春大会当日 後編
次が最後の試技になる。
なんとなくそんな予感がしながら榊と視線を合わせる。
榊は太陽のような笑みで笑って拳を突き出した。
俺もお返しと言わんばかりに突き出した。
届かない距離。
それが俺と榊の距離だろう。
次で最後。
俺は、俺の跳び方で優勝を狙う。
「……飯田慎太郎、始め」
アナウンスがどこか遠く聞こえる。
それでも身体は正直で、アナウンスと共に走り出していた。
踏み切る。
今度はバーも揺れずに跳んだ。
「よし」
感覚を掴んできたことと、今度は危うげなく跳べたことの喜びでまた小さくガッツポーズをする。
次は榊の番だ。
相変わらず綺麗な跳び方だ。
会場から感嘆の声が漏れる。
榊もバーを一度を揺らさず跳び切った。
「やるな」
「まあな」
軽く会話して、次に備える。
「慎太郎くん、頑張って!」
里子の声に思わずそちらを見て軽く手を上げる。
里子も手を上げて振ってくれる。
「いいなぁ、彼女持ちは」
「そういやお前。高塚に俺に勝ったら付き合ってくれって言ったんだって?」
「断られたけどなー」
榊が伸びをして答える。
「お前より格好いいところを見てもらえれば、少しは好きになってくれるかと思ったけれど甘かった。俺も彼女も覚悟が決まっちゃってた」
俺はその言葉に首を傾げた。
榊の覚悟はわかる。
けれど。
「高塚のか覚悟?」
「言わねぇよ、バーカ!」
嫌そうに言って、顔を顰める。
「あーあ。高塚さんも新井さんも見る目があるんだかないんだか」
榊が肩を竦めて少し離れる。
「次も頑張れよ」
「おう!」
次で大会新記録を超えた記録になる。
この距離まで跳べたことはなかった。
でも、不思議と跳べる気がした。
スタートラインに立って、深呼吸をして、走って、跳ぶ。
また跳べた。
会場から歓声が沸いた。
「よし」
小さくガッツポーズをして、マットレスから離れる。
今度は榊の番だ。
榊も危なげなく跳んだ。
「よっしゃ」
榊も小さいガッツポーズをしてマットレスから退いた。
「もうそろそろ限界なんじゃないか?」
「お前の方だろ」
こんな軽口もいつまで叩けるだろうか?
アナウンスで呼ばれる度にドキドキとしてきた。
呼吸を整えていると、怪我したところがピリリとした気がした。
……いいや、気のせいだ。
これは緊張からによるものだ。
そう思って、跳んだ。
今度も跳べて歓声が出る。
「慎太郎くん、すごい!」
里子の声援とは逆に、高塚は心配そうだ。
俺が一瞬足を見たのが分かったんだろう。
苦笑して、なんでもないとアピールするといつの間にか榊が跳び終えていた。
一対一の対決になってからプレッシャーが半端ない。
でも、跳びたい。
その一心で跳んできた。
これからも多分そうだろう。
もう、勝ち負けじゃなくて俺の跳び方がどこまでの記録を出せるか、それが気になって仕方がなかった。
「俺の番か……」
静かに整えて、跳ぶ。
青い空に輝く太陽。
それを見るために跳んでいるのかもしれない。
普通に見るのとは景色がちがう。
風が違う。
何もかもが違う。
ただ、美しいと思った。
美しいと言えば、榊の跳び方もだ。
完成形と言えるんだろう。
……榊が見る空は、どんな風なんだろうか?
跳び終えてスタートラインに戻ってくる榊に尋ねる。
「なぁ、榊。榊は跳んだ瞬間の空ってどう見える?」
「どうって、空は空だろう」
なんてことのないように言われて肩透かしを食らった。
「そっか」
感覚を共有出来なくて肩を落とす俺に榊が続けて言った。
「綺麗だとは思うけどな。いつもの景色とはちがう、俺だけの特権だー!ってな」
ニカっと笑うその姿を見て、思わず榊の手を取る。
「俺も!跳んだ時の空がすげー綺麗ですげー好き!」
「分かる!」
やっぱり榊も同じ気持ちだった!
嬉しくて手を握って上下に振り回す。
談笑に痺れを切らせたアナウンスが入る。
「飯田選手、準備を始めてください」
「やべっ、それじゃあな。次も俺が跳ぶから」
「俺だって跳ぶさ」
スタートラインに立って、深呼吸をして、走って、跳ぶ。
その繰り返しなのに、高さが少しずつ高くなるだけでプレッシャーがある。
それでも、踵を足に付けてしまいながらもなんとかバーを落とさずに跳べた。
二度目も同じだった。
「そろそろ厳しいか……」
空を見る。
跳んでいる時より遠い分、太陽が小さく見える。
榊は……榊も意外なことにバーに踵を付けてマットレスに落ちた。
「こりゃ、先に落とすのはどっちかだな」
そのまま競技を続けて、跳んでいく。
もう、お互いに言葉はなかった。
走って跳んで空を見る。
その繰り返しだった。
今回の空は、一段と輝いて見えた。
次の榊の番。
俺は真っ直ぐ榊を見ていた。
だから、その瞬間も見てしまった。
榊がバーを落として、カランと音がした。
俺は思わず空を見た。
さっきまで小さく見えた太陽が、キラキラと輝いて祝福してくれているように見えた気がした。
榊はニ回目も三回目もバーを落とした。
カランと音がする度に、不謹慎ながら勝てるという喜びに満ちていた。
榊が俺の元へやってくる。
「今日もいい空だったな」
「ああ」
それだけで充分だった。
初めての一位の表彰台は、いつもより高いせいか太陽が近くて心地が良かった。




