんな感じなんだろうかと遠くない未来に思いを馳せた。
「里子ー!飯田くーん!夕飯出来たから食べちゃいましょうー!」
階下から声が聞こえてきて、新井の口から舌を引っこませる。
「はぁい」
新井が軽く答えると、赤くなった顔をおさめるように頬に手を当てている。
俺も顔が赤いだろう。
実母に夕飯はいらないと連絡して、新井と一緒にダイニングに向かう。
「はい。飯田くん。制服、乾燥が終わったから。アイロンも終わっているわよ」
「ありがとうございます!」
受け取って頭を下げる。
「飯田くん、ここ座って」
新井の隣を指差されて、座る。
「他のご家族は?」
「お父さんもお兄ちゃんも遅くなるらしいわ。だからゆっくりしていってね」
新井の母親から言われて、新井と顔を見合わせる。
どうしよう。
「でも、いちゃつきすぎないでね」
釘を刺されて二人で赤くなる。
「……はい」
「もう!お母さんってば!」
「ふふふ」
揶揄われながら夕飯をご馳走になった。
いつも新井が作る弁当と似ていて、でも弁当は俺の好きな味付けで、新井が俺の好みに合わせてくれているんだと初めて知った。
そういえば、弁当を作り始めた時に色々と尋ねられたっけ。
懐かしく思いながら、箸を進める。
「美味しいです」
「ありがとう」
「飯田くん!これも食べて!お母さんの作るのなんでも美味しいから!」
新井が煮物を差し出してくる。
「新井が作るのも美味しいよ」
そう言うと、新井が微笑む。
新井の母も見守っていた。
……なんか、いいな。この空間。
「ごちそうさまでした」
出されたものを勧められるまま食べてしまったけれどよかったんだろうか。
「雨、弱まってきたね」
「そうだな」
「もう少ししたら止みそうだから、飯田くんゆっくりしていってね」
「はい」
新井に手を取られる。
「行こう、飯田くん」
また新井の部屋に戻って行った。
二人きりの部屋はドキドキする。
さっきまでの甘い雰囲気がまた漂う。
「新井」
「飯田くん」
何度目かもわからないキスは、さっきの食事の味がした。
そう考えると新井も美味しそうだ、なんて考えながら二人で手を繋いで座って他愛ない話をする。
こんな時間が何より幸せだ。
高塚を追い掛けていたらこんな幸せは訪れなかっただろうか。
「雨、止んじゃったね」
「ああ。……そろそろ帰るな」
「うん……。また明日、学校でね」
「わかってる」
最後にもう一度キスをして、新井の家を出た。
雨上がりの夜空はとても綺麗で、俺は新井も窓からこの星空を見ていたらいいなと思った。




