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1000回振られても君が好き  作者: 千子


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大会前日

「明日はいよいよ大会か」

榊との最後の大会。

少しの哀愁が漂う。

榊はどう思っているんだろう。

せっかくのいい選手なのに、親の後を継いで医者になる道に拒否感はないのか。

いや、あいつのことだ。

覚悟はもう決まっているんだろう。俺がとやかくいうことじゃあない。

吐く息はもう白くない。

「それでも、友達だもんな」

今は他校で練習に励んでいるであろう友人でライバルな榊に、小さく呟いた。

スタートラインに立つ。

深呼吸はルーティンだ。

明日で全てが決まる。

前を見据えて走り出す。

砂を踏んだ感触は何度味わっても音がいい。

そのままマットレスが体を受け止めてくれる。

あの冷たかった感触はもうない。

穏やかな陽気に包まれて、自己新記録を出したことに安堵の息を吐いた。

「……もう一度跳ぶか」

この感覚をモノにしないと、榊には勝てない。

みんなの期待に応えられない。

いや、この一年ずっと二位だった俺が榊を超えて一位になると信じてくれているのは里子と高塚くらいなものだろうけれど。

今までの練習方法は正しかったのか。

今までの時間は正しかったのか。

このままで、明日は勝てるんだろうか。

様々な疑問と後悔が押し寄せてくる。

それも明日終わるだろう。

スタートラインに立ち、深呼吸をして走って跳ぶ。

それだけの競技なのに、なんでここまで魅せられるのか。

数多い競技の中でも、空を見ることが出来る競技だからだろうか。ほどよい疲労と穏やかな陽気。

マットレスに沈んだ体が眠気を誘ってくる。

「……と、そういうわけにはいかないな」

慌てて飛び起きる。

「大丈夫?」

里子がドリンクとタオルを持ってやってきた。

「練習のし過ぎだから、もう少し休んだほうがいいよ」

「ありがとな」

「どういたしまして。マネージャーだもん」

里子はこういうところでマネージャーと彼女の線引きをしている。

ふと、高塚を見ると高塚も他の部員にタオルとドリンクを配っていた。

「高塚さんが気になる?」

「いや、その、別に……」

俺が慌てると、里子が柔らかく笑う。

「別にいいよ」

そう言って立ち去ろうとすると、思い出したように言った。

「私がいうことじゃないかもしれないけど、高塚さん。榊くんに会いに行ったんだって。賭けの告白は無しになったよ」

よかったね、と言いながら他の部員にタオルとドリンクを渡して回る。

よかったねってなんだよ。

俺の彼女は里子だろう。

そう思ったのに、微かな安堵があった。

慌てて首を振ってドリンクを飲んで喉を潤す。

高塚は振り切った過去なんだ。

いつまでも過去にしがみついていたらどちらにも失礼だ。

里子を見る。

それより遠く、対角線上に高塚が見える。

俺は俺の跳び方で、か。

俺は、俺の跳び方で、俺の選んだ道を。

俺の選んだ道は、もう決まっている。

「……跳ぶか」

タオルとドリンクを隅に置いて、またスタートラインに戻る。

深呼吸して吐く息は白くない。

もう春だ。

明日はいよいよ大会だ。

榊との最後の勝負。

勝ちたい。負けたくない。

そう思って走り出した。

砂を踏み締めて跳ぶ。

バーは揺れなかった。

「よし!」

自己新記録を更新していくのは気持ちがいい。

榊はどの程度の記録なんだろうか。

もっと跳んでいるんだろうな。

そう思うと、また跳びたくなる。

この焦燥を治めるには、榊に勝つしかないんだろうか。

俺は俺の跳び方で、誰より高く跳びたい。


榊の記録を抜けたまま大会前最後の練習は終わった。

空を見ると、まだ太陽が輝いていた。

ぐっと拳を伸ばす。

「待ってろよ、榊」

風が吹いて、少し肌寒くなる。

あと数時間して、翌日になったら俺は家を出て大会の会場まで向かう。

「あと少し」

本当に、あと少しで終わる。


帰宅したらスパイクを念入りに磨いた。

ユニフォームを畳んで鞄に入れる時、ゼッケンに書かれた自分の名前を見て少し高揚する。

しばらく見てから、丁寧に仕舞い込んだ。

準備を終えると、見計らったかのように里子から電話が来た。

「もしもし?」

「もしもし?慎太郎くん?」

「なんか用だったか?」

「ううん。何にも。声が聞きたくなってさ。ダメだった?」

「いいや、そんなことないさ」

「よかった」

「いよいよ明日は大会だな」

「うん……。頑張ってね」里子の声を聞きながらベランダの窓を開ける。

「頑張るさ。何があっても」

「その意気だよ!慎太郎くん!」

変わらない里子の声援に思わず笑ってしまう。

「なによ、可愛い彼女が応援しているのになんで笑うのよ!」

多分、スマホの向こうでむくれている里子を思って愛おしさが増す。

「なんでもないよ。ただ、可愛いなって」

「な、なによ、急に……」

「明日、少し早いホワイトデーに金メダルを贈るから」

今度は里子が笑った。

「期待して待っている!それじゃあね。早く寝なよ」

「ああ。ありがとな」

「ううん。私も本当に声が聞きたかっただけだもん」

「そっか。俺も里子の声が聞こえてよかったよ」

「どのみち、明日も大会前に会えるんだけどね」

「そうだな」

「じゃあ。おやすみ」

「ああ。おやすみ」

そう言って通話を切った。

ベランダから外を見ると、星が煌めいていた。

「綺麗だな」

太陽に照らされた石が闇夜も輝いて世界を照らしている。

こんな綺麗な存在だからイカロスも惹かれたんだろうか。

「まあ、俺は単なる人間なんだけどな」

ベッドに入って目を瞑る。

いろいろなことが思い浮かんでは消えていく。

明日を思うと寝付けれないけれど、寝なきゃいけない。

こういう時が一番緊張する。

寝るのに緊張するってどういうことなんだと思いながらも、大切なことが控えていると寝付けないのは多くの人間が経験したことあると思いたい。

明日は俺の跳び方で跳ぶ。

勝つかどうかは、もう分からない。

だから今日は、考えるのをやめる。

明日、跳ぶのは身体だ。

俺はそれを信じて、目を閉じた。

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