初めての彼女の部屋 前編
体育祭が終わってから、校内公認のカップルとして話題に上げられることが増えた。
見知らぬ生徒からも、あの姫抱きの人、なんて呼ばれている。
正直恥ずかしい。
でも、堂々と新井と学校生活を楽しめるのは悪くない。
同じグループになるように配慮してくれたり、正直ありがたい。
「なんか、ちょっと恥ずかしいね」
「俺は結構嬉しい」
「……私も」
帰り道、いつものように新井を送って帰る。
季節はあっという間に梅雨だ。
雨が降ると傘の分だけ離れて寂しいけれど、雨がしとしと降る中で二人で帰るというのも風情があるといえばある。
「そこ、水溜りがあるからもうちょいこっち寄って」
「うん。ありがとう」
新井が極力濡れないように気を配って二人だけの帰り道を楽しむ。
新井を引き寄せて車道側に少しはみ出ると、後ろから来た車に思い切り水をかけられた。
「うわ!」
傘があった部分は大丈夫だけれど、下半身がびしょ濡れだ。
「まいったな」
「大丈夫!?そうだ!うちに寄って行きなよ!」
「えっ!?」
実は付き合って数ヶ月、毎日のように新井を自宅まで送り届けても家の中まで入ったことはない。
「い、いいよ!急いで帰れば」
「いいから!」
「大丈夫だって……へくしょん!」
間抜けなくしゃみだ。
「ほら!すぐお風呂沸かしてもらうように言っておくし!」
そう言うが早いか新井はスマホを取り出して母親に連絡しだした。
「お風呂沸かしてもらうように言ったから、家に着いたらすぐに入れるよ!急ごう」
そうして、俺は人生初めての彼女の家に入るという重大なイベントを偶然起こしてしまった。
まさか、こんな形で彼女の家に行く日が来るなんて。
「お邪魔します……」
うぅ、緊張する!
そういえば、新井とのファーストキスも新井を自宅まで送って行って家の前でしたんだよな。
それを思うと長いような短いような。
「あらあら、こんなに濡れちゃって」
新井が少し歳をとったような女性が出迎えてくれた。
「お母さん」
「初めまして」
俺は慌てて頭を下げる。
彼女の母親との初対面がこんなに急だと心臓に悪い。
「タオル用意したから拭いてくださいね」
「ありがとうございます」
びしょ濡れの半身から拭いていく。
床を濡らさないように気をつけていると、新井が手招きしていた。
「お風呂場こっちだから」
「ああ」
脱衣所に案内されて、自由に使ってと言われた。
とりあえず、服を脱いで風呂場へ入る。
シャワーを浴びて、湯船に入る。
温かいな。
雨に濡れた冷たさがじんわりと抜けていく。
そうだ!新井も濡れたはずだ!
俺は早く出て新井にも風呂に入らせないと!
慌てて出ると、新品のタオルと見慣れない服が置いてあった。
これを着ろってことだろうか?
下着はコンビニで買って来たのか新品なのはありがたかった。
とりあえず着替えると、俺より背が高い人のものだとわかる。
賑やかな声に釣られてそちらへ足を伸ばすと、そこはリビングで新井の母と新井が喋っていた。
「あ、飯田くん!早かったね?服の具合は…ちょっとお兄ちゃんのじゃ大きいか」
「お借りしています」
「いいのよぉ。里子を庇って濡れてくれたんでしょ」
里子の母は、里子とは違って少しおっとりしているみたいだ。
「いえ、そんなことは。それより新井。お前も濡れたんだから早く風呂に入れ」
タオルで髪をぐしゃりとする。
「うん、分かった!」
そう言って、新井は風呂場へと走って行った。
「飯田くんって優しいのねぇ」
しまった。新井を風呂場へやったということは新井の母と二人きりということだ。
「里子からいつもお話は聞いていますよ」
にこにこ、にこにこ。
俺はなんて答えればいいか分からず「はあ……」というしかなかった。
そのまま新井の母と新井の話になった。
学校での新井のこと、俺のこと、色々聞かれた。
ありがたいのは答えづらいことはなく、返答しやすい事ばかりだったことだった。
「お待たせー!」
「新井!」
「はい?」
新井の母が楽しそうに答えた。
「もう!飯田くんでお母さん遊ばないでよ!」
「ごめんなさいねぇ。飯田くん、いい子だから」
そう言うと、新井は俺の手を掴んで引き寄せた。
「飯田くん。制服は乾燥機にかけているから、終わるまで私の部屋にいよ。ここだとお母さんに弄ばれちゃう!」
「弄ぶなんてひどいわぁ」
「俺はいいけど……」
ふわりとしたシャンプーの匂い。
俺も同じ匂いをしているんだよな。
そう思うと、初めて見る新井の部屋着にドキリとした。
いつもの制服か、外でデートする時のめいいっぱいおしゃれしてきた格好とも違う、ラフな新井里子という女の子を意識して、俺は心臓が早鐘を打つのを感じた。
「さ、飯田くん。早く」
連れられるまま二階に上がって、新井の部屋へと連れて行かれる。
初めて入る新井の部屋。
俺は、風呂上がりの彼女と彼女の部屋に二人きりという状況にせっかく着替えたのに冷や汗が流れるのを感じた。
保てよ、俺の理性!




